定義と見通し
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/10 09:49 UTC 版)
ハーマン・デイリーは、両方の資本(蓄積)が、その系を通じた天然資源の流れによって維持される、物理的な富(資本)の一定の蓄積と人々(人口)の蓄積から成り立つひとつの経済的系として、彼の定常経済の概念を定義する。第一の要素である、一定の蓄積は、古典派経済学で元来使われる定常状態(英: stationary state)のその概念に似ている;第二の要素である、天然資源の流れは、環境経済学の学問分野でも現在用いられる、ひとつの新しい環境学的特徴(英語: ecological feature)である。一定の蓄積の耐久性 (英: durability)は両方共最大化される:資本の蓄積の大きな耐久性は、天然資源の小さな流れであり、それは蓄積の維持を必要とする;同様に、持続する (英: durable)人口は高い平均余命を享受する人口を意味する―それ自身による何かの欲求―低出生率とひとつの等しい低死亡率によって維持される。共に有する、高い持続性は全体としての系における良い環境へと移される。 デイリーの定常経済の概念は、人間の経済が乏しい資源と壊れ易い生態系の有限な自然環境に埋め込まれたひとつの開いた部分系であるところの見通しに基づく。その経済は、入力の終端からの貴重な天然資源を引き入れ、そして一定のかつ不可逆な流れにおける出力の終端にあって、無価値の廃棄物と汚染を流し出すこと、により維持される。いかなる有限な非成長の系も、それ自体どこかの時点でやはり非成長になり、そしてそれ自体可能な限り高度に定常状態において維持されるべきであろう。この見通しは、自然環境へのなんらの物理的接触を表すことなしに、企業と家計の間で財とサービスが終わりなく交換される、ひとつの孤立して循環したモデルによって経済が表されるところの、新古典派経済学と相反する。 デイリーの定常経済の概念に向けて同感する評論家たちは、2010年の初期に、彼の概念は今の時点で政治的にありそうなものの向こうに留まってはいるけれども、主流派の思考に対する機会があり、将来におけるその概念へ接近するような集団の行動がある、との批判を同時にした。
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