作用機序の解明
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/04 02:46 UTC 版)
最初に、シイタケによる血中コレステロール抑制効果の原因物質の探索に付随して、ラットを用いた作用機序を明らかにする研究が多くなされた。シイタケ投与は、血漿コレステロールを著しく低下させるが、肝臓コレステロールの増加は見られず、糞中排泄量が増加する。また、体内でのコレステロール新規合成量は変化しない。シイタケを投与したラットの血漿リポタンパク質を分析すると、食餌からコレステロールを投与しない場合、血漿コレステロールの低下は全てのリポタンパク質中のコレステロールを低減させるが、食餌からコレステロールを摂取させた場合は、VLDLおよびLDLのコレステロールが顕著に低下する。この時、アポタンパク質やリン脂質も同様に低下しており、リポタンパク質の比率に相関する。また、コレステロールを摂取させた場合は、体内のコレステロール代謝が早くなり、糞中への排泄量も増加する。従って、シイタケによる血中コレステロール抑制効果はリポタンパク質の量的変化と糞中へのコレステロール排泄の促進が影響していると考えられた。 やがて、シイタケの血中コレステロール抑制作用の効果を示す有効成分がエリタデニンであることが発見されたが、その効果の全てがエリタデニンの効果で説明できるものかは明らかでなかった。エリタデニンの血中コレステロール抑制効果の発現機構の解明には、シイタケでの血中コレステロール抑制効果の発現機構のうち、エリタデニンが関与しているものを判別する必要がある。まず、放射性同位元素で修飾されたアセチルCoAやメバロン酸(コレステロールの体内新規性合成の前駆物質)をラットに与え、エリタデニン投与の影響を調べた実験では、血漿コレステロールの低下は観察されたもののアセチルCoAやメバロン酸の取り込み量への影響は見られなかった。シイタケ投与で観察された糞中排泄量の増加も食餌からコレステロールを摂取した場合に多く見られる現象で、エリタデニンの効果とは別に、吸収阻害や排泄促進の別のメカニズムが考えられた。 コレステロールの新規生合成、糞中排泄が主たる原因でないと考えると、エリタデニンによる血中コレステロール抑制効果の発現には、肝臓から血液中への脂質代謝、分泌の制御が大きく関与していると考えられた。ラットに経口摂取されたエリタデニンが体内でどのような経路を経て運ばれるかを放射性同位元素を用いて検証した実験では、経口摂取されたエリタデニンの大部分は吸収されず糞中に排泄されるが、腸管吸収されたエリタデニンのほとんどが肝臓に取り込まれることが分かった。また、肝臓に取り込まれたエリタデニンの細胞内分布を調べると、上清 > 小胞体(ミクロソーム) > ミトコンドリアの順に多く分布していることが分かり、タンパク質合成には影響を与えず、肝臓でのリポタンパク質形成、分泌の過程で何かしらの影響を及ぼしていることが推察された。このことは肝臓で主に作られるLDL、VLDLの量が特に抑制されていることとも一致した。 ラットへのエリタデニン投与で血漿コレステロールの低下が見られた時、肝臓ではミクロソームのホスファチジルコリン(PC):ホスファチジルエタノールアミン(PE)比の低下、および肝臓のS-アデノシルメチオニン(SAM):S-アデノシル-L-ホモシステイン(SAH)比の低下が起きていることが発見された。この時、それぞれの低下作用の程度は正の相関関係を示し、経時的にSAM/SAH比の低下、PC/PE比の低下、血漿コレステロールの低下の順に発生していることが分かり、肝臓でのホモシステイン代謝の変化、肝臓でのリン脂質代謝の変化が血漿コレステロールの低下に先んじて起きていることが示された。すなわち、エリタデニンによって先ず肝臓でSAHHが阻害されることにより、ホモシステイン代謝が抑制され、SAHが蓄積される。SAHの蓄積は、PEのメチル化によるPC合成をフィードバック阻害することにより、SAM/SAH比の低下、PC/PE比の低下を引き起こす。PC/PE比の低下は肝臓のリン脂質代謝に変化を生じ、リポプロテイン膜の生成に影響を及ぼし、最終的に血液中へのリポプロテイン分泌が低下しているものと推察された。 エリタデニンの血漿コレステロール抑制効果が、主として肝臓からのリポタンパク質分泌の調節によるものであることを示す副次的効果として、リポタンパク質の構成成分であるコレステロール以外の脂質(リン脂質、中性脂肪)の代謝も影響を受ける。ラットを用いた実験において、シイタケやエリタデニンの摂取が血漿コレステロールを低下させる際に、リン脂質や中性脂肪に含まれる脂肪酸の組成にどう影響するかを調査した結果、エリタデニンの摂取によって、中性脂肪の脂肪酸組成は血漿ではオレイン酸が減少し、肝臓ではオレイン酸が増加した。また、リポタンパク質中のリン脂質の脂肪酸組成は、リノール酸、アラキドン酸に増加が認められ、ステアリン酸は減少したとの報告がある。また、より詳しく、エリタデニンによる肝臓ミクロソームおよび血漿中のPC、PEそれぞれの脂肪酸組成を調べた実験では、エリタデニンを添加した食餌を与えるとリノール酸(18:2 n-6)の代謝が抑制され、血漿のPCおよび肝臓ミクロソームのPCおよびPEの脂肪酸組成で、リノール酸(18:2 n-6)の割合が増加し、逆にアラキドン酸(20:4 n-6)およびDHA(22:5 n-6)の割合が減少した。エリタデニンを与えたラットに食餌からメチオニンを投与した場合、PC中のアラキドン酸(20:4 n-6)/リノール酸(18:2 n-6)比はメチオニン投与量に比例して上昇し、リノール酸代謝を促進した。また、ラットに様々な油脂(オリーブオイル、コーン油、亜麻仁油)を与えた場合、エリタデニン投与は油の種類に関わらず、PC中のリノール酸分子種(パルミチン酸(16:0)-リノール酸(18:2)およびステアリン酸(18:0)-リノール酸(18:2))の割合を増加させた。これらの結果は、エリタデニンによる肝ミクロソームPC / PE比の減少はPC、PEそれぞれの脂肪酸分子種にも影響を及ぼしており、それが血漿中のリポタンパク質のPC分子種組成のにも影響を及ぼしている可能性が示唆された。 リノール酸からリノレン酸を経てアラキドン酸への合成経路がエリタデニンによって抑制される作用は、δ6-デサチュラーゼ活性にも影響を与える。エリタデニンを投与すると、血漿コレステロール濃度と肝臓ミクロソームのPCのアラキドン酸(20:4n-6)/ リノール酸(18:2n-6)比は正の相関を示し、同時に、δ6-デサチュラーゼ活性とも正の相関を示した。エリタデニンは直接的にδ6-デサチュラーゼ活性を抑制し、結果としてリノール酸の増加、アラキドン酸の減少を示したものと考えられた。また、ラットに様々な油脂(パーム油、オリーブ油、ベニバナ油)を与えた場合、エリタデニン投与は、パーム油、オリーブ油、ベニバナ油の順にδ6-デサチュラーゼ活性を高めたが、油種よりもエリタデニンによる活性抑制の寄与度の方が高かった。また、他のデサチュラーゼ活性に対するエリタデニンの影響をラットを用いて調べた実験では、エリタデニン投与によって肝臓ミクロソームのδ5-、δ6-、δ9-デサチュラーゼ活性が低下を示し、エリタデニンが脂肪酸の不飽和化の代謝に対して複合的に抑制作用を示すことが分かった。 これらのエリタデニンによって引き起こされる様々な脂質代謝の変化が時系列的にどの順序で変化するかラットを用いて調べた実験では、エリタデニン投与、肝臓ミクロソームのリン脂質プロファイルの変化、肝臓ミクロソームδ6-デサチュラーゼ活性の減少、肝臓ミクロソームおよび血漿リポタンパク質のPCの脂肪酸および分子種プロファイルの変化、血漿コレステロール濃度の減少の順に変化した。また、δ6-デサチュラーゼ活性の抑制は同酵素のmRNA発現量の低下も伴っていた。これらの結果から、エリタデニンの血中コレステロール抑制効果は、エリタデニンがSAHH活性を阻害することによって肝臓ミクロソームのリン脂質プロファイルを変更し、それによって肝臓ミクロソームδ6-デサチュラーゼの活性を抑制し、また肝臓ミクロソームのリン脂質プロファイルの変化がリポタンパク質形成に影響を及ぼし、肝臓から血中へのリポタンパク質分泌を抑制し、結果としてコレステロールを下げる減少であると示唆された。
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