女性やマイノリティの描写
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 04:39 UTC 版)
「アラン・ムーア」の記事における「女性やマイノリティの描写」の解説
ムーアの作品には人種差別的、異性愛規範的、女性嫌悪的な表現が見られるにもかかわらず、過去の論者はそれをある種の批評として解釈することで見過ごしてきたという主張がある。ただし、数多くの作品の中でマイノリティや性的暴力の描き方が一貫しているわけではなく、その裏にあるムーアの思想を単純に図式化するのは難しい。これらの表現を批判しているジャーナリストのローラ・スネッドンも、ムーアが芸術、男女同権、フェミニズムなどで明確に女性を支持しており、コミック業界が抱える女性嫌悪と多様性欠如の問題を糾弾してきたことは認めている。 ムーア作品で人種描写に関して批判されるのは The League of Extraordinary Gentlemen: The Black Dossier が代表である。同作では、ヴィクトリア朝時代の絵本作家フローレンス・ケイト・アプトンが作りだした黒人風のキャラクター、ゴリウォーグが(名前を変えて)登場する。これはある観点では人種差別的な図像、ひいては人種差別思想に基づくメッセージを再生したことになる。ムーアと作画家ケヴィン・オニールは、ゴリウォーグに人種差別的ステレオタイプという意味付けがされる以前にアプトンがイメージしていたオリジナルを再現しただけだと主張している。しかし The Black Dossier のゴリウォーグは「性的能力に優れている」という黒人のステレオタイプそのものの描写がなされており、またアプトンのゴリウォーグがそもそもブラックフェイスと同じような人種差別的文化の産物だという指摘もある。コミック研究者クレイグ・フィッシャーはムーア自身の人種差別意識に加えて西洋文化の中で人種差別的イメージが力を持ち続けていることの露悪的な告発、そして「ステレオタイプの誇張したパロディ」という多面的な意味があるのではないかと書いている。 ジャクソン・エアーズの考察によると、ムーアの作品は表向きリベラルな傾向が強く、明確に人種差別批判を意図して書かれている作品もある。ナチズムを継承した人種主義的な独裁政権が敵役となる『Vフォー・ヴェンデッタ』や、スーパーヒーロー神話と白人優越主義の神話を結び付けて再考した『ウォッチメン』はその例である。しかし『ヴェンデッタ』が完全に白人主人公たちのドラマとして描かれ、迫害される当の少数者が不在であるように、実際の描写が逆の効果を生む部分があるのだという。性的指向の描写についても同様で、ムーア自身はクィアへの支援者を自認しており、同性愛擁護のチャリティ出版を行ったこともある。しかしエアーズによると、『ウォッチメン』にはスーパーヒーロー・ジャンルが病的なクィアネスや暴力性の産物であるかのような描写が見られ、やはり異性愛規範を強化するような読み方ができる。 女性に対するレイプがムーア作品に頻出することは多くの批評家によって指摘されており、そこに女性嫌悪を読み取ることもできる。ムーア自身の説明によると、生地ノーサンプトンの「バロウズ」地区は非常に治安が悪く、身近に多くのレイプ被害者がおり、レイプは現実の一部であって正面から取り扱う価値がある。しかしレイプをエロティックなものとしては扱わない、物語を刺激的にするためだけにはレイプを用いない、被害者に見せられないようなものは書いていない、というのだった。実際、全編で性器と性行為を描いているポルノ作品 Lost Girls(2006年刊)でもレイプは1シーンでしか登場させず、それも画面外の描写にとどめたという。その一方で、「リーグ」第1作(1999年)にはレイプが笑いの種として使われているという指摘がある。『バットマン: キリングジョーク』(1988年)では歴史の長い女性キャラクターが性的に辱められ、暴力の後遺症で下半身不随になる。その衝撃とムーアの高名が相まって、同作はスーパーヒーロー・ジャンルにおいて女性への暴力が「シリアスさ、深み」として受け取られる風潮の一因となった。『キリングジョーク』はフェミニストから批判を集めており、ムーア自身も後年には「暴力描写が作品に何の価値も与えていない」失敗作だと評価している。『ウォッチメン』(1986年)には暴力的なレイプが描かれ、その被害者と加害者が後になって合意の上で性的関係を結ぶ。ムーアの説明では、被害者のキャラクターがレイプを受け入れているわけではなく、人は直観に反するような行動を取ることがあり、性や愛が絡むとなおさらそうだといった考えがあるのだという。しかしそのようなあいまいさはレイプ神話への賛同を隠し持っていると受け取る余地がある。
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