「ユダヤ人からの解放」論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 14:19 UTC 版)
「反ユダヤ主義」の記事における「「ユダヤ人からの解放」論」の解説
これまでに見てきたように、マルクスの『ユダヤ人問題によせて』(1843)、ワーグナーの『音楽におけるユダヤ性』(1850)やプルードンなどの反ユダヤ思想では、ユダヤ人が一大勢力となっていることを脅威に感じ、支配勢力であるユダヤ人からの解放が論じられてきた。そして、19世紀後半から20世紀にかけて「ユダヤ人からの解放」はユダヤ陰謀論などともなり、様々に現れていった。世界大不況時代の1880年代には、ドイツ語圏で「ユダヤ教徒の解放」をもじった「ユダヤ人からの解放」というスローガンが流布した。 1861年 - 匿名で『ユダヤ人迫害とユダヤ人からの解放』が刊行された。そのなかで「貨幣の権力、すなわち、自らは労働せずに、いわゆる営業の自由の利益を独り占めし」ている権力が批判され、金権支配の物質主義と官僚支配の機械主義が進行しているなか、貨幣権力は大部分ユダヤ教徒の手中にあり、ユダヤ人は近代自由主義のすべてを独占することに成功したと主張された。ここでは「ロートシルト家(ロスチャイルド家)を筆頭としてヨーロッパの証券取引所を支配しているユダヤ人金融家」を論じる一方で、ユダヤ教徒迫害は愚かで退けるべきであるとし「ユダヤ人からの解放」が主張された。 同1861年 - ドイツで匿名(著者はH.G.ノルトマンとされる)で『ユダヤ人とドイツ国家』が発表され、ベストセラーになった。この本は伝統的なキリスト教的なユダヤ教徒への嫌悪(Judenhaß)を復活させ、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』からシャイロックの台詞が何度も引用され「ユダヤ人であること(das Judenthum)は、極端な分離主義と人種的思い上がりによって特徴づけられ、ユダヤ人の人間としての範囲はアブラハムの 子孫を越えることはない」「ユダヤの血とユダヤの意識は分離できないのであり、我々は、ユダヤ教(das Judenthum)を宗教や教会としてだけではなく、人種的特性の表現として把握しなければならない。だから、ユダヤ人とドイツ人の宗教的分離が廃止されれば二つの民族のあらゆる本質的区別がなくなるとか、両者の融合がさらに進めばユダヤ的性格がドイツ人に影響を及ぼすことはなくなるとか、思ってはならない」と主張し、ユダヤ人を人種(Race)、種族(Stamm)として論じ、またユダヤ人が公職に就く権利を要求しているのを批判した。同書によれば、キリスト教は普遍的平等と人間愛の世界宗教であるのに対し、ユダヤ教はイスラエル一族だけがエホヴァと盟約しており他の人類と敵対する排他的宗教であり、ユダヤ教は神政制度を基礎とした国家教会であるため、非ユダヤ的な者を無条件に同権者として承認することは神との決裂になり、従ってユダヤ教徒は非ユダヤ教徒を同権者として承認できないとする。これに対してヨーロッパのキリスト教諸国家は寛容思想によって宗教の隔壁を廃棄しようとしているが、ユダヤ教を誤解しているとヨーロッパのユダヤ政策を批判した。ただし同書末尾では、著者はユダヤ人への侮辱や憎悪を説くつもりはなく、ユダヤの本質の認識を目指したと説明している。 市民的リアリズムを代表する小説家ヴィルヘルム・ラーベの『飢餓牧師』(1864)は正直で貧しく慈悲深い牧師となるキリスト教徒に対して、不正直で権力欲に燃えるユダヤ教徒の野心は阻まれるという話で、改宗ユダヤ人の野心家が「私には、気の向くままにドイツ人になったり、その栄誉を手放したりする権利がある」と述べる。同じく市民的リアリズムの作家テオドール・フォンターネの小説では、ユダヤ人は一定の好意をもって描かれているが、ユダヤ人はユダヤ人同士でキリスト教徒と分かれて暮らした方がいい、レッシングの三つの指環という宗教的寛容を説く『賢者ナータン』の物語は不都合を引き起こしたと述べている。ヘルマン・ゲドシュ(筆名サー・ジョン・レットクリフ)の小説「ビアリッツ」(1868)では、ユダヤ人陰謀家がプラハの墓地で世界支配を計画したと描かれ、人気を博した。
※この「「ユダヤ人からの解放」論」の解説は、「反ユダヤ主義」の解説の一部です。
「「ユダヤ人からの解放」論」を含む「反ユダヤ主義」の記事については、「反ユダヤ主義」の概要を参照ください。
- 「ユダヤ人からの解放」論のページへのリンク