慎重論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/07 00:28 UTC 版)
楽観論は北朝鮮が工業的な後進国であるというイメージが一人歩きした上での主張に過ぎず、技術的な根拠は無く、危険性を軽視すべきではないとする意見。いかなる工業レベルであろうと資金を投入している以上、時が経つほど危険性が増す事は自明であるので、冷静に技術的レベルを分析して対策を練ろうとする考えである。 楽観論の根拠に対する反論1)中国がかつて発展途上国で、原始的な原爆の開発すら不可能と言われていたのに、実際にはミサイル搭載可能な小型核弾頭開発まで成功し、発展途上国に高度な兵器の開発は不可能という予測はいちど外れていること。 2)北朝鮮のGDPは1.2-2兆円にすぎないが、天然資源売買・朝韓合弁事業収益・ミサイル輸出収益・麻薬偽札収益で国家税収を上回る収益を主として日本、韓国、イスラエル、アメリカ、フランス、サウジアラビアを除く海外から合法・不法に吸い上げており、その大部分を核ミサイル開発につぎ込んでいると推定されること。 3)1994年のCIA報告時点で原始的な原爆を持っており、1998年5月30日に事実上の核実験を行ったと考えられているが、それから15年以上も経過しており、小型化が進んでいるのを疑う合理的な根拠が見当たらないこと。 4)北朝鮮は1994年に原始的核兵器を持っていた可能性が高く、1998年5月30日にパキスタンに委託して作動保証実験を行った可能性がある。この時の出力は15kt程度とされている。2006年10月9日のNHKにて軍事評論家の江畑謙介は、「(北朝鮮は)核弾頭を持ったと看なさざるをえない」との発言をした。海外でも、米シンクタンクISISの研究員らは2007年に北朝鮮は3個の小型核弾頭を持っている可能性があると報告しており、グローバルセキュリティーの専門家などは、北朝鮮が実用的な核弾頭を持ったとする分析をしている。 2008年に「核の闇市場」関係者のスイス人が逮捕されたが、そのPCから1960年代に中国で設計された弾道ミサイル搭載可能な核弾頭の設計図が発見され、小型核弾頭の設計図が闇市場で流通していた事が明らかになり、IAEAにおいては北朝鮮にその設計図が流れていると報告された。 5)示威目的で20ktの出力を目指すという指摘には根拠がない。実際、2006年の豊渓里核実験場での北朝鮮初の公式核実験において、中国に対し、計画出力は4ktであるといった事前通告が行われている(ちなみに、長崎型ファットマンは22kt)。難度の高い小型かつ低出力の核実験に挑んだ可能性がある事は科学者らに指摘されていたが、実際、北朝鮮が申告した核実験のプルトニウム使用量は核分裂下限といわれる2kgであり、これによって懸念が裏書きされた。1990年にIAEAは北朝鮮の黒鉛減速炉で生成されたプルトニウムを解析しているが、通常のプルトニウム臨界量を確保さえすれば過早爆発を起こす可能性は極めて低い高品質のものだと判断しており、過早爆発という根拠は疑わしいものとなっている。この時の核実験は0.8〜2ktの出力だったとされるが、これはプルトニウムを限界以上に節約したため、設計された爆縮レンズの性能限界を超えるものとなり、計画出力に及ばなかったのだと言われている。しかし、4ktの低出力を出すには高度な技術が必要とされ、全くの不発ではなく0.8〜2ktなら及第点だとされるので、これに関しては1998年5月30日にプルトニウム原爆の試験を行っていたため行えた事であろう、とされる。2009年に豊渓里核実験場にて4ktの核実験に成功している。2006年の核実験の再テストだと言われている。 2013年に豊渓里核実験場にて7〜40ktの核実験に成功している。強化原爆のテストではないかとされている。 以上の事から、慎重論の専門家らは1998年のパキスタンにおける代理核実験で基本的なプルトニウム原爆の爆縮レンズの作動確認を行い、2000年代までの核の闇市場からの技術移転で小型化への大いなる助けとなり、2006年の公式核実験で一定の成果をあげたが、少ない核物質でより強力な原爆を作ろうと模索し、2009年からは威力を増す為の実験を繰り返した、と認識されている。
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