マチネー・アイドルとして
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/12 08:35 UTC 版)
「早川雪洲」の記事における「マチネー・アイドルとして」の解説
雪洲は二枚目といわれ、野上は若い時の雪洲の容貌について「どこかエルヴィス・プレスリーに似ている。プレスリーをもっと白面の紳士にしたような雰囲気で、たしかに女性が好む顔立ちである」「知性と甘さと男らしさがほどよくミックスされた、完璧に近い美男子である」と評している。そんな雪洲はアメリカ時代の1910年代に、白人女性の間でマチネー・アイドル(英語版)として熱狂的に支持された。マチネー・アイドルとは、女性向けの性的魅力を持つ男性エンターテイナーのことで、女性たちが夫や恋人と夜を過ごす代わりに、昼間(マチネーは昼間興行を指す)にスクリーン上で愛を分かち合う相手を意味している。雪洲の運転手をしていた宮武東洋は、当時の雪洲の女性ファンからの人気ぶりについて次のように証言している。 早川雪洲。今世紀最大の映画スターです。彼の登場は嬉しかったな。日本人の男なんか相手にされない時代にね、さっそうと現れたんですよ。…白人の女性がね、日本人の男に、あなた、身を投げ出すのです。…車が劇場に着くでしょう、プレミアショーかなんかのね、彼が下りたところが運悪く水溜まりでしてね、それで雪洲がちょっと困った顔をしたんですね。するとね、十重二重と取りかこんでいた女性たちがね、みんなわれ先にと着ている毛皮のコートを雪洲の足元に敷くのですよ、彼の足を汚してはいけないとね。 マチネー・アイドルとしての雪洲は、端正な顔立ちに加えて、東洋の神秘性やエキゾチシズムを体現する魅力的な存在であり、『チート』の白人女性を誘惑する残忍な日本人のように、悪や脅威の対象となる役柄でタイプキャストされた。宮尾は、雪洲には洗練され理知的で、神秘的にうつる魅力的な人物のイメージと、タブーとされたアメリカ白人の雑婚(異人種間結婚)に対する恐怖を体現する性的脅威のイメージという「二重性」のイメージが与えられ、それによりマチネー・アイドルになることを可能にしたと指摘している。その背景としては、1910年代のアメリカ人の日本や日本人に対するイメージとして、黄禍論や排日運動に裏打ちされる悪や経済的脅威としてのイメージと、物質的な豊かさと洗練された文化を持つイメージの2つが同時に存在していたことが挙げられており、映画史家のロバート・スクラー(英語版)も雪洲がスターになれたのは「日本人に対する二面的なイメージを表現できたからである」と述べている。また、宮尾は、雪洲に性的魅力や性的脅威を与えた背景に関して、当時のアメリカ映画で白人女性が非白人の男性に性的に誘惑されたり脅威にされたりする題材がしばしば登場したことを指摘している。 アメリカの白人女性にとって、こうした二重性のイメージを持つ雪洲はこれまでに見たことのないタイプの男性であり、彼に不思議な魅力を感じた。『チート』の公開当時の批評では、「ハヤカワがアメリカ人女性にもたらした影響には、美しく、野性的な異人種の男性とのセックスを体験したいという隠れた衝動、マゾヒズムが伴っていた」と述べられている。スティーブン・ゴンは、雪洲の作品の多くは最後にヒロインを諦める設定であり、アメリカ女性たちがこのような物語を通じて「違う人種の男性との恋愛という禁断の木の実の味を味わった」と述べている。また、ゴンは雪洲のこのような役柄から「何事にも秀でた東洋人が白人のヒロインと恋に落ち、結末で彼女らのために自らを犠牲にする」というハリウッドの新しいステレオタイプが作り出されたと指摘している。宮尾も同様に、雪洲が中国人王子を演じた『伝説の祭壇(英語版)』(1920年)以降は、「認められぬ異人種間恋愛のため自己を犠牲にするアジア人男性」というイメージでタイプキャストされたと指摘している。 中川織江によると、雪洲がスターになったことで、ハリウッドでは白人スター路線を方向転換して、エキゾチックでセクシーな男優を発掘し始めるようになったという。そこで登場したのがイタリア人男優のルドルフ・ヴァレンティノであり、彼も情熱的で性的魅力があり、時には邪悪ですらあるような役柄を演じた。中川は、雪洲とヴァレンティノがサイレント映画時代のセクシーな「異国の男」のシンボルであったと述べている。ヴァレンティノはその時代を代表する男性アイドル俳優として名前がよくあがり、セックスシンボルの草分けといわれることもあるが、雪洲はヴァレンティノの先輩にあたる。そのため映画史家のマーク・ワナメーカーは、雪洲が最初のハリウッドの男性のセックスシンボルであり、ヴァレンティノはその2番目であると指摘している。
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