石室・壁画とは? わかりやすく解説

石室・壁画

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/02 08:32 UTC 版)

高松塚古墳」の記事における「石室・壁画」の解説

石室凝灰岩切石組み立てたもので、南側に墓道があり、南北方向長い平面をもっている。石室寸法南北長さが約265cm、東西の幅が約103cm、高さが約113cm(いずれも内法寸法)であり、大人2人かがんでやっと入れ程度狭小な空間である。横口式石槨呼ばれる系統入り平らな底石の上板石組み合わせて造ってある。横口式石槨系譜には、鬼の俎板(まないた)・厠(かわや)、斉明陵と推測されている牽牛子塚古墳野口王墓天武持統陵)、キトラ古墳などが入り7世紀前半中頃から8世紀初頭まで続いている。 壁画石室の東壁・西壁北壁(奥壁)・天井4面存在し切石の上厚さミリ漆喰塗った上に描かれている。壁画題材人物像日月四方四神および星辰星座)である。東壁には手前南側)から男子群像四神のうちの青龍その上に日(太陽)、女子群像描かれ西壁にはこれと対称的に手前南側)から男子群像四神のうちの白虎その上に月、女子群像描かれている。男子女子群像はいずれも4人一組で、計16人の人物描かれている。中でも西壁女子群像は(壁画発見当初は)色彩鮮やかで、歴史教科書をはじめさまざまな場所でカラー写真紹介され、「飛鳥美人」のニックネーム親しまれている。人物群像一部除いて道具携えていた。女子如意(にょい)・円翳(えんえい)・払子(ほっす)を、男子胡床こしょう)・毬杖ぎっちょう)・きぬがさ)・武具・鞄を持ち、それらは「貞観儀式」にみられる元日朝賀儀式列する舎人官人持ち物一致する。この元日朝賀儀式には日月四神の幡も立てられる。 奥の北壁には四神のうちの玄武描かれ天井には星辰描かれている。南壁には四神のうち南方位置する朱雀描かれていた可能性が高いが、鎌倉時代盗掘時に失われたものと考えられている。天井画は、円形金箔で星を表し、星と星の間をの線でつないで星座表したのである中央には北極五星と四鋪四星(しほしせい)からなる紫微垣、その周囲には二十八宿を表す。これらは古代中国思想に基づくもので、中央の紫微垣天帝居所意味している。 東西日月は、その手前に雲海に浮かぶように聳え立つ山々描かれている。日には金箔が、月には銀箔が貼られていた痕跡があった。発掘調査時には、その大部分失われており、鎌倉時代などの盗掘者によって人為的に削り取られたものと考えられている。 壁画について、発掘当初から、高句麗古墳群世界遺産)と比較する研究なされている。四神そもそも高句麗様式古墳特徴的なモチーフであるが、高松塚古墳およびキトラ古墳では高句麗画風とは異なった日本独自画風四神図が描かれていることが指摘されている一方で天空に関しては、高句麗から伝来した原図用いた可能性指摘されている。また、女子群像服装は、高句麗古墳の愁撫塚や舞踊塚の壁画婦人像服装相似することが指摘されている。 石室安置されていたは、わずかに残存していた残片から、漆塗り木棺であったことがわかった石室鎌倉時代頃に盗掘にあっていたが、副葬品一部残っていた。出土品漆塗り木棺残片のほか、使われていた金具類、釘、副葬品大刀金具海獣葡萄鏡、玉類(ガラス製、琥珀製)などがある。中でも隋唐鏡の様式をもつ海獣葡萄鏡と、装飾使われていた金銅製透飾金具がよく知られる壁画全景複製関西大学博物館高松塚古墳壁画再現展示展示

※この「石室・壁画」の解説は、「高松塚古墳」の解説の一部です。
「石室・壁画」を含む「高松塚古墳」の記事については、「高松塚古墳」の概要を参照ください。

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