企業財務
【英】:corporate finance
概要
企業, 特に株式会社の金融側面を明らかにする研究分野を指す. 企業は株主のものであるという立場から, 株式価値(株価)あるいは企業価値を最大にする, 資本予算, 資本構成政策, 配当政策, 流動性管理を議論する. 企業価値は, 株主と債権者に配分されるべき将来キャシュフローを加重平均コストで現在価値に引き戻したものである. 完全資本市場の下では, 企業価値に影響を与えるのは, 正味現在価値が正である投資プロジェクトを採用する場合のみである.
詳説
企業財務とは, 営利企業, とりわけ株式会社財務に関する諸理論をさす. 特に1960年代にF. モジリアーニとM. ミラーによって示されたMM理論以降, 企業財務はそれまでの会計学や経営学に基づく財務から, ミクロ経済学に基礎をおく企業財務論(コーポレートファイナンス理論)として再構築された.
個別の財務政策が何を基準にして行うかを示すために, まず企業の目標が何であるかを明示的に示す必要がある. 言い換えれば, 企業が誰のものであるか(コーポレートガバナンス)を明らかにする必要がある. 現代企業財務理論では, 現代資本主義を支える株式会社制度において, 企業の持ち主(支配権)は最終的に株主のものであり, その結果企業の目的は, 株主の富の極大化(Stockholder's Wealth), 具体的には株価を最大にすることであるとされる. したがって企業財務の目的も, 株価を最大にすることを仮定している.
企業財務論では, 株価の決定(評価論)は次の二つのいずれかの考え方を踏襲している. 第一は, 企業資産の価値(企業価値)は, 企業が獲得するフリーキャッシュフローを資本コストで割り引くことにより得られるとする. ここでフリーキャッシュフローとは, 株主と債務者に最終的に帰属するキャッシュフローを示す. 株式価値は, この企業価値から負債価値を差し引くことによって得られる. これに対し, 株式価値(株価)を直接求める方法として, 配当還元モデルがある. これは, 株式を保有することから得られる将来配当を, 株式(自己)資本コストにより現在価値に割り引くこと, つまり, 配当を株価に「還元」することによって得られる.
企業財務理論では, おもに, こうして決定される株式価値および企業価値と, 1)資本予算の決定, 2)資本構成の決定, 3)配当政策の決定, 4)流動性の維持, の四つの個別財務政策との間の関係を議論する.
第一の資本予算(設備投資政策)の決定は, 企業価値を決定するにあたってきわめて重要である. 完全資本市場のもとでは, 企業価値の増加は正味現在価値が正の投資プロジェクトを実行することによってのみ得られる. 最近では, 正味現在価値法に加え, 実物オプション理論(Real Option)を適用し, 投資プロジェクトの中止, 順延, 規模の拡大と縮小などの可能性を考慮に入れた資本予算を考えることが盛んになりつつある.
第二の資本構成政策の決定は, 上の資本予算がすでに決定され, 完全資本市場と税金のない世界では, 配当政策と同様企業価値に影響をもたらさない. しかし, 負債による資金調達に対する金利の支払いが法人税控除の対象になる場合, 自己資本による調達より, 負債による資金調達のほうが, 将来キャッシュフローの増加をもたらす. したがって, 企業は全額負債で資金を調達したほうが企業価値を増加させることになる. 他方, もし倒産の可能性があり, 企業が倒産した結果資産の売却が, 倒産がないときの市場価格以下で行われるような場合には, 倒産を引き起こす可能性のある負債をなるべく少なくするような資本構成政策が望ましい. これら倒産リスクと負債利子の税控除の二点を同時に考慮すると, 企業価値を最大にする資本構成政策がありうることになる.
第三の配当政策は, 正味利益を配当と内部留保にいかに配分するかの決定をさす. 完全資本市場の仮定のもとでは, この配分をいかようにしても企業価値には影響を与えないが, 法人税と個人所得税が存在する世界では, この点は企業価値に影響を与えうる.
第四の流動性政策は, 短期における企業の財務的な健全性を確保するためのいろいろな手法を検討する. 伝統的な, 買い掛け・売掛債権の管理に加え, 最近では不確実性のもとにおける数理計画を利用した運転資本や現金管理の方法の研究と実務への適用が盛んである. また近年の金融の自由化によるさまざまな新しい金融商品がこの面で役立っている.
[1] 井出正介, 高橋文郎, 『企業財務入門』, 日本経済新聞社, 1999.
[2] 古川浩一, 蜂谷豊彦, 中里宗敬, 今井潤一, 『基礎からのコーポレート・ファイナンス』, 中央経済社, 1999.
[3] 新井富雄, 渡辺茂, 太田智之, 資本市場とコーポレート・ファイナンス』, 中央経済社, 1999.
[4] S. M. Benninga and O. Sarig, Corporate Finance: A Valuation Approach, McGraw-Hill, 1997.
[5] R. A. Brealey and A. C. Myers, Principle of Corporate Finance, 4th Ed., McGraw-hill, 1991.
[6] M. C. Jensen and W. H. Meckling, "heory of the Firms: Managerial Behavior, Agency Costs and Ownership Structure," Journal of Financial Economics, 3 (1976), 305-360.
[7] M. H. Miller and F. Modigliani, "Dividend Policy, Growth, and the Valuation of Shares," Journal of Business, 34 (1961), 411-433.
[8] F. Modigliani and M. H. Miller, "The Cost of Capital, Corporation Finance and the Theory of Investment," American Economic Review, 48 (1958), 261-297.
[9] S. A. Ross., R. W. Westerfield and B. D. Jordan, Fundamentals of Corporate Finance, Irwin, 1991.
コーポレート・ファイナンス
(企業財務 から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/19 23:06 UTC 版)
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コーポレート・ファイナンス (英: Corporate Finance) は、企業の資金調達源、資本構造、株主にとっての企業価値を高めるためのマネジメント活動、財務資源の配分のために使用するツールと分析を扱うファイナンスの一分野。その主目的は株主価値を高め最大化することである[1]。
コーポレート・ファイナンスは「資本予算」(Capital Budgeting) と「ワーキング・キャピタル (WC, 運転資本)」の管理の領域を副次的に扱う。「資本予算」は、付加価値のある事業に投資する上での基準の設定と、その投資のための資金をどのように (株式や借入によって) 調達すべきかに関するものである。「ワーキング・キャピタル (WC)」は、流動資産と流動負債の短期的な営業収支を扱う、企業の融資資金の管理であり、資金、棚卸資産 (在庫)、短期の借入と貸付 (顧客に対して適用される拡張的な信用条件など) の管理に焦点を当てている。
コーポレート・ファイナンスとファイナンサーという用語は、投資銀行業務 (インベストメント・バンキング) にも関わる。投資銀行の主な役割は、企業の財務ニーズを評価した上で最適な資本を調達することにあり、これらの用語が、事業の創出、開発、拡大、買収のために資本を調達する取引に関連して用いられる場合がある。
コーポレート・ファイナンスは、原則として企業についてのみを対象としており、あらゆる組織の財務管理 (ファイナンシャル・マネジメント) の実践を扱う「経営財務」とは異なるものの、その実践上の考え方は、あらゆる種別の組織における財務上の問題に適用できる。財務管理は会計領域の財務機能とも重なる部分があるが、財務会計が過去の実績としての財務情報を報告するものであるのに対して、財務管理は企業価値を高めるための資本資源の配分を扱うものである。
用語の解釈
コーポレート・ファイナンスは、「企業財務」または「企業金融」と翻訳される場合もある[2]。また、文脈により、資金を調達する企業、資金を融資する金融機関それぞれの視点からの異なる意味合いを持ち得る。
企業
企業の視点からは、企業価値の最大化のために、市場から資金を調達し、事業に投資し[3]、調達元に資金を返済、還元していく活動の総称という意味合いを持つ[2]。
文脈によって、広範に企業の財務活動全般についてを指す場合と、特に調達活動と配当政策についてを指す場合がある[3]。
金融機関
金融機関の視点からは、企業の信用力で、 金融機関から企業へ融資 (企業が資金を調達) することという意味合いを持つ[4]。
金融機関から企業へ融資するコーポレート・ファイナンスのサービスは、国内外の金融機関を問わず、投資銀行業務 (インベストメント・バンキング) の一環として提供されている場合もある[4][5][6]。
脚注
- ^ Corporate Finance: First Principles, en:Aswath Damodaran, en:New York University の en:Stern School of Business 参照
- ^ a b Business Development, Kyriba Japan. “コーポレートファイナンス”. kyriba.com. Kyriba Corporation. 2023年8月31日閲覧。
- ^ a b “コーポレート・ファイナンス - MBA用語集”. グロービス経営大学院. グロービス経営大学院. 2023年8月31日閲覧。
- ^ a b “プロジェクトファイナンス”. 三井住友銀行. 三井住友銀行. 2023年8月31日閲覧。
- ^ “投資銀行部門”. Goldman Suchs. Goldman Suchs. 2023年8月31日閲覧。
- ^ “野村キャピタル・インベストメント株式会社 - 野村グループについて”. 野村ホールディングス公式ウェブサイト. 野村ホールディングス. 2023年8月31日閲覧。
関連項目
外部リンク
企業財務
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/05 07:45 UTC 版)
「ヘンリー・サイモンズ」の記事における「企業財務」の解説
サイモンズによると、経済の金融障害は貨幣の蓄積と非蓄積の最大の交替によって恒久化される。短期債務(貸付)は銀行によって発行する。そして、企業は好況の時に豊富な貨幣の代わりを有効に創造する。需要が不振となると、経済の一部門が収縮するか、あるいは2次的貨幣の「債務返済による見込みのない努力」をしたり「焼け残り品的特売」したりする結果、経済は全体として落ち込み始める。金融システムが「完全な支払い不能に繰り返しさらされ」、トレーダーの出し抜きや貸し手の証拠金請求が起こると政府介入が必要となろう。
※この「企業財務」の解説は、「ヘンリー・サイモンズ」の解説の一部です。
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