農薬
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/05 20:10 UTC 版)
概要
農薬は元々は土壌や種子の消毒と、発芽から結実までの虫害や病気の予防をするものを指していたが、農作物の虫害や植物の成長調整など、「農業の生産性を高めるために使用される薬剤」として広義に解釈されるようになっている[1]。 近代化された農業では農薬は大量に使用されている。一方、人体に対する影響をもたらす農薬も多くあることから使用できる物質や量は法律等で制限されている。
各国の農薬の使用状況と最新農法
FAO(国連食糧農業機関)の統計によると、2021年の各国の農薬使用量はブラジルが719507トンでトップである。次いでアメリカ457385.42トン、インドネシア283297.13トン、中国244820.82トン、 アルゼンチン241519.98トンと続く。日本は48889トンである。[2]
耕地面積1ha当たりの農薬使用量はセーシェルが456.28 kg/haでトップである。次いでクウェート108.07 kg/ha、モルディブ63.26 kg/ha、カタール44.69 kg/ha、アンティグア・バーブーダ43.21 kg/haである。日本の使用量は11.24 kg/haで世界第20位である。[2][3]ただしこの数値の比較に本質的な意味はなく、栽培する農産物やその土地の気候等、多くの要素を考慮する必要がある。
2018年12月末、TPP(Trans-Pacific Partnership、環太平洋パートナーシップ)が開始されると、太平洋周辺の11カ国間(オーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、ベトナム)で、貿易自由の目的で、多くの関税が撤廃された。このため、日本にも、海外の農産物輸入品が急増した。さらにTPPとは別に、ヨーロッパとはEPA(Economic Partnership Agreement、経済連携協定)が結ばれた。ヨーロッパと日本の間の関税や関税以外の障壁を取り払い、貿易をより自由にする取り決めであり、2019年2月に発効された。このため、今後はヨーロッパから野菜や果物の輸入の急増が予測されるが、収穫が終わった後の処理に急速に発達したポストハーベスト技術が使用されるため、遠方からの輸入が可能となった。すでにヨーロッパでは、最新のテクノロジーを使い、日本よりもはるかに効率のよい農法で同時に、使用農薬量は、日本よりもはるかに少なくしており、最先端農業でありながら、安全で安心、環境にも優しい農業が展開されている。このため、竹下は世界と日本の差はさらに開いていき、日本の農業が衰退するのではと警鐘を鳴らしている[4]。
歴史
紀元前から海葱(ステロイド配糖体を含む)を利用したネズミ駆除、硫黄を使用した害虫駆除が行われてきた。17世紀になるとタバコ粉、19世紀初頭には除虫菊やデリス根(ロテノンを含有)を利用した殺虫剤が用いられるようになったが、天然物や無機化合物が中心であり、化学合成された有機化合物の農薬が登場するのは、20世紀に入ってからである[5]。
前近代
人類の歴史を遡ると、農作物への病害虫による被害は古くからあり、耕作方法や品種の変更など様々な努力がなされていた[6]。
元来、植物には昆虫による食害や菌類・ウイルス感染を避けるため、各種の化学物質を含有、または分泌するアレロパシーと呼ばれる能力がある。複数種類の植物を同時に栽培するコンパニオンプランツをすると、連作障害を防止できることは経験的に知られていた。
古代ギリシャや古代ローマでは、播種前の種子に植物を煮出した液やワインを漬けておく方法や、生育中の苗にバイケイソウなどの植物の浸出液を散布する方法がとられていた[6]。
近代農薬の登場
1800年代に入ると、コーカサス地方で除虫菊の粉末が殺虫剤として使用されたほか、デリス(en)根の殺虫効果が知られるようになった[6]。
1824年には、モモのうどんこ病に対して、硫黄と石灰の混合物が有効であることが発見された[6]。その後、1851年にフランスのグリソンが石灰硫黄合剤を考案した。
18世紀後半には、木材の防腐剤として用いられていた硫酸銅が、種子の殺菌にも用いられるようになったが、1873年にボルドー大学のミヤルデ教授が、ブドウのべと病に硫酸銅と石灰の混合物が有効であることを発見[6]。1882年以降、ボルドー液として農薬に利用されることとなった[6]。
1924年に、ヘルマン・シュタウディンガーらによって、除虫菊の主成分がピレトリンという化学物質であることが解明された。1932年には日本の武居三吉らによって、デリス根の有効成分がロテノンという化学物質であることも判明した。
化学合成農薬の登場
20世紀前半までは農薬の中心は天然物や無機物であったが、第二次世界大戦後になると本格的に化学合成農薬が利用されるようになる[6]。
DDTと殺虫剤
1938年、ガイギー社のパウル・ヘルマン・ミュラーは、合成染料の防虫効果の研究からDDTに殺虫活性があることを発見、農業・防疫に応用された。DDTは、人間が大量に合成可能な有機化合物を、殺虫剤として実用化した最初の例であり、ミュラーはこの功績により1948年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。
DDTの発見に刺激され、1940年代には世界各国で殺虫剤の研究が始まり、1941年頃にフランスでベンゼンヘキサクロリドが、1944年頃にドイツでパラチオンが、アメリカでディルドリンがそれぞれ発明された。いずれも高い殺虫効果があり、またたく間に先進国を中心に世界へ広がっていった。一部の殺虫薬は第二次世界大戦に使われた毒ガスの研究から派生したものといわれている[7]。
環境運動と農薬批判
1962年にレイチェル・カーソンが『沈黙の春』を発表して環境運動が世界的な関心を集めてからは、農薬の過剰な使用に批判が起こるようになった。日本でも水俣病などの公害が社会問題となるなか、1974年には有吉佐和子の小説『複合汚染』が発表され、農薬と化学肥料の危険性が訴えられた。
消費者の自然嗜好や環境配慮や有機野菜消費の増加といったことを受けて、生産者側である農家からも費用のほか、化学農薬の副作用や健康被害への心配から、天敵、細菌、ウイルス、線虫や糸状菌(カビの仲間)等の生物農薬の使用も進められている。
日本の農薬の歴史
日本では、16世紀末の古文書にアサガオの種やトリカブトの根など、5種類の物質を用いた農薬の生成法が紹介されており、1670年には鯨油を水田に流す方法(注油法)による害虫(ウンカ)駆除法が発見されている[6][8]。
- 1930年代には日本の農村でも農薬が普及し始め、昭和初期には本格的に普及した。
- 1948年、農薬取締法公布。
- 1950年、森林病害虫等防除法と植物防疫法公布。
- 1951年、厚生省がリンゴにおけるDDTの残留農薬基準を7ppmとする指導通知を行う(法的な拘束力なし)[9]。
- 1958年、国内最初の空中散布が神奈川県で実施された。
- 1971年、農薬取締法改正。毒性の強い有機合成農薬の多くが登録失効となり、より安全な有機合成殺虫剤へと更新される[1]。
- 2000年、日本農林規格等に関する法律(JAS法)による「有機農産物認証制度」発足。
- 2021年、登録された農薬の有効成分全種の安全性を政府が定期的に確認する「農薬再評価制度」が10月より開始[10]。
注釈
出典
- ^ a b c d e f g 後藤哲雄、上遠野富士夫『応用昆虫学の基礎』 <農学基礎シリーズ> 農文協 2019年 ISBN 978-4-540-17121-5 pp.100-101,116-119.
- ^ a b “FAOSTAT”. www.fao.org. 2024年5月21日閲覧。
- ^ あるのは探究心 (2023年8月15日). “【検証】#12 日本の農作物は「農薬まみれ」なのでしょうか。極限まで妥協しない農薬調査⑥”. あるのは探究心. 2024年5月21日閲覧。
- ^ “「国産が一番安全だ」と妄信する日本人の大誤解 日本は世界トップレベルの農薬大国”. PRESIDENT ONLINE (2020/01/21 9:00). 2024年3月26日閲覧。
- ^ スリーエム研究会『林業薬剤の知識』28-30頁 昭和54年12月20日刊
- ^ a b c d e f g h Q.「農薬」が無い時代は、どの様に防除していたのですか。農薬工業会(2017年5月16日閲覧)
- ^ 植村振作ら『農薬毒性の事典』(三省堂)の「サリン」の項
- ^ “国内最古の農薬使用 島根”. 中国新聞. (2013年1月26日). オリジナルの2013年2月9日時点におけるアーカイブ。 2013年1月26日閲覧。
- ^ 残留農薬から食卓守る 四食品に許容量『朝日新聞』1968年(昭和48年)3月21日夕刊 3版 11面
- ^ 「農薬再評価制度始まる 価格上昇、登録変更も」『日本農業新聞』2021年10月4日3面
- ^ 農薬の基礎知識 詳細 農林水産省(2017年5月16日閲覧)
- ^ a b c d 諸外国・国際機関等におけるPBT基準の考え方 (PDF) 環境省(2021年1月27日閲覧)
- ^ 殺虫剤の現地輸入規則および留意点:米国向け輸出 日本貿易振興機構(2017年5月16日閲覧)
- ^ 農林水産省「特定農薬とは?」
- ^ 農林水産省「農業資材審議会農薬分科会特定農薬小委員会及び中央環境審議会土壌農薬部会農薬小委員会第6回合同会合」(2005年8月31日)
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