人間の脳モデルのシミュレーション
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/03 14:15 UTC 版)
「強いAIと弱いAI」の記事における「人間の脳モデルのシミュレーション」の解説
この手法は知能の仕組みを完全に解明しなくてもよいため、強いAIを実現する最も手っ取り早い手段と考える者が多い。基本的に、非常に強力なコンピュータさえあれば、人間の脳を神経単位のネットワークとしてシミュレーションできるだろう。例えば、人間の脳内の神経の(ほぼ)完全なネットワークのマップを得て、個々の神経細胞の働きをよく理解すれば、コンピュータプログラムによって脳をシミュレートすることは可能と思われる。何らかの通信手段を与えれば、このシミュレートされた脳は完全な知性を示すかもしれない。シミュレーションの具体的な形式は様々である。神経細胞毎ではなく複数の神経細胞をまとめてシミュレートすることも考えられるし、個々の分子をシミュレートすることも考えられる。人間の脳のどの部分をシミュレートすべきかも明らかではない。人間は脳の一部を損傷しても通常の活動が可能な場合があり、脳の一部は思考とは無関係な機能(呼吸など)に対応している。 この手法には以下の3つが必要となる。 ハードウェア 非常に強力なコンピュータが必要となる。未来学者レイ・カーツワイルの見積もりによれば、1000万MIPSまたは10ペタFLOPSが必要とされている。10ペタフロップス級のスーパーコンピューターは既に日本国内で稼働しており、京 (スーパーコンピュータ)がある。中国では、神威・太湖之光が93ペタフロップス(LINPACKベンチマーク)を記録している。カーツワイル以外の予測ではさらに強力なコンピュータが必要とされていて、1億MIPS(100ペタフロップス)から1000億MIPS(100エクサフロップス)と言われている。さらに、神経の振る舞いを生物学的な詳細なモデルを使って表現することでオーバヘッドが生じ、脳自体の計算能力よりもずっと大きな計算能力を必要とすることが考えられる。 ソフトウェア 脳機能をシミュレートするソフトウェアが必要である。神経回路をモデルとしてシミュレーションする代表的なものとしてNEURONやNEST Simulatorがある。この前提として、精神が中枢神経系そのものであり、物理法則によって制御されているという考え方がある。シミュレーションを構成するには、人間の脳の物理的かつ機能的な知識を総動員する必要があり、特定の人間の脳の構造を詳しく調べる必要があるだろう。各種神経細胞の機能やそれらの接続に関する情報も必要となる。ソフトウェアがどのような形式になるかによって、それを実行するのに必要となるハードウェアの構成や性能が決まる。例えば、分子レベルでシミュレーションしようとすれば、神経細胞単位でシミュレーションするよりも多大な計算能力を要するし、神経細胞のモデルの正確度によっても必要な計算能力が違ってくる。シミュレーションする神経細胞数が増えれば、必要な計算能力は増大する。 脳や神経についての理解 最終的に脳のシミュレーションを実現するには、脳(神経細胞)の数学的なモデルを作成できる程度の理解が必要とされる。中枢神経系を学問的に理解するか、マッピングまたはコピーを行う方法が考えられる。脳機能イメージング技術は急速に進化しており、カーツワイルは十分な品質のマップは必要とされるハードウェアとほぼ並行して出現するだろうと予測している。しかし、シミュレーションでは神経細胞やグリア細胞の詳細な挙動を擬似する必要があるが、今のところそれに関しては概要レベルしか理解が進んでいない。 一旦このようなモデルが構築されれば、変更は容易であり、試行錯誤的な実験が可能となる。それによって理解が促進され、モデル化された知能の改良や動機付けの変更が可能となる。 Blue Brainプロジェクトは、世界最高速のスーパーコンピュータの1つであるIBMのBlue Geneを使って、約6万の神経細胞と全長5kmのシナプスからなる大脳新皮質をシミュレートすることを目指している。プロジェクトの最終目標はスーパーコンピュータ群を使って脳全体をシミュレートすることである。 一方で、脳に関する詳細な測定結果を利用しながら、NEST Simulatorなどで脳全体の大雑把なシミュレーションを行い、仔細はシミュレーション結果を見ながらモデルにフィードバックして現実の脳とそっくりなモデル(あるいは汎用人工知能に繋がる基礎技術)を完成させるという手法も提案されている。 脳は多数のモジュールの並列動作によってその能力を得ており、コンピュータは逐次動作の高速性によってその能力を得ている。 脳では約1000億の神経細胞が同時並行的に機能しており、それらが約100兆のシナプスで接続されている。脳の処理能力の見積もりとして、一秒間の神経細胞の状態更新が約 1014 回とされており(シナプス間隙の伝達にかかる時間は、0.1~0.2ミリ秒ほど )、最適化していない脳のシミュレーションに必要な計算能力は 1018 FLOPS(=1Exa-FLOPS)と予測されている。2018年現在、日本では1エクサフロップスの性能を持つ富岳の2021年共用開始を目指して開発が行われている。 しかし、神経細胞間の信号は150メートル/秒の最高速度で転送される。最近の2GHzのマイクロプロセッサは毎秒20億サイクルで動作し、人間の神経細胞より1000万倍も高速だし、信号の伝達速度は光速の約半分であって、人間の場合の100万倍である。従って神経細胞間の伝達速度とマイクロプロセッサの動作速度の差を考えれば、十分性能に余力を持ってシミュレーションできる可能性が残されている。余談であるが、脳の消費エネルギーは約20W、スーパーコンピュータは約1MWである。なお、ランダウアーの限界によれば、室温で1W消費当たりで1秒間に実行できる操作数は 3.5×1020 回が上限である。 神経シリコンインタフェース(Neuro-silicon interface)も提案されている。
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