肉眼による観測の時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 03:00 UTC 版)
土星は肉眼でも見えるため、その存在は先史時代から知られていた。アッシリアやバビロニアの天文学(英語版)では、紀元前2000年ごろから土星を含む太陽系の五惑星(水星、金星、火星、木星、土星)が組織立った観測の対象となり、その運行が粘土板に記録された。古代メソポタミアの天文観測を牽引した原動力は数秘術、占星術であり:V.42.、土星には農耕や狩猟の神ニヌルタが住むと考えられた:85。バビロニアの天文観測は紀元前3世紀頃(セレウコス朝期)から精緻化し、ヘレニズムの天文学に受け継がれる:V.42.。土星を司る神はヘレニズム文化圏において、農耕神ニヌルタから、同じく農耕神クロノスへと置き換わった。 ヘレニズム時代にはアレクサンドレイアのプトレマイオスが、西暦127年3月26日と133年6月3日と136年7月8日に土星の衝を観測した:244。プトレマイオスはこれらの観測結果を基準にして、ジオセントリック・モデルの体系における土星の誘導円、周転円の半径、誘導円の近点軸、誘導円と地球の距離等、土星の軌道要素を得た。プトレマイオスの体系は、占星術のために実用的な程度には正確に、凶星とされる土星が関わる天文現象を予言しつづけ、16世紀のコペルニクスによる再検証までは「完璧」な体系であった:244:17。 ヴェーダ時代のインドでは、宗教的な供儀を適切な日時に実施するため天文学(ジョーティシャ(英語版))が重視され、天空上の27又は28の星宿(ナクシャトラ)を基準に、土星を含む五惑星と日月の運行が観測された:214-218。前7世紀頃の天文書『ヴェーダーンガ・ジョーティシャ(英語版)』によると、天には、太陽と月、五惑星、ラーフとケートゥの9つの天体(ナヴァグラハ)があるとされ:214-218:44、サンスクリット語で「シャニ(Śani)(英語版)」と呼ばれる土星は、月の交点に存在を措定されたラーフとケートゥとともに凶星と考えられた:88。4~17世紀に成立した『マツヤ・プラーナ(英語版)』や『パドマ・プラーナ(英語版)』などのプラーナ文献には「シャニ」が骸骨の体を持ち、ハゲタカに乗り弓矢をつがえ、人が一生になした善事と悪事を見張るなどとあり、バラモンの秘儀を支える技術であったジョーティシャはヒンドゥー文化の一つとして形而上的な肉付けを得た:44。 古代中国でも五惑星は重要な観測対象であり、土星は運行が緩慢であり星色の変化に乏しいため「塡星(鎮星)」と呼ばれた:87。『礼記』の月令によると塡星は天空を鎮める星で、五穀豊穣をもたらすとされている:100。前3世紀の鄒衍の説から発展した五行説に五惑星を当てはめる場合、塡星は土徳に配当された:100。このため漢字文化圏では、当該太陽系第六惑星を「土星」と呼ぶ:87。五行説の流行した中世(魏晋南北朝時代)において、土星は福星とされた:379。 中国においては、漢代の一時期を除いて宇宙構造論があまり発達しなかった一方で、「星辰の変」は為政者に発せられた天の警告であると考えられて克明な天象観測記録が続けられた:17-32。唐代のインド系占星術者、瞿曇悉達が著した『開元占経(中国語版、英語版)』には、南朝宋の劉裕が、塡星が太微に入ったという観測結果を臣下が隆昌する吉兆と解釈し、東晋の皇帝を廃した事例が紹介されている:379。 天文暦学書の私蔵を禁止するなど国家経世の学として発展した中国の天文占星の学も唐代には崩れ、個人の運勢を占う星占いが流行する:17-32。中東ヘレニズム文化圏でも事情は似て、星占い関連の出土パピルスがプトレマイオス王朝時代以後に急増する:III.28.。前出のプトレマイオスは、エジプトに流れ込んできたこうした思想文化を集大成した占星術書『テトラビブロス』において、土星がまがまがしい凶星と述べている:17。人文科学面で古典期ギリシアの遺産を受け継いだローマ人は、ギリシアの農耕神クロノスを自分たちの神話における農耕神サートゥルヌスと同一視し:86-89、土星を凶星とみなす思想文化も受け継いだ:17。 古代ヘブライ語では、土星は「Shabbathai」と呼ばれた。エジプトでは土曜日を土星が支配する曜日と考えられていて、ユダヤ人もローマ人もその思想文化を受け継いだ:86-89。ローマ時代以後、農耕神クロノスと、時を擬神化したクロノスが名前の類似から混同されて、土星は「時の神」であるということにもなった。西洋占星術等において土星は "♄" により示されるが、その使用は10世紀以前には遡らない。"♄" はクロノスの鎌と言われることもあるが、アラビア数字の"5"の変形である。
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