ジオ・ストームとは? わかりやすく解説

いすゞ・PAネロ

(ジオ・ストーム から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/11 01:56 UTC 版)

いすゞ・PAネロ
JT191S/F型
クーペ(160X)
概要
別名 北米:ジオ・ストーム
製造国 日本
販売期間 1990年5月 - 1995年1月[1]
デザイン 浅野隆
ボディ
乗車定員 クーペ:4名
ハッチバック:5名[2]
ボディタイプ 3ドアクーペ
3ドアハッチバック
駆動方式 FF/4WD
パワートレイン
エンジン 形式:
4XC1 1.5L 直列4気筒DOHC(150J)
4XE1 1.6L 直列4気筒DOHC(160X/160S)
4XE1-T 1.6L 直列4気筒DOHC(160R)
最高出力 100PS/6,000rpm(150J)
140PS/7,200rpm(160X/160S)
180PS/6,600rpm(160R)
最大トルク 13.3kg・m/4,400rpm(150J)
14.5kg・m/5,600rpm(160X/160S)
21.2kg・m/4,800rpm(160R)
変速機 4速AT/5速MT
サスペンション
マクファーソンストラット
ニシボリック・サスペンション
車両寸法
ホイールベース 2,450mm
全長 4,185mm
全幅 1,695mm
全高 1,315mm
車両重量 1,030kg(150J)
1,110kg(160X/160S)
1,190kg(160R)
その他
燃料搭載量 47L
新車登録台数の累計 3,102台[3]
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PAネロピー・エー ネロ)は、いすゞ自動車が生産しヤナセが販売した小型乗用車

アメリカにおいて、ゼネラルモーターズGEO(ジオ)チャンネルの“ストーム”として販売していた3代目ジェミニベースのクーペモデルを、日本国内向けに若干の仕様変更を施して1990年5月より販売した(発売自体は国内のいすゞ・ジェミニクーペよりも早い)。ボディは基本的には3代目ジェミニのクーペおよびハッチバックモデルと共通であるが、フロントとリアのデザインが変更されている。

生産は国内外向け全てのモデルがいすゞ自動車・藤沢工場で行われていた。

概要

ジオ・ストーム

1980年代初め、当時ゼネラルモーターズ(GM)の傘下にあったいすゞ自動車は、GMのシボレーディビジョン向けに2代目ジェミニを供給していた。その後、ジェミニが次期型(3代目)に移行するにあたり、GMの要望により同社への供給を前提とした開発が行われることとなる。これにはジェミニの販売が北米市場である程度成功していたことと、当時需要の増していた小型車を生産する必要に迫られていたGMが、内製での開発費を抑えるためにグループ企業に開発させるという目的があったことに加え、シボレーブランドにおいて、高級車のコルベット、普及車のカマロに続く廉価なスペシャルティカーを誕生させたかったという経緯があるといわれる。

開発に際しては、従来いすゞの乗用車のデザインはベレット以降はイタルデザインジョルジェット・ジウジアーロ)に委託していたが、上記の経緯により3代目ジェミニはGMデザインが基本コンセプトを提案している。このため3代目ジェミニは北米市場を主眼に置くこととなり、セダンと平行して開発されていたクーペモデル(後のストーム)からデザインが行われ、展開されることとなった。

ストームは「カプセルフォルム」の具体化をデザインコンセプトに掲げ、原案から製品デザインに仕上げたのは後の金沢美術工芸大学教授の浅野隆である。シボレーの姉妹ブランドであるジオ向けへの供給を前提としていたこともあり、日本車離れしたカマロ風のアクの強いフロントデザインを持っている。

ストームの北米での販売成績は、当時の湾岸戦争危機による原油高の影響から来た小型車ブームの波に乗ったためかなりの好調で、多い月では月販1万台を超えるほどであり、年間を通じても約9万台の販売を達成、輸入車としては異例のベストセラーとなった。機構に意欲的な試みが導入されていることもあって、スポーツコンパクトカーとしても人気を博し、改造車の雑誌(ターボマガジン等)などにも度々登場していた。

1992年には1,800ccの「4XF1」エンジンを搭載し、リトラクタブル・ヘッドライトを廃したマイナーチェンジも行われた。また、アメリカ合衆国での好調な販売を受けてカナダでもストームの販売要望が上がり、同年からシボレー系列で販売が開始された。また、ポンティアック系列にはストームの代替として2代目ピアッツァベースのアスナ・サンファイアが供給された。

その後も販売は好調であったが、1993年のいすゞの乗用車生産撤退に伴い1994年12月[4]に生産が、1995年1月に販売も打ち切られることとなった。

Geo Storm 販売実績[5]
(1994年以降は在庫分)
アメリカ カナダ
1995年 51台
1994年 4,869台 6台
1993年 42,913台 3,247台
1992年 68,735台 2,722台
1991年 77,186台
1990年 86,257台
280,011台 5,975台

PAネロ

1980年代末、いすゞが輸入車ディーラーであるヤナセへの専売モデルとして供給していたピアッツァ・ネロはモデル末期を迎えていた。専売モデルを次期型へと移行させるに当たり、ヤナセは当時いすゞと縁の深かったGMとの関係を深めるため、いすゞがGMへ供給する予定であったストームについて、開発時から日本国内でヤナセにおいて少数販売することで合意する。

1990年(平成2年)、PAネロはピアッツァ・ネロの後継として、ストームを日本市場向けに微調整したモデルとして誕生した(PAネロのリアサイドガラスには「PIAZZA Vi Augura Successo」の文字が入っていた)。しかし、1年後の1991年(平成3年)8月にいすゞから正式なピアッツァの2代目モデルが発売されると、ヤナセ専売の2代目ピアッツァ・ネロも設定され、PAネロと併売されることになった。PAネロと2代目ピアッツァはシャーシは同一であるものの、エンジンや各パーツの多くに違いがある。

PAネロのベースモデルは北米仕様のストームに準じており、サスペンションはジェミニに比べ乗り心地重視でバネレートが低い物が採用され、シートはストームGSiの物がそのまま採用されるなど変更点は少ない。日本向け仕様への独自の変更点は、クラスタースイッチの構成変更、オートエアコンパワーウインドウの装備、AT用の電子制御切り替え装置の搭載により燃費重視のギア比設定「エコノミーモード」、ATの1 - 4速をミッションに見立て、各速でギア比を固定した「マニュアルモード」の追加となっている(ストーム前期型のATは3速のみ)。逆にストームでは標準装備となっていたエアバッグやリアトレイはオプション設定となった。

デビュー当初は、3ドアクーペボディに1,600ccDOHCエンジンを搭載した「1.6X」「1.6S」(型式:JT191F、1991年よりそれぞれ『160X』『160S』へ変更)のみであったが、同年11月に3ドアハッチバックボディが追加される。

1991年2月、クーペ、ハッチバックそれぞれのボディに、ストームには設定のなかった1,600ccDOHCターボエンジンと4WDを組み合わせた「イルムシャー160R」(型式:JT191S)と、1,500ccSOHCエンジンを搭載した「150J」(型式:JT151)がラインナップされる。

また、限定車として1991年(平成3年)5月に「ハンドリング・バイ・ロータス」が200台、1992年(平成4年)5月に「イルムシャー160F」が100台、それぞれ発売されている。いずれも前輪駆動(FF)の自然吸気(NA)エンジン搭載モデルであった。

ストームが1992年に実施したフェイスリフトはPAネロでは行われず、終始リトラクタブル・ヘッドライトのままであった。ただし、同年の東京モーターショーにて展示された「ジェミニ・ウィザード」は、フェイスリフト後のストームのフロントデザインを採用している。

1994年(平成6年)12月、いすゞ自動車の小型乗用車生産撤退に伴い生産を終了した。元々の想定月販目標が300台とあまり高くなかったこともあり、北米でのヒットとは裏腹に日本国内での総生産台数はわずか3,000台弱に留まった。

機構

駆動方式はFFだが、イルムシャーR仕様車は4WD(LSDを利用したトルク可変機構付)となっている。エンジンは1,500ccSOHC(4XC1型)、1,600ccDOHC(4XE1型)、同インタークーラーターボ付(4XE1-T型、イルムシャーR専用)の3種類。

サスペンションは四輪独立操架で、前輪がマクファーソンストラットコイル、後輪には4WSの一種であるニシボリック・サスペンションを装備する。ステアリングパワーステアリング付ラックアンドピニオン式。変速機構は5速MTと電子制御4速AT(イルムシャーRは5MTのみ設定)で、ブレーキは前後輪ともサーボ付きディスクブレーキとなっている。

脚注

  1. ^ いすゞ PAネロ 1990年式モデルの価格・カタログ情報”. 2021年10月23日閲覧。
  2. ^ いすゞ PAネロハッチバックの価格・カタログ情報” (2021年10月23日). 2021年10月23日閲覧。
  3. ^ デアゴスティーニジャパン 週刊日本の名車第77号18ページより。
  4. ^ PAネロ(いすゞ)のカタログ”. リクルート (2019年12月21日). 2019年12月21日閲覧。
  5. ^ Ward's Automotive Yearbook 1990 - 1995

関連項目

外部リンク


ジオストーム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/01 14:38 UTC 版)

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ジオストームGeo storm )は、磁気嵐(Geomagnetic storm )を意味する。その他以下のことも表す。

関連項目


ジオ・ストーム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/23 08:53 UTC 版)

いすゞ・PAネロ」の記事における「ジオ・ストーム」の解説

1980年代初め当時ゼネラルモーターズ (GM)傘下であったいすゞはGMのシボレーディビジョン向けにジェミニ(JT150/190系)を供給していた。その後次期モデル(JT151/191系)に移行するにあたりゼネラルモーターズ要望によりGMブランドへの供給前提とした開発を行う事となる。これにはジェミニ販売北米市場ある程度成功していたことと、当時需要増していた小型車生産する必要に迫られていたGM内製での開発費抑えるためにグループ企業開発させるという目的があったことに加えシボレーサイド高級車コルベット普及カマロに続く廉価なスペシャルティカー誕生させたかったという経緯があるといわれる開発に際しては、従来いすゞの乗用車のデザインベレット以降はイタルデザイン(ジョルジェット・ジウジアーロ)に委託していたのだが、上記経緯によりJT151/191系ジェミニGMデザイン基本コンセプト提案している。これらによりJT151/191系ジェミニのメインマーケットは北米市場主眼に置くこととなり、セダン平行して開発されていたクーペモデル(ストーム)からデザインが行われ、展開されることとなったシボレー姉妹ブランドであるジオ向けへの供給前提としていたこともあり、ストーム基本デザイン日本車離れしたカマロ風のアクの強いフロントデザインを持つこととなる。なお、この原案から製品デザイン仕上げたのが現金美術工芸大学教授浅野隆である。デザインコンセプトは「カプセルフォルム」の具体化であったストーム北米での販売成績当時湾岸戦争危機による原油高影響から来た小型車ブーム波に乗ったためかなりの好調で、多い月では月販1万台を超えるほどであり、年間通じても約9台の販売達成輸入車としては異例ベストセラーとなっている。機構意欲的な試み導入されていることもあって、スポーツコンパクトカーとしても人気博し改造車雑誌(ターボマガジン等)などにも度々登場していた。1992年には1,800ccの「4XF1」エンジン搭載しリトラクタブル・ヘッドライト廃したマイナーチェンジ行われた(このマイナーチェンジ版のフロントフェイスは、日本国内唯一回のみ、1992年東京モーターショーにて展示された「ジェミニ・ウィザード」で披露されている)。 北米での販売好調なのを受け、カナダでもストーム販売要望上がったほどであった結局カナダへ1992年からシボレー系列販売開始された。また、ポンティアック系列にはストーム代替として2代目ピアッツァベースのアスナ・サンファイア供給された)。 その後販売好調であったが、1993年いすゞ自動車乗用車生産撤退に伴い1994年12月生産が、1995年1月販売打ち切られることとなったGeo Storm 販売実績1994年以降在庫分)年アメリカカナダ1995年51台 - 1994年4,869台 6台 1993年42,913台 3,2471992年68,735台 2,722台 1991年77,186台 - 1990年86,257台 - 計280,011台 5,975台 前期型ハッチバック1990年 - 1992年 後期型クーペ1992年 - 1994年

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