定義と背景
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/18 01:32 UTC 版)
単純に言えば、ロジスティック写像とは次のような2次関数である。 y = a x ( 1 − x ) {\displaystyle y=ax(1-x)} (1-1) 式中の a は定数を意味し、パラメータと呼ばれる。a 以外には、μ や r や λ をパラメータの記号に使うこともある。 式 (1-1) に対して、まず、定数 a の具体的な数値を決める。さらに変数 x の値を適当に決め、式から y の値を計算する。そして、得られた y の値を新しい x の値とみなして式に代入し、新しい y の値を計算する。このような計算を繰り返すことが、ロジスティック写像を使って行うことである。例として、a を 2、最初の x を 0.01 としたときの繰り返し計算を5回目まで行うと、以下の表のようになる。 a を 2、最初の x を 0.01 としたときに、ロジスティック写像の計算を繰り返した例(小数点以下10桁までで計算)計算回数 入力する x の値 y = 2x(1 − x) の計算結果 1 0.01 2 × 0.01 × (1 − 0.01) = 0.0198 2 0.0198 2 × 0.0198 × (1 − 0.0198) = 0.03881592 3 0.03881592 2 × 0.03881592 × (1 − 0.03881592) = 0.0746184887 4 0.0746184887 2 × 0.0746184887 × (1 − 0.0746184887) = 0.1381011397 5 0.1381011397 2 × 0.1381011397 × (1 − 0.1381011397) = 0.2380584298 ロジスティック写像自体は中学校で習うような何の変哲もない2次関数であり、計算自体も中学生でも可能である。繰り返しの計算も電卓ででき、コンピュータの表計算ソフトを使えばより簡単にできる。 ロジスティック写像は、漸化式あるいは差分方程式の形式で次のようにも書き表される。 x n + 1 = a x n ( 1 − x n ) {\displaystyle x_{n+1}=ax_{n}(1-x_{n})} (1-2) x0 の値を決めると、この差分方程式にしたがい、その後の変数の値 x1, x2, x3,… が順次に計算できる。このような数列を作る差分方程式を、力学系(ダイナミカルシステム)とも呼ぶ。力学系とは、時間とともに状態が変化する系(システム)のことで、とりわけ現在の状態が決まればその後の状態も一意的に決まる系を指す。差分方程式 (1-2) のような形式で定義される力学系はとくに離散力学系と呼ばれる。 力学系的な視点では、変数 xn の下付き添え字 n を時刻や時間と呼ぶ。数列の最初の値 x0 は初期値と呼ばれる。変数の時間変化の様子を、明確な専門用語ではないが振る舞いと呼ぶ。と言っても、時刻 n は物理的な時間を本当に意味しているわけではなく、何かしらの現象の進行を表している便宜的なラベルのようなものである。 後で詳述するように、ロジスティック写像は生き物の個体数の変化を考える式として世に広まった側面を持つ。この場合、xn は、ある世代における生き物の個体数を、生息環境で可能な最大生息個体数で割った値を意味している。差分方程式 (1-2) によって、n 世代目の個体数から n+1 世代目の個体数が計算できるというのが、生物個体数モデルとしてのロジスティック写像の意味である。個体数が増えていくと、個体数の増加速度は下がってくるだろうから、この効果をロジスティック写像では (1 − xn) という項で取り入れている。例えば、ある世代で個体数が最大生息個体数に近くて xn = 0.9999 だとすれば 項 (1 − xn) は 0 にとても近い数値になるので、次の世代の個体数 xn+1 は急激に減ることになる。 「ロジスティック写像」の名の中に出てくる写像とは、ある集合の要素をまたある集合の要素に対応させる規則を指す用語である。関数に似たようなものだが、関数を数以外の集合も扱うような場合も含めてより一般化したのが写像といえる。写像という視点からは、ロジスティック写像は実数の1点を実数の1点へ対応させる規則だといえる。ただし、「関数」と「写像」に数学全体で共有されている厳密な呼び分けは存在しておらず、実際のところ、どちらの言葉を使うかは各分野の習慣に依るところが大きい。力学系分野では、式 (1-2) のような差分方程式を写像として捉え、写像という語で呼ぶことが多い。 ロジスティック写像を写像の形で表現すると、 f : x ↦ a x ( 1 − x ) {\displaystyle f:x\mapsto ax(1-x)} (1-3) や f ( x ) = a x ( 1 − x ) {\displaystyle f(x)=ax(1-x)} (1-4) のように記される。写像がパラメータ a に依存していることを明確にするために、 f a ( x ) = a x ( 1 − x ) {\displaystyle f_{a}(x)=ax(1-x)} (1-5) のように、写像の記号にパラメータ記号の添え字を付けて表すこともある。式 (1-3) や式 (1-4) のような写像としての表現は、式 (1-2) のような差分方程式の表現と実質的に同等だが、時刻 n を一々書き表さなくてもよい利便性もあってしばしば使われる。 離散力学系の数列 x0, x1, x2,… は、写像 f を繰り返し適用して生み出されるという見方もできる。初期値を x0 とすると、 x 1 = f ( x 0 ) x 2 = f ( f ( x 0 ) ) x 3 = f ( f ( f ( x 0 ) ) ) {\displaystyle {\begin{aligned}x_{1}&=f(x_{0})\\x_{2}&=f(f(x_{0}))\\x_{3}&=f(f(f(x_{0})))\end{aligned}}} (1-6) というように、数列は x0 に写像を繰り返し適用して作られるものとしても書ける。このように写像を繰り返し適用する操作を写像の反復などと呼ぶ。簡単に表記するために、写像の反復を f ( f ( x 0 ) ) = f 2 ( x 0 ) f ( f ( f ( x 0 ) ) ) = f 3 ( x 0 ) {\displaystyle {\begin{aligned}f(f(x_{0}))\ =f^{2}(x_{0})\\f(f(f(x_{0})))\ =f^{3}(x_{0})\end{aligned}}} (1-7) というように書く。f n (x0) で、x0 に対する f の n 回反復を意味している。そして、差分方程式から生み出される x 0 , x 1 , x 2 , ⋯ {\displaystyle x_{0},\ x_{1},\ x_{2},\cdots } (1-8) という列、あるいは写像の反復から生み出される x 0 , f ( x 0 ) , f 2 ( x 0 ) , ⋯ {\displaystyle x_{0},\ f(x_{0}),\ f^{2}(x_{0}),\cdots } (1-9) という列を、力学系では軌道と呼ぶ。力学系という分野の関心は、与えられた力学系の軌道の振る舞いを研究することにある。 入力と結果が単純な比例関係で結ばれているようなシステムを線形といい、比例関係で表すことができないようなシステムを非線形という。ロジスティック写像は、考えられる限りでもっとも単純な非線形関数である2次関数で定義される。しかし、その非常に簡単な式とは裏腹に、ロジスティック写像は非常に複雑な振る舞いを生み出す。2次関数の繰り返し計算という設定が現代的な数学の主題の一つであり、豊饒な数学理論を引き起こす。ロジスティック写像には「思いもよらぬ奥深い内容」「力学系で起こる数多くの最も重要な現象」、そして「信じられないような複雑な振舞い」が含まれている。後述するようにロジスティック写像ではカオスという現象が現れ、カオス入門の好適な題材でもある。
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