ポマレ王朝の創始とは? わかりやすく解説

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ポマレ王朝の創始

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/06 00:01 UTC 版)

ポマレ王朝」の記事における「ポマレ王朝の創始」の解説

ポマレ1世若い頃トウ名乗り結婚してからはティナ名乗っていた。ジェームズ・クックポマレ1世について「195cmもある美男子で、立派な体格血色良い男であった記している。ポリオヌウ地区首長であったポマレ1世は、1774年モーレア島首長マヒネとの戦闘敗れ1777年クック対し助力求めている。これに対しクック物資援助行いポマレ1世助けた。しかし1783年パレ戦いで敗れたポマレ領土縮小しパレのみを支配する状態にまで追い込まれていた。 1789年ウィリアム・ブライタヒチにやってきたのをきっかけとして趨勢大きく変化することとなる。ポマレ1世ブライから銃器入手する同時にバウンティ号の反乱者たちに取り入ることに成功し傭兵として戦闘投入した16人のヨーロッパ人マスケット銃により勢力図大きく塗り替えられ1791年ポマレ1世タヒチ武力統一成功することとなり、これを契機としてポマレ1世」を称するようになった1797年3月7日ロンドン伝道協会伝道船ダフ号がタヒチ到着すると、ポマレ1世タヒチ王として宣教師たち会合を持つ。ポマレ1世武器の提供を条件として布教認めたため、タヒチへキリスト教入ってくることとなった1803年9月3日ポマレ1世死去により、同年彼の息子ポマレ2世即位することとなった性格残忍で、敵対する地域住民皆殺しにすることもあったという。こうしたことから1808年にはタヒチ島暴動発生しポマレ2世モーレア島へと逃亡図ったポマレ2世幾度となくタヒチ島支配権奪還試みた失敗繰り返し次第それまでタヒチの神(オロ神)への信仰薄れていった。イギリス人宣教師ヘンリー・ノットの影響もあってキリスト教へと傾倒していったポマレ2世1813年7月モーレア島キリスト教学校教会建設したポマレ2世キリスト教グループ形成して勢力回復成功する1815年、フェイ・ピーの戦いにおいてライアテア島タマトア4世ボラボラ島のタポア1世味方に付けタヒチ島攻め勝利を収めたタヒチでの権力確立したポマレ2世同年正式にポマレ王朝樹立宣言することとなる。国王となったポマレ2世全島民の改宗目指しタブー改革取り組んだティキなどの神像破壊し豚の丸焼き嬰児殺しといった伝統的習慣禁止などが始め取り組まれた。 1817年イギリス人宣教師ウィリアム・エリスが印刷機持ち込む『聖書』タヒチ語への翻訳が行われるようになり、島民改宗大幅に前進した翌年にはタヒチ伝道協会設立されノットによる法典発布される。1819年にはポマレ2世洗礼を受け、それまで土着していたオロ信仰影を潜めていった。 1807年ごろから、タヒチ太平洋における補給としての地位確立していき、経済的な発展遂げるようになるオーストラリアとの間で行われた豚肉交易タヒチ厖大利益もたらしポマレ2世権力基盤をより磐石なものへとしていった豚肉輸出変えて輸入されるものとしては布地衣類器具工具武器弾薬酒類といったものがあった。 1821年12月7日ポマレ2世死去する1820年産まれポマレ3世がその跡を継いだ。しかし、実際政権握ったのはポマレ2世内縁の妻であり、ポマレ4世母親であるテレモエモエ(ヴァヒネ・ポマレ)であった1826年ポマレ3世アメリカとの通商条約締結し交易始めるようになる1827年ポマレ3世死去する彼の義姉にあたるアイマタがポマレ4世として14歳即位した

※この「ポマレ王朝の創始」の解説は、「ポマレ王朝」の解説の一部です。
「ポマレ王朝の創始」を含む「ポマレ王朝」の記事については、「ポマレ王朝」の概要を参照ください。

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