新潟県中越地震による影響
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「磐越西線」の記事における「新潟県中越地震による影響」の解説
2004年10月23日に発生した新潟県中越地震では、上越線が不通になったため、郡山経由での迂回ルートとして客貨ともに臨時列車が運行された。 旅客の臨時列車は、新潟駅 - 会津若松駅の直通快速が1往復と、所定では野沢駅止まりの各駅停車を津川駅まで延長運転し、同駅発着の列車に接続をとる形で行われたが、平日の乗車率はそれほど良くなかったようで、11月中旬には直通快速は運休の日が多くなっていた。また、これらの列車を運転するために秋田支社・盛岡支社から応援車両としてキハ40形が来ていたため、他線区の塗装と本来の新潟支社の塗装の混結編成を見ることができた。 貨物の臨時列車は、11月12日より運転が開始された。新潟 - 東京間の紙輸送の迂回によるもので、1日1往復をDD51形(会津若松以西)がワム80000形380000番台貨車6 - 14両を牽引するかたちで行われていた。この列車が運転されているダイヤは本来セメント輸送列車のためのものであったが、そのセメント列車運転日にはセメント列車をSLばんえつ物語のダイヤで運転する措置がとられた。
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新潟県中越地震による影響
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「上越新幹線」の記事における「新潟県中越地震による影響」の解説
2004年10月23日17時56分頃(JST)に発生した新潟県中越地震により、新潟・群馬県内で7本の列車が被災し、うち2本は運転を再開したが4本は停電などで動けなくなった。そして、東京発新潟行の「とき325号」(200系K25編成・10両編成。2005年3月25日廃車)は速度約200 km/hで走行中、長岡駅の手前約5 km、滝谷トンネル先の地点で10両中8両が脱線した。1964年10月1日の東海道新幹線開業以来、日本国内の新幹線史上初の営業運転中の脱線事故となった(詳細は上越新幹線脱線事故の項を参照のこと)。 この地震の影響で浦佐駅 - 長岡駅間の高架橋・トンネルなどの設備が損壊し、越後湯沢駅 - 新潟駅間が不通となった。このため、10月31日から不通区間に代行バスを運行する一方、応急補強工事(トンネル5本の復旧作業、高架橋の耐震補強工事)が実施された。長岡以北の区間については、「East i」を送り込めないため、京浜急行電鉄から借用した軌道検測車を陸送して軌道状態を点検した後に運行を再開した。地盤が隆起した魚沼トンネルと妙見トンネルについては、いったん軌道を撤去したうえで岩盤を削るなど新線敷設と同様の工事が行われたが、年末年始の帰省ラッシュに間に合わせる形で2004年12月28日に全線で運行を再開した。 復旧後も当面は越後湯沢駅 - 燕三条駅間で70-110 km/hの徐行運転を実施する区間があるため、通常ダイヤを基準に越後湯沢駅以北で15分前後の遅着(下り)・早発(上り)させる特別ダイヤが編成された。なお、2005年1月22日には通常ダイヤとのずれが5分前後に緩和され、3月1日からは通常のダイヤに戻っている。また、その他の道路交通も寸断されたため、羽田空港と新潟空港を結ぶ航空便も臨時開設された。この地震の際、新潟新幹線運輸区の乗務員は東京駅 - 越後湯沢駅間の乗務のために、郡山駅まで出た上で東京入りして乗務列車に乗り込む方法と丸の内車掌区等への一時転属などの臨時措置を行った。
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新潟県中越地震による影響
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「長岡工業高等専門学校」の記事における「新潟県中越地震による影響」の解説
2004年10月23日に旧北魚沼郡川口町が震源の新潟県中越地震により、校舎ならびに学生寮が甚大な被害を受け、休校となった。新潟県中越地震の旧長岡市の最大震度は公式のものとしては長岡市役所付近での「震度6弱」であったが、学内の非公式な震度計では震度7を観測した。そのおよそ1週間前の10月17日にロボティクス部は高専ロボコンの全国大会への出場権を得ていたが、地震のため校内での活動が不可能となった。しかし、被害が同校に比べ少なかった長岡技術科学大学の協力により、全国大会へ出場した。 また、地震発生直後から長岡高専のOBや他の高専などから多くの義援金や支援物資が送られた。
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