免疫寛容
免疫寛容
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/22 23:35 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動免疫寛容(めんえきかんよう、英語: immune tolerance / immunological tolerance)とは、特定抗原に対する特異的免疫反応の欠如あるいは抑制状態のことを指す。免疫系は自己のMHC分子に抗原提示された自己の抗原ペプチドを認識しないようになっており、これを自己寛容という。ところが免疫寛容が破綻して自己抗原に対して免疫反応を示すことが原因となる疾病があり、これが自己免疫疾患である。
全ての抗原に対する免疫反応の欠如あるいは抑制状態は免疫不全と呼ばれ、免疫寛容とは異なる病的状態である。
概説
免疫を担当する細胞であるT細胞は、あらゆる病原体に対応できるよう、抗原に結合する部位(T細胞受容体;TCR)に無数のバリエーションを持った物がランダムに作り出される。ただし、このようにランダムに作られた物の中には自分自身の細胞を異物と見なして攻撃してしまう物が含まれるので、胸腺においてT細胞が成熟する過程で、そのように自己抗原に強く反応するT細胞は死滅させられる。しかし、この選別過程では胸腺で発現している自己抗原を攻撃するT細胞が除外されるのだが、同一個体の細胞であってもある特定の臓器でのみ発現する抗原を持った細胞が存在しており、その抗原は胸腺では発現していないため、胸腺の選別メカニズムではこの特殊な抗原を持った細胞を異物と認識して攻撃するT細胞を排除できない。このような本来は自己なのだがT細胞から見て非自己に見える細胞を攻撃しないようにする仕組みが免疫寛容である。ある特定の条件の元にT細胞がその特殊な自己抗原に結合した場合に免疫寛容が成立する。
この「特定の状況」は中枢性免疫寛容における負の選択、末梢性免疫寛容における制御性T細胞(Treg)と自己抗原反応性T細胞の会合で生じる。負の選択はT細胞成熟の過程で行われ、上記の通り胸腺細胞全般に発現している自己抗原と反応するT細胞をアポトーシスさせる現象であるが、これには自己免疫制御因子AIREとFEZF2が関与している。AIREやFEZF2は組織特異的な自己抗原を胸腺髄質上皮細胞に発現させる転写制御因子である。言葉を換えれば、本来特定の組織以外には発現しないはずの分子がAIREやFEZF2によって胸腺にも発現するということである。AIREないしFEZF2によって転写・産生されたタンパク質はMHCクラスIやMHCクラスII分子によって提示される。末梢性免疫寛容については制御性T細胞の項が詳しい。このページでも簡単に述べておくと、先述した中枢性免疫寛容をもってしてもそれをかい潜るT細胞は存在してしまうので、胸腺以降でも自己抗原反応性のあるT細胞をアネルギーないしアポトーシスに誘導する必要が出てくる。制御性T細胞は自己抗原特異的なT細胞受容体を持ち、同じく自己抗原特異的なT細胞受容体を持つヘルパーTへと活性化・エフェクターT細胞の増殖を阻害するサイトカインを放出する。このように中枢性免疫寛容、末梢性免疫寛容によって自己抗原特異的なT細胞はおおむねヒトの循環系から除去されるはずである。
ウイルスとの関連性
牛ウイルス性下痢ウイルス、ボーダー病ウイルス、豚熱ウイルス、リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルスなどでは胎子期における垂直感染により、病原体に対する免疫寛容が成立することがある。牛ウイルス性下痢ウイルスに対して免疫寛容が成立した動物は重要な感染源となる。
アレルギーとの関連性
抗原を経口摂取することによりその抗原への免疫寛容を成立させ、アレルギー疾患や自己免疫疾患を抑制させる治療法を経口トレランス、または経口寛容という。飲食物を異物とみなさないのも免疫寛容によるが、免疫システムに異常をきたし、本来は異物とは認識されない飲食物を異物として攻撃するために起こるのが食物アレルギーである。
関連項目
参考文献
- 大里外誉郎 『医科ウイルス学 改訂第2版』 南江堂 2000年 ISBN 4524214488
- 山本一彦『アレルギー病学』朝倉書店、2002年、ISBN 978-4254321975
- 明石博臣ほか3名編 『動物微生物学』 朝倉書店 2008年 140-141頁 ISBN 9784254460285
- Peter Parham原著、笹月健彦監訳『エッセンシャル免疫学 第2版』メディカルサイエンスインターナショナル、2010年、ISBN 9784895926515
免疫寛容
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/03 21:02 UTC 版)
ニューヨークのノエル・ローズとエルンスト・ウィテブスキー、ロンドン大学のロイットとドニアックによる先駆的な研究により、少なくとも抗体産生B細胞(Bリンパ球)に関しては、関節リウマチや甲状腺中毒症などの疾患は、免疫寛容(「非自己」に反応する一方で「自己」を無視する個人の能力)の喪失と関連しているという明確な証拠が示された。この破綻により、免疫系は、自己決定因子に対して効果的かつ特異的な免疫応答を始めるようになる。免疫寛容の正確な起源はまだ解明されていないが、20世紀半ば以降、その起源を説明するために、いくつかの理論が提案されてきた。 免疫学者の間では、3つの仮説が広く注目されている。 クローン削除理論(英語版)は、バーネットにより提唱され、自己反応性リンパ系細胞が、個体の免疫系の発達過程で破壊されるというものである。フランク・バーネットとピーター・メダワーは、「後天的免疫寛容の発見」により、1960年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。 クローン・アネルギー理論は、ノッサル(英語版)によって提案され、自己反応性のT細胞やB細胞が正常な個体では不活性化され、免疫応答を増幅することができないというものである。 イディオタイプネットワーク理論は、イェルネによって提案され、自己反応性抗体を中和できる抗体のネットワークが体内に自然に存在するというものである。 さらに、他の2つの理論に対する研究が一心に取り組まれている。 クローン無視理論:胸腺に存在しない自己反応性T細胞が成熟して末梢に移動する時、適切な抗原と遭遇できない(到達不能の組織のため)。したがって、破壊を免れた自己反応性B細胞は、抗原または特定のヘルパーT細胞を見つけることができないという理論である[訳語疑問点]。 抑制因子集団理論または制御性T細胞理論は、制御性T細胞(一般的にはCD4+FoxP3+細胞など)が、免疫系における自己攻撃的な免疫応答を防止、ダウンレギュレート、または制限するように作用する。 また、寛容は「中枢性」寛容と「末梢性」寛容に区別することができ、これは上述したチェック機構が中枢リンパ器官(胸腺および骨髄)で働くか、末梢リンパ器官(リンパ節、脾臓など、自己反応性B細胞が破壊される可能性がある)で働くかによって決まる。これらの理論は相互に排他的ではなく、これらの機構のすべてが脊椎動物の免疫寛容に積極的に貢献していることを示唆する証拠が増えていることを強調しておく必要がある。 ヒトの自然発生的な自己免疫において認められる寛容性の喪失については、そのほとんどがBリンパ球によって生じる自己抗体応答に限定されているという不可解な特徴がある。T細胞による寛容性の喪失を証明することは非常に困難であり、異常なT細胞応答を示す証拠がある場合、それは通常、自己抗体によって認識される抗原に対するものではない。したがって、関節リウマチでは、IgG Fcに対する自己抗体が存在するが、対応するT細胞応答は明らかに見られない。全身性エリテマトーデスでは、DNAに対する自己抗体があるがT細胞応答を引き起こすことはできず、また、T細胞応答に関する限られた証拠は、核タンパク質抗原を示唆している。セリアック病では、組織トランスグルタミナーゼに対する自己抗体があるが、T細胞応答は外来タンパク質のグリアジンに対するものである。このような違いから、ヒトの自己免疫疾患は、ほとんどの場合(1型糖尿病などの例外を除いて)、外来抗原に対する正常なT細胞応答をさまざまな異常な方法で利用しているB細胞寛容性の喪失に基づいていると考えられている。
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