江戸の拡大
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/08 15:54 UTC 版)
明暦の大火以後も市街地の拡大が続く。『寿余一得』によると延宝7年(1679年)に江戸町数は808、正徳3年(1713年)には933に達したという。 元々江戸南北町奉行は「町方支配場」の行政・司法のみを管理し、神社・寺院の私有地である「寺社門前地」や江戸城・大名屋敷等の「武家地」は管理外であった。その一方で寺社門前地内の門前町の非宗教関連人口も増加し、遅くとも享保年間の末頃には町方支配場と寺社門前地内の町方人口の詳細な記録が残っており、「支配違之町人」として寺社門前地内の町方人口の人別調査を町奉行が実施していたと見られる。延享2年(1745年)には寺社門前地内の町屋を江戸町奉行が管理することが正式に通達されており、門前町町屋・寺社領町屋440箇所、寺社境内借家有の分127箇所、合計567箇所が町奉行の支配となった。町数も享保8年(1723年)に1672町、延享3年(1746年)に1678町、天保19年(1843年)には1719町に増えており、これらはいずれも江戸町方支配場・寺社門前地の町数合計である。『江戸図説』によると天明年中(1785年頃)の江戸町数1650余町の内、町方分1200余町、寺社門前地分400余町で、他に大名上屋敷265ヶ所、中屋敷・下屋敷466ヶ所(但し御三卿屋敷並びに抱屋敷の分を除く)、神社凡そ200余社、寺院凡1000余所とある。町奉行の支配領域のみならず、江戸御府内の範囲も時代によって異なり、特に寺社門前地の取り扱いについては幕府役人の間でも混乱があったことを伺わせる書簡が残っている。文政元年(1818年)には江戸御府内を朱引、町奉行の支配領域を墨引と呼称し、江戸御府内であっても町奉行の支配下ではない地域が郊外にできた。また安政元年(1854年)以降は新吉原・品川・三軒地糸割符猿屋町会所までが町奉行の支配下に入った。文久2年(1862年)に参勤交代が緩和された時に江戸の武家人口が激減し、さらに明治維新に伴う徳川将軍家の静岡転封の際にも人口が減少した。明治2年(1869年)に東京府は新たに朱引を引き直し、朱引の内側を「市街地」、外側を「郷村地」と定めた。この時の朱引の範囲は江戸時代の墨引の範囲に近く、安政年間以降一時的に江戸に組み込まれた品川などは東京とは別の町として扱われ、町数も1048(『府治類集』)に減った。 以下に各種城絵図を元に内藤昌が計算した江戸の住区分別面積の変遷をまとめる。 江戸の住区別面積の変遷年代総面積武家地町人地寺社地空地・その他復元史料正保年間(1647年頃) 43.95 km2 34.06 km2(77.4%) 4.29 km2(9.8%) 4.50 km2(10.3%) 1.10 km2(2.5%) 『正保年間江戸絵図』 寛文10〜13年(1670〜1673年) 63.42 km2 43.66 km2(68.9%) 6.75 km2(10.6%) 7.90 km2(12.4%) 5.11 km2(8.1%) 『新板江戸大絵図』, 『新板江戸外絵図』 享保10年(1725年) 69.93 km2 46.47 km2(66.4%) 8.72 km2(12.5%) 10.74 km2(15.4%) 4.00 km2(5.7%) 『分間江戸大絵図』 慶応元年(1865年) 79.80 km2 50.70 km2(63.5%) 14.20 km2(17.8%) 10.10 km2(12.7%) 4.80 km2(6.0%) 『慶応江戸切絵図』 明治2年(1869年) 56.36 km2 38.65 km2(68.6%) 8.91 km2(15.8%) 8.80 km2(15.6%) 『江戸の自治制』 明治2年(1869年)4月に施行された江戸市街調査によると東京市街地は町地(旧町方支配場)269万6000坪(8.913 km2, 15.8%)、寺社地(旧寺社門前地)266万1747坪 (8.799 km2, 15.6%)、武家地1169万2591坪(38.653 km2, 68.6%)より構成されていたが、この内武家地の人口は江戸時代を通じて調査より除外された。また今日正確な人口が残っているのは、町奉行支配下の町方支配場・寺社門前地の町方人口のみで、寺社奉行支配下の神社仏閣関連の人口や、被差別階級の人口は断片しか残っていない。町奉行支配下に無かった御府内郊外の百姓・町方人口、武家地の武家・武家奉公人人口や、町方支配場・寺社門前地に住んでいた武家・武家奉公人、あるいは戸籍外の流民人口はほぼ人口統計が残っていない。以下、町方人口、寺社方・新吉原の人口、町奉行支配外の農民・町方の人口、被差別階級の人口、武士及び使用人の人口に分けて、それぞれの人口統計をまとめ、最後に最盛期の江戸の推定総人口とその根拠を解説する。
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