「拡大抑止」、「核の傘」への疑問
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/20 02:26 UTC 版)
「核抑止」の記事における「「拡大抑止」、「核の傘」への疑問」の解説
自国に対する核攻撃を抑止することを「基本抑止」といい、自国の抑止力を他国の防衛や安全保障に対しても提供することを「拡大抑止」、自国の核戦力を背景にして自国および友好国の安全維持をはかることを「核の傘」という。 「核の傘」は、アメリカまたはロシア(1991年以前はソ連)が、同盟国に対する核攻撃に対して、核による報復をすることを事前に宣言することで、核攻撃の意図を挫折させる理論である。これは、冷戦が終わった現在でも存在している。 一般に、自国に対する攻撃に懲罰的な報復をする旨の威嚇を基礎とする「自己抑止」に比べ、同盟国や第三国に対する攻撃に懲罰的な報復をする旨の威嚇を基礎とする「拡大抑止」「核の傘」には、信憑性が伴いにくいとされる。 「核の傘」に対する信頼性の論議は古くからある。冷戦時代に米ソ両国から「報復をしない」という言質を取れる国家は存在しなかった。アメリカ政府は公式には同盟国への核の傘を一度も否定したことは無く、今後も核の傘の提供を維持することを再三明言している。しかし、それは同盟国や仮想敵国に対する外交戦略としての政治的アピールであり、実際に同盟国が核攻撃を受けた場合、アメリカが自国民に被害が出る危険を覚悟して核による報復を選択するか疑問がある。例えば、ロシアが東京を核攻撃しても、アメリカはモスクワを報復核攻撃をせず、「核の傘」提供国としての報復義務を怠るのではないか、といわれている。なぜならば、アメリカがモスクワに報復核攻撃をすれば、ロシアはニューヨークやワシントンなどを報復核攻撃することが想定され、そのような事態は米露の核による全面戦争につながりかねず、したがって、アメリカ自身が悲惨な損害を被ることになるから、同盟国や第三国が攻撃を受けた場合に報復核攻撃することは、アメリカにとって割が合わないと考えられるためである。湾岸戦争においてパトリオットミサイルが政治的に大きな効果を上げ、アメリカがそれ以来ミサイル防衛に熱心なことも「アメリカは報復義務を怠り、その代わりパトリオットミサイル派遣で済ますつもりではないか?」という疑念を増幅させている。 アメリカの核の傘に対する否定的な考えは当のアメリカの政治家や学者からも出ている。アメリカの核の傘への否定意見の根拠は、直接アメリカ政府高官にインタビューした経験や、意見交換した経緯などを基にしている。 元アメリカ国務長官のヘンリー・キッシンジャーは「超大国は同盟国に対する核の傘を保証するため自殺行為をするわけはない」と語っている CIA長官を務めたスタンスフィールド・ターナーは「もしロシアが日本に核ミサイルを撃ち込んでも、アメリカがロシアに対して核攻撃をかけるはずがない」と断言している 元国務次官補のカール・フォードは「自主的な核抑止力を持たない日本は、もし有事の際、米軍と共に行動していてもニュークリア・ブラックメール(核による脅迫)をかけられた途端、降伏または大幅な譲歩の末停戦に応じなければならない」という。 以下のアメリカの要人が、アメリカの核の傘を否定する発言をしているサミュエル・P・ハンティントン(ハーバード大学比較政治学教授) マーク・カーク(連邦下院軍事委メンバー) ケネス・ウォルツ(国際政治学者、カリフォルニア大学バークレー校名誉教授) エニ・ファレオマバエガ(下院外交委・アジア太平洋小委員会委員) 核報復を想定してもなお自国民の被害を顧みないような独裁者が存在することも想定される アメリカが同盟国に対して本当に核の傘を提供するかという議論は、米ソ冷戦時代から存在した。欧州においても論争があり、アメリカが「欧州が核攻撃されたらアメリカ本土からソ連に対し報復核による攻撃を行う」と説得したものの、欧州諸国は納得せず、アメリカによるより強い核のプレゼンス(核の傘)を求め、欧州を脅かしていたソ連の中距離弾道ミサイル「SS20」と対等のミサイルを配備するよう求め、結局アメリカは欧州諸国に中距離弾道ミサイル「パーシングII」を配備することになった。 ニュースサイト「ザ・インサイダー」がフレッド・カプランの調査報道を引用した報道によれば、2016年に行われたアメリカ国家安全保障会議の机上演習において、ロシアがバルト三国への侵攻で核兵器を使用した場合、1回目の議論では通常戦力で報復するという結論が出て、参加者を増やした2回目の議論ではロシアの同盟国であるベラルーシに核攻撃するという結論が出たとされ、核兵器を使わない選択肢も想定されていたことが伝えられている。 これに対し、アメリカによる「核の傘」の提供は、アメリカを盟主とする一大同盟の存続理由でもあり、たとえニューヨークが消えようがワシントンが吹き飛ばされようが、アメリカが「核の傘」を提供すると明言した以上、報復核攻撃は行われるとする説もある。なぜならば、アメリカが報復核攻撃を行わなかった場合には、アメリカの国際社会における権威が失墜し、アメリカを盟主とする同盟が事実上解体の危機に晒されるなど、アメリカの政治的利益の損失が甚大だからである。言い換えれば、同盟国に対する核攻撃はアメリカの国際社会における覇権に対する挑戦であるので、アメリカは同国の利益のために報復核攻撃を行うであろうとする説である。しかし、このような覇権維持のための軍事報復は核兵器によらずとも可能であり、核による直接報復の必要性は無いとも言える。
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