復元生態学
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復元生態学(ふくげんせいたいがく、Restoration ecology)は、生態学の一分野であり、人間活動などによって破壊、あるいは損傷を受けた自然環境、生物個体群を復元するための研究分野である。また、遺伝的な変異の保全、復元まで視野に入れた復元生物学(Restoration biology)という名称も提唱されている[1]。 生態系修復学Restoration ecology レスタレイション・エコロジー、または、生態系修復 Ecosystem restoration イーコシステム・レスタレイションとも呼ばれる。
定義
Society for Ecological Restoration は、「生態学的な復元」の定義を「生態系の健全さ、完全性、および持続可能性の回復を開始、促進するための意図的な活動」としている[2]。この「生態学的な復元」に関連する学問分野が復元生態学である[3]。
なお生態系の回復のための活動としては、森林再生、治山、植生回復、移入種の駆除、侵食の制御、在来種の再導入などが挙げられる。
歴史
人間の歴史の中で、数千年とは言わないまでも、数百年にわたって、土地の管理者や素人などが環境の復元や生態的な管理を行ってきた[4]。しかし、そのような復元活動に科学的な裏づけを与える復元生態学が注目されはじめたのは、1980年代後半になってからであった。1990年代頃になると、復元生態学への関心が高まり、基礎的な研究への取り組みや学術雑誌への掲載が盛んになった[3]。1992年には「Restoration ecology」(年4回発行)という学術雑誌も創刊され、復元生態学という学問分野が急速に台頭している[1]。
目的
科学コミュニティでは、自然環境の悪化や破壊による生物相の大幅な衰退は「悲劇的に短いタイムスケール」で進行している、という見解で一致している[5]。実際に、現代における種の絶滅率は、通常の約1000-10000倍であると見積もられている[6]。そのため、環境の復元や自然再生事業といった、失われた生物相の復元に対する関心は高まっているが、そのような事業を行う上での明確な指針や、事業の成功や失敗の基準などを設ける必要がある[1]。そのため、復元生態学の研究成果を、自然の復元事業やその復元活動の指針、基準の作成などに活用することが求められている[1]。
特徴
種や個体群、生態系全体を保全する目的で行われる保全生態学の研究が動物で多く行われているのに対して、復元生態学の研究は植物を対象に行われることが多い傾向にあるとされる[7][8]。また保全生態学の研究では理論的なものが多くある一方で、復元生態学では、実験的な取り扱いが容易である植物を対象とすることが多いため、より実験的な研究が多いとされる[7]。
また、復元生態学で行われる実験では、復元事業に関わる関係者と合意を形成する必要があるという点で通常の野外実験とは異なり、他の自然科学とも大きく異なる点である[9]。
水域生態系における復元生物学
水域生態系における復元生物学は、劣化した生態系を科学的に回復することを目的とする分野であり、栄養カスケード理論と力学系理論に基づくバイオマニピュレーションなどの手法を通じて、富栄養化した水域の水質および生態系の回復を図る、流域管理の生態学的基盤をなしている。
復元生物学におけるリワイルディングとバイオマニピュレーション
リワイルディング(Rewilding)とバイオマニピュレーション(Biomanipulation)は、いずれも生物の働きを通じて生態系の健全性を回復させること(Ecological Restoration)を目的とする環境再生の手法である。 両者は、化学的・物理的な操作に頼らず、生物間の相互作用や食物連鎖の構造を利用して生態系を調整する点で共通している。 また、上位捕食者の影響を通じて下位の生物群や環境に変化をもたらす「トップダウン効果(栄養カスケード)」の概念に基づいている点も特徴的である。 さらに、どちらの手法も一定の人為的介入を必要とし、リワイルディングでは種の再導入や外来種の除去、バイオマニピュレーションでは魚類群集の操作などが行われる。 このように、両者は「生物の力を活用して自然の自己回復力を高める」という共通の理念のもとに位置づけられる。
リワイルディング(Rewilding/再野生化)
リワイルディングは、人間活動によって失われた自然のプロセスや生物多様性を回復させ、生態系の自己維持能力を取り戻すことを目的とする生態系再生の手法である。 具体的には、絶滅または地域的に消失した大型動物や頂点捕食者の再導入、外来種の除去、および人為的管理の縮小などを通じて、自然の遷移や食物連鎖を再び機能させることを目指す。
リワイルディングは、従来の自然保護が「現状維持」を重視していたのに対し、自然のダイナミズムを回復させることに重点を置く点で特徴的である。たとえば、北米のイエローストーン国立公園におけるオオカミの再導入は、シカの行動変化を通じて植生や河川環境まで回復させた典型例として知られる。
この概念は、規模や介入の程度により「トロフィック・リワイルディング(栄養段階を重視する再野生化)」や「パッシブ・リワイルディング(放置による自然回復)」などに分類される。いずれも、生物間の相互作用を通じて自然の再生力を引き出すことを基本理念としている。
リワイルディング(再野生化)では、日本で絶滅した頂点捕食者を生態系に再び取り戻す試みとして、かつて生息していたニホンカワウソ(Lutra nippon)の代替種としてユーラシアカワウソ(Lutra lutra)を、またニホンオオカミ(Canis lupus hodophilax)の代替種としてユーラシアオオカミ(Canis lupus lupus)を導入する可能性が検討されている。 これらの再導入は、捕食者による生態系バランスの回復(トップダウン効果)を目的としたリワイルディングの一例である。
脚注
- ^ a b c d 矢原・川窪(2002)p.225
- ^ SER (2004). The SER Primer on Ecological Restoration, Version 2. Society for Ecological Restoration Science and Policy Working Group. [1]
- ^ a b Young, T.P., Petersen, D.A. & Clary, J.J. (2005). "The ecology of restoration: historical links, emerging issues and unexplored realms". Ecology Letters 8, 662-673. [2]
- ^ Anderson, M.K. (2005). Tending the Wild: Native American knowledge and the management of California's natural resources. Berkeley: University of California Press. ISBN 0-520-23856-7
- ^ Novacek, M.J. & Cleland, E.E. (2001). "The current biodiversity extinction event: Scenarios for mitigation and recovery". Proceeding of the National Academy of Science 98 (10), 5466-5470.
- ^ Wilson, E. O. (1988). Biodiversity. Washington DC: National Academy. ISBN 0-309-03739-5
- ^ a b 矢原・川窪(2002)p.231
- ^ Young, T.P. (2000). "Restoration ecology and conservation biology". Biological Conservation. 92, 73–83.
- ^ 矢原・川窪(2002)p.232
参考文献
関連項目
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