「襲撃事件」と「腕折り事件」
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「タイガー・ジェット・シン」の記事における「「襲撃事件」と「腕折り事件」」の解説
1973年11月5日、タイガー・ジェット・シンは2度目の来日中にビル・ホワイトら外国人レスラー数名と組み、倍賞美津子(当時の猪木夫人)と買い物中だったアントニオ猪木を新宿伊勢丹前で襲撃、猪木はガードレールやタクシーのボンネットに頭からぶつけられ負傷・流血した。平日の夕刻、大勢の帰宅客で賑わっていた最中での出来事であり、一般の目撃者から警察にも通報された。 新日本プロレスに対する四谷警察署の対応は、「本当の喧嘩であれば猪木はシンを傷害罪で告発し、被害届を出せ。やらせであれば、道路交通法違反(道路無許可使用)で新日本プロレスを処分する」という厳しいものだった。これに対し新日本プロレスは、「やらせではない。シンは契約選手なので傷害罪で告発することは出来ないが、騒ぎを起こしたことは申し訳なく、お詫びなら幾らでもする」と始末書を提出し、事件は新日本プロレスに対する厳重注意で収まった。 この事件はプロレスファンから広く一般まで話題となり、シンは本当に狂っているのではないか(後述)という印象を強く与えた。以後猪木はリング上で制裁を加えると公言し、猪木対シンの試合は「因縁の闘い」として世間の注目を集めることとなった。事件直後の1973年11月16日、札幌中島スポーツセンターで超満員の中猪木と二度目の一騎討ちが実現。両者大流血の喧嘩ファイトとなった。 それまでの猪木のファイトは正統派スタイルを売りにしていたが、対シン戦で猪木が見せた喧嘩ファイトは猪木の新たな魅力を引き出し、ファンの増加をもたらした。またシンという絶対悪が存在する限り、日本人受けが良いとされる勧善懲悪の世界を築くことができた。これら一連のシン効果により、新日本プロレスはメジャー団体への階段を昇る。 1974年6月、NWF王者猪木(当時)とのタイトルマッチ2連戦は、両者の遺恨がピークに達した試合と後に語り継がれる。同年6月20日東京・蔵前国技館においてシンは、猪木の顔面に火炎攻撃を仕掛けサーベルで滅多打ちにした。猪木はタイトルこそ反則勝ち防衛したものの、左目と頭部を負傷した。その傷が完治しないまま6日後の6月26日大阪府立体育館での60分3本勝負は、1本目がシンの徹底した反則攻撃により猪木は大流血。2本目に猪木の怒りが頂点に達し、シンの右腕に狙いを定めると鉄柱攻撃やアームブリーカーなどで集中的に攻め続けた。最後はシンの右腕を骨折させ、ドクターストップの末猪木がタイトルを連続防衛し、ここに両者の遺恨に一旦終止符が打たれた。 双方の攻防は、いずれも一歩間違えればレスラー生命に関わる激しいものであったが、両者には互いが共栄していくためには、超えてはならない一線を超えることも是とする暗黙の了解があったとされる。当時の猪木は日本プロレスを追放されたも同然の身で、ライバル団体の全日本プロレスに追いつき追い越したいという野望があり、シンも新天地日本でトップヒールとして開花したいという、両者の強烈なハングリー精神が共感した上で、前述の遺恨試合2連戦が展開された。特に第二戦の大阪府立体育館においては、猪木対シンの試合開始1、2時間前から会場は超満員(8,900人)の観客で溢れ、入場出来なかった多くの熱心なファンが係員と押し問答となったり、ダフ屋では1,000円のチケットに5,000円の値がついたりと場外でも話題は尽きなかった。また、試合を生で観戦した者は「会場全体が、これから殺し合いでも始まるのではないかという異様な熱気と興奮に包まれていた」と当時の様子を回顧する。 後年、新宿伊勢丹襲撃について各関係者は以下のような証言をしていたが、最後はアントニオ猪木自身が事実を説明している。ミスター高橋「猪木夫妻が了解済みのアングル作りであった」。 ビル・ホワイト「やらせと本物のケンカ、どっちも正解だ。当時の新日本プロレスに密告者がいて、プライベートの猪木を襲ってみてはとけしかけられたのは事実だ。ただし我々はある程度良識の範囲内での襲撃を想定していたのだが、途中からシンが本気になってしまった。『オレ(シン)は世界一のヒールになるんだ』とあの日のシンは間違いなく理性を失っていた」とシンの予定外の暴挙が騒動に発展したことを明かしている。 アントニオ猪木は、これまでの見解として「会社の誰かが俺のスケジュールをシンに教えてけしかけていた可能性はあると思う。あの頃、新日本プロレスの社員はみんな必死にいろんなことを考えていたから、俺に内緒でそういうことを仕掛けるくらいのことはやりかねなかった。」とけむに巻いていたが、2006年の日刊スポーツの取材で「話題作りのため猪木自身が発案した演出」であった事実を説明している。
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