制定と普及とは? わかりやすく解説

制定と普及

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/27 21:18 UTC 版)

国民歌」の記事における「制定と普及」の解説

1933年に、それまで府県行っていたレコード類に取締り内務省実施することになり、続いて1934年改正され出版法適用合わせて検閲を行うようになった1937年盧溝橋事件による支那事変勃発契機検閲強化され同時に時局下の士気を鼓舞する同時に流行歌改善資したいという意向」が高まり、また「銃後にある国民精神団結のため」の「国民歌」すなわち「公的流行歌」が望まれるようになり、従来大衆歌謡替わる健全な歌曲制定するためとして、同年10月内閣情報局による懸賞募集で『愛国行進曲』が作成された。この募集には山田耕筰国民永遠に愛唱し得べき国民歌作ろうという考え政府が持つに至ったことが一大進歩」(『東京日々新聞1937年11月16日)といった評価なされた。「愛国行進曲」はレコード会社7社から発売され発売枚数100万ともいわれ、その後さまざまな演奏会音楽挺身活動活用された。 また盧溝橋事件発生後1937年8月には、東京日々新聞で「皇軍の歌」の募集があり、『進軍の歌』『露営の歌』が制定され同年国民精神総動員強調週間放送テーマ曲として海行かば』が10月からNHK放送された。1937年11月には、『朝日新聞』にて「北支事変勃発時より南京攻略に至るまでの主な戦歴歌詞中に適宜入れるなど今次事変の歌たる特性あること」などを規定入れて皇軍大捷の歌』が募集された。1938年には東京日日新聞による『日の丸行進曲』、『大陸行進曲』が募集された。同年朝日新聞では少国民向けの「さくらの歌」作詩募集(『咲け日本桜花』『さくらのお使ひ』を制定)、漫画フクチャン部隊連載100回を記念したフクチャン部隊の歌」の作詩募集(『みんなかわいい』『フクチャン部隊は』『フクチャン部隊行進曲』を制定)、「皇軍将士感謝の歌」の作詩募集(『父よあなたは強かった』『兵隊さんよありがとう』を制定)などが行われた。陸軍省では4月7日を「愛馬の日」と定めたのを周知するために、行進曲愛馬進軍歌」と俚謡愛馬」の楽曲募集し、『愛馬と征く』『愛馬行』『おいらのお馬』が制定された。海軍省でも『軍艦旗の歌』を制定、また東京日々新聞嘱託して1939年に『太平洋行進曲』の制定行った出版社でも主婦之友社募集により『婦人愛国の歌-すめらみくにの』『婦人愛国の歌-抱いた坊やの』が1938年制定された。 朝日新聞社の『皇軍大捷の歌』や、東京日日新聞の『日の丸行進曲』『大陸行進曲』などは、その発表会ラジオ放送松竹歌劇団宝塚少女歌劇団日劇ステージショウ、浅草花月劇場などでの公演での使用、その他様々な普及活動が行われた。1940年になると大政翼賛会により、国民教化目的で、『大政翼賛の歌』『国民協和の歌』『興亜大行進曲』などを制定する。 『海行かば』は、当初は「戦争へ決意うながすもの」とされていたが、1942年NHK真珠湾特別攻撃隊戦死大本営発表報道使われ以降戦死玉砕報道など使われることが定着し鎮魂の歌という印象持たれるようになり、戦死者葬儀でも演奏される。また1942年12月には大政翼賛会によって「国民の歌」に指定され町内会隣組会合での歌唱指導された。

※この「制定と普及」の解説は、「国民歌」の解説の一部です。
「制定と普及」を含む「国民歌」の記事については、「国民歌」の概要を参照ください。

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