棺
★1a.自ら棺の中に入る人。
『イシスとオシリスの伝説について』(プルタルコス)13 テュポン(=セト)が、兄王オシリスの身体の大きさの棺を作って宮殿に運び、「ぴったり合う人にこの棺を与えよう」と言う。何人もが棺の中に入るが大きさが合わない。そこでオシリスが棺に入ると、テュポンとその仲間が蓋を釘づけにして、棺をナイル河に投げこんで殺した→〔寸断〕1b。
『臨済録』「勘弁」25 普化が街へ行き、「僧衣を施してくれ」と人々に請う。皆が僧衣を布施するが、普化は受け取らない。臨済が、「わしがお前のために僧衣を作っておいたぞ」と言って、棺を与える。喜んだ普化は街の外へ出て自ら棺の中に入り、通りがかりの人に頼んで蓋に釘を打たせた。人々が駆けつけて棺を開けると、もぬけのからで、空中を遠ざかって行く鈴の音が聞こえた。
★1b.棺の中で寝る人。
『子不語』巻12-301 70歳過ぎの老父が、「人間は必ず死ぬのだから、前もって演習をしておこう」と言って、一室に棺を置き、毎晩、棺の中で寝た。ある男が何も知らずにその部屋に泊まったが、夜中に棺から老翁が出て来て煙草を吸ったりするので、恐ろしくて一晩中眠れなかった。
*ドラキュラは、昼間は棺の中に寝ている→〔吸血鬼〕1の『吸血鬼ドラキュラ』(ストーカー)。
*棺の中に寝ていられないドラキュラ→〔恐怖症〕4の『ボディ・ダブル』(デ・パルマ)。
『野いちご』(ベルイマン) 78歳の医師イーサクは、ある夜の夢で、見知らぬ街を歩く。街の時計には文字盤だけあって針がなく、イーサクの懐中時計の針も消えていた。馬車が、積んでいた棺を落とす。棺の中の死体が腕を伸ばしてイーサクの手首を掴み、棺の中へ引き入れようとする。死体はイーサクと同じ顔をしている。そこでイーサクは目覚める。
『酔いどれ天使』(黒澤明) 結核に侵された若いやくざ松永が、悪夢を見る。波打ち際に棺があり、松永は斧をふるって棺の蓋を叩き割る。棺の中の死体は松永自身であり、死体は起き上がって松永を追いかけてくる。松永は懸命に波打ち際を走って逃げる。あやうく死体につかまりそうになるところで、松永は目覚める〔*松永は、兄貴分のやくざに刺されて死ぬ〕。
『豊饒の海』(三島由紀夫)・第1巻『春の雪』 18歳の青年・松枝清顕は、夢の中で自分の白木の柩を見た。1人の若い女が、長い黒髪を垂らして柩にすがりつき、泣いている。清顕は中空からそれを見下ろしている。柩の中に自分の亡骸が横たわっていることを確かめたいと思うが、清顕は中空にただようばかりで、釘づけられた柩の中を窺うことはできなかった(2)〔*清顕は20歳で病死する〕。
★3a.病死者の遺体が入った棺に、殺害死体を押し込んで隠す。棺の中に二つの死体があるとは誰も気づかず、棺はそのまま埋葬される。
『雁の寺』(水上勉) 小僧慈念が住職慈海を殺して、死体を寺の本堂の床下に隠す。翌晩本堂で、檀家の病死者の通夜があったので、慈念は、通夜客が眠った後に、慈海の死体を床下から運び、病死者の棺桶の中に押し入れる。2つの死体の入った棺桶はそのまま埋葬され、慈海は失踪遁世したものと見なされた。
『ギリシャ棺の秘密』(クイーン) 悪人が仲間のグリムショーとともに、ギリシャ人の老富豪ハルキスを強請(ゆす)って、高額の約束手形を得る。その夜、悪人はグリムショーを殺して、約束手形を独り占めする。翌朝、思いがけずハルキスが急死したので、悪人は、ハルキスの遺体が入った棺に、グリムショーの死骸を押し込む。棺はそのまま埋葬される〔*紛失した遺言書を捜すため、数日後に墓が掘り起こされ、棺の中に2つの死体があることが発覚する〕。
★3b.死体の入った棺の中に、意識不明の人物を入れて、一緒に埋葬しようとたくらむ。
『フランシス・カーファクス姫の失踪』(ドイル) 悪人ピーターズが貴族のフランシス姫を監禁し、彼女の持つ宝石類を売って金を得る。そろそろフランシス姫を始末せねばならぬと思い始めた頃、ピーターズの召使であった老婆が老衰死した。医者が死亡診断書を書き、埋葬許可が得られたので、ピーターズは大きなサイズの棺を特注する。クロロホルムで意識不明にしたフランシス姫を、老婆の死体と一緒に棺に入れ、葬式が行なわれる。ホームズが駆けつけ、フランシス姫を救い出す。
『片棒』(落語) 赤螺(あかにし)屋吝兵衛(けちべえ)が、「おれが死んだらどんな葬式をする?」と、3人の息子に問う。長男は「豪華な葬式」、次男は「奇抜な葬式」と答え、失格。三男は「質素な葬式をします」と宣言し、「棺桶は漬け物樽を使い、人足を雇うと金がかかるので私が片棒をかつぎます。でも、あとの片棒のかつぎ手がいません」。吝兵衛「大丈夫。おれが棺桶から出てかつぐ」。
『東海道中膝栗毛』(十返舎一九)「発端」 喜多八の愛人だった女が、頓死した。葬式をせねばならないので、弥次郎兵衛と喜多八は、女の死体を早桶に入れる。ところがあわてて、死体を上下逆さまに入れてしまう。女の父親が来て早桶のふたを開け、「この仏には首がない。それに、わしの娘は女だが、これは男の死人と見えて、胸毛が生えている」と不思議がる。
★5.棺を引きずって旅する男。
『続・荒野の用心棒』(コルブッチ) さすらいの男ジャンゴが棺桶を引きずって、町へやって来る。棺桶の中にはガトリング銃が入っており、ジャンゴはガトリング銃をかかえて、1度に40人の敵を射殺した。後にジャンゴは、棺桶に黄金を詰めて運ぼうとする。しかし馬が暴れたために、棺桶は底なし沼に沈んでしまった〔*ジャンゴは捕らわれて両手をつぶされるが、銃の撃ち方を工夫して、敵を皆殺しにする〕。
★6.「官(かん)」と「棺(かん)」。
『異苑』67「棺にはいる夢」 ある男が、「都へ行けば必ず官を得る。官は水より生ずる」との夢告を受ける。男はいったん目覚め、再び眠って、今度は「川に落ちて死に、棺に入れられて水葬にされる」との夢を見る。後、男は水死し、葬儀のありさまは夢のとおりだった。夢の中で男が「官」と聞いたのは、実は「棺」のことだった。
*風呂桶から棺桶を連想する→〔連想〕3bの『風呂桶』(徳田秋声)。
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