ドイツ第三帝国とは? わかりやすく解説

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第三帝国

(ドイツ第三帝国 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/18 19:07 UTC 版)

第三帝国(だいさんていこく、: (the) Third Empire[1], Third Reich, Third Realm[2], Third Kingdom[3]: Drittes Reich)は、古くからキリスト教神学で「来るべき理想の国家」を意味する概念として用いられた。第三の国千年帝国: Thousand-Year Reich[4], millenarianism[5], : Tausendjähriges Reich[6])とも。NSDAP(ナチス)による呼称が有名。

中世における「第三の国」

中世イタリアの思想家フィオーレのヨアキム世界史を三つの時代に区分した。「三時代教説」と呼ばれるこの考え方では、まず「律法の元に俗人が生きる『父の国』時代」、そして「イエス・キリストのもとに聖職者が生きる『子の国』の時代」、そして最後の審判の後に訪れる、「自由な精神の下に修道士が生きる『聖霊の国』の時代」の三つに分けられると定義した。ここでは「第三の国」が来るべき理想の国であるというニュアンスを持つこととなった。フィオーレのヨアキムは1260年から永遠の福音の時代になるとした[7]

ロシア・北欧における第三帝国

作家フョードル・ドストエフスキーは、西ローマ帝国東ローマ帝国は信仰が足りないために滅亡したが、聖ロシアは第三のローマ帝国とならなければならないと論じた[7]。ドストエフスキーのこうした思想はドイツのドストエフスキー研究者メラー・ファン・デン・ブルックへ多大な影響を与え、メラー・ファン・デン・ブルックは『第三帝国』を著した[7]。またナチス政権で国民啓蒙・宣伝大臣を務めたヨーゼフ・ゲッベルスもドストエフスキーから深い影響を受けている[8]

ヘンリック・イプセンは1873年の戯曲「皇帝とガリラヤ人英語版」において、中世キリスト教文明を「霊の帝国」、古代ギリシア思想文明を「肉の帝国」とし、この二つをあわせもった理想国家を「第三の帝国」と称した。イプセンによれば、ヘレニズム段階、キリスト教段階を総合する皇帝ユリアヌスにおいて実現される「貴族的人間」の第三帝国が出現する[7]。ドイツの劇作家・ナチ党政治家ディートリヒ・エッカートはイプセンの影響を受けた[7]

ロシアの詩人ディミトリー・メレシュコフスキーも同様の意味での「第三帝国」を志向した。

ドイツにおける第三帝国

ディートリヒ・エッカート

ディートリヒ・エッカート

国家社会主義ドイツ労働者党の前身ドイツ労働者党の創設者の一人であった劇作家でイプセンの影響を受けたディートリヒ・エッカートは、反ユダヤ主義雑誌「アウフ・グート・ドイッチュ」1919年7月号に発表した論文「ルターと利子」で、ドイツ民族が第三帝国を実現して救済をもたらすと論じた[7][9][10]。エッカートはイプセンよりも露骨な反ユダヤ主義を前面に押し出して、悪魔のようなユダヤ人が利子率を作り出したと論じた[7]

エッカートに庇護された弟子がアルフレート・ローゼンベルクアドルフ・ヒトラーである[11]

メラー・ファン・デン・ブルック

メラー・ファン・デン・ブルック

ドストエフスキーの第三帝国論に影響を受けたドイツ保守革命の思想家アルトゥール・メラー・ファン・デン・ブルックは、1923年に著した『第三帝国論英語版』の中で、第一のライヒである神聖ローマ帝国と、第二のライヒであるドイツ帝国の正統性を受け継ぐ「第三のライヒ(第三帝国)」の創設を唱えた[12][7]。当時ドイツ人の多く、特に右派ヴァイマル共和政を正統な国家と見なしておらず、右派思想家達はドイツ帝国を継承する新たな「ライヒ」の出現を期待していた[13]。またファン・デン・ブルックの著書には民族共同体を破壊する自由主義への嫌悪、政治指導者による独裁指導者原理」など後のナチズムと共通する部分が多いが、ナチ党自体はファン・デン・ブルックの「第三帝国」とナチ党の「第三帝国」は無関係であるとしている[14]

メラーの「第三帝国」の理念は、結局のところ神秘的で漠然とした思想であり、メラー自身、こうした第三帝国の曖昧な思想は問題的であると感じていた。彼によれば、この思想は「不思議な雲のごときもの」であり、全く彼岸の存在であった[15]。しかし、現実の彼方のものであっても、やはりそれは一つの現実の思想とならねばならいとして、現状を「第三帝国」の思想によって克服しようとメラーは訴えている。

メラーのこの著作は二つの異なる方向に影響を及ぼした。まず第一には、ナチスが第三帝国のスローガンを採用したことによって[注釈 1]、この名称が特殊な作用を及ぼし、ついにはこの著作の内容とは異なる結果が生じてしまった。ナチ党のイデオローグたちは、メラーの著書がナチズムの世界観の発展において重要な地位を占めることになったことを認めているが[注釈 2]、その場合でも信念における一致よりは、むしろ第三帝国のスローガンの民衆に対する宣伝効果が重視されていた。いずれにせよ、ナチ党に対するメラー派の同志たちの冷淡な態度からみて、新ナショナリズムの教説を説く彼等がかなりの点でナチズムに共鳴しなかったと結論するのは可能である。 第二は、それが、民主的、自由主義的諸制度を軽蔑する態度を人々に吹き込んだことである。この影響は巧妙に操作された宣伝スローガンの効果とは比較しえないが、それが当時のナショナリズムの心情をもった知識人の大部分の政治的意志形成に重要な役割を果たしたことは否定しえない。メラーの「第三帝国」は青年保守派のいわばバイブルであったからである[注釈 3]

ナチ党

『一千年の歴史を作らん : ヒトラー総統の対米宣戦布告の大演説』

Drittes Reich(第三帝国)」は、神聖ローマ帝国を第一帝国、ビスマルク帝政ドイツを第二帝国とし、その後を継ぐドイツ民族による3度目の帝国として国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)統治下のドイツ(ナチス・ドイツ)で用いられた[17]。ただし、当時の公式のドイツ国名は「Deutsches Reichドイツ国)」、もしくは「Großdeutsches Reich(大ドイツ国)」であった。なお、ライヒ (Reich) とは、ドイツ語で「一支配者が全ての地域 (Land) を治めている全国 (Reich)」と規定され、「ライヒ=帝国」ではない[注釈 4]

正確な時期は不明であるが、ナチ党の数ある用語の一つとして「第三帝国」は用いられた。例としては全権委任法成立翌日に発行された『フェルキッシャー・ベオバハター』は「ドイツはめざめた。偉大な仕事が始まった。『第三ライヒ(第三帝国)』の日が到来したのだ。」と書いており[19]、ナチ党の側がいわゆるナチス・ドイツ時代を指す用語としても用いられた。

しかし、この呼称は海外の反ナチ運動風刺に用いられるようになったため、 1939年6月13日、総統アドルフ・ヒトラーは「第三帝国」の用語を使用しないよう告げた。7月10日には、ヨーゼフ・ゲッベルス国民啓蒙・宣伝省において宣伝の文句として使用するのを控えるよう通達している[20] 。しかし、この措置は徹底されず、ゲッベルスは以降も自身の演説などで引用した他、ヒトラー自身も、1941年12月17日から18日にかけての談話で「今や、ドイツという時、それは『第三帝国』以外の何ものでもない」と語っている[21]

日本

日本においては茅原華山維新以前の「覇者の帝国」と維新以後の「藩閥官僚の帝国」を超克する民本主義の帝国の出現を唱え、大正2年(1913年)に『第三帝国』という評論雑誌を発刊している[22]

脚注

注釈

  1. ^ 無論、この概念を利用したのはナチ党だけではなかった。例えば、オーバーラント義勇軍(de)を改組して結成された「ブント・オーバーラント」は『第三帝国』という名の機関誌を発行していた。実際、第三帝国の理念は、青年保守派系の多くのグループや団体のイデオロギー的財産であった。その限りにおいてナチ党がこの言葉を剽窃したのだとは言えないし、ナチ党が他のナショナリストな集団に比べてメラーの概念から遙かにかけ離れていたことも確かである。他方、メラーの第三帝国の理念は全く曖昧で、幾多の内容を包み込む可能性を常にもっていたから、この理念は特定のプログラムのための標語とはなりえなかった
  2. ^ 「私は党の政治思想史において、意義の大きいこの書物の普及を歓迎する」(ハンブルクのハンザ出版社から1933年以後に発行されたパンフレットの中のヨーゼフ・ゲッベルスの言葉)
  3. ^ これは保守革命の書物の中で、いうまでもなく最大の影響力をもった書物であった。「ナショナリズムの運動は、今日、もはやメラー・ファン・デン・ブルックの書物から切り離すことはできない[16]
  4. ^ ライヒは神聖ローマ帝国帝政ドイツヴァイマル共和政時代でも用いられた。ドイツは歴史的に小さな領邦 (Staat) が分立して神聖ローマ帝国皇帝の緩やかな支配を受けている時代が長く続き、ドイツ統一後も各領邦にはそれぞれの君主と政府、軍隊が存続し、強い権力を持っていた。ヴァイマル共和国期になっても、その領邦はLand ()と呼ばれ、高度な自治権力を行使していた。現在でも州には強い権力が残り、バイエルン州ザクセン州テューリンゲン州は「Freistaat」と言う形で領邦の名を残している。第二次世界大戦後に成立した西ドイツは「全国」を意味する語としては「Reich」ではなく「Bund」(連邦)の語を用いて「Bundesrepublik Deutschland」(ドイツ連邦共和国)を名乗った。また東ドイツは「Deutsche Demokratische Republik」(ドイツ民主共和国)を名乗り、州制度ではなく県制度を敷いていた。英語の場合は "The Third Reich"と「ライヒ」をそのまま使用している。日本語では「第三帝国」の語が当時から用いられている[18]

出典

  1. ^ Google Scholar「"third empire" Nazi」
  2. ^ Google Scholar「"third realm" Nazi」
  3. ^ Google Scholar「"third kingdom" Nazi」
  4. ^ Google Scholar「"Thousand-Year Reich" Nazi」
  5. ^ "Thousand-Year Reich" "millenarianism " Nazi
  6. ^ Google Scholar「"Tausendjähriges Reich" Nazi」
  7. ^ a b c d e f g h 小岸 2000,p51-59.
  8. ^ 小岸 2000,p.81-93.
  9. ^ クラウス=エッケハルト・ベルシュドイツ語版: Die politische Religion des Nationalsozialismus. München 1998, S. 50.
  10. ^ Matthias Sträßner: Flöte und Pistole. Anmerkungen zum Verhältnis von Nietzsche und Ibsen. Würzburg 2003, S. 76, ISBN 3-8260-2539-3 (Quelle: Ernst Bloch: Zur Originalgeschichte des Dritten Reichs. In: ders.: Erbschaft dieser Zeit. Gesamtausgabe Bd. 4, Frankfurt a.M. 1977, S. 126–160) (Google Books).
  11. ^ 小岸 2000,p.61.
  12. ^ 多田眞鋤 2003, pp. 85.
  13. ^ 多田眞鋤 2003, pp. 83–85.
  14. ^ 山崎充彦 1998, p. 56.
  15. ^ Moeller: Das dritte Reich, op. S. 13.
  16. ^ Hans Schwarz, in seinem Nachwort zur Volksausgabe vom 》Dritten Reich《, Hamburg 1931, 4. Aufl. S. 246.
  17. ^ 「第三帝国」世界大百科事典 第2版
  18. ^ 写真週報 34号」 アジア歴史資料センター Ref.A06031062900 
  19. ^ 南利明 1988, pp. 218.
  20. ^ Reinhard Bollmus: Das Amt Rosenberg und seine Gegner. Studien zum Machtkampf im nationalsozialistischen Herrschaftssystem. Stuttgart 1970, S. 236.
  21. ^ ヒトラーのテーブル・トーク 上 1994, pp. 223.
  22. ^ 杉哲 2011, pp. 73.

参考文献

  • 小岸昭『世俗宗教としてのナチズム』ちくま新書、2000年。 
  • 杉哲「西尾実と道元(IX)」『熊本大学教育学部紀要. 人文科学』第60巻、熊本大学、2011年、69-80頁、NAID 110006000032 
  • 多田眞鋤「ナチズムの精神構造 : ドイツ精神史への一視角」『横浜商大論集』37(1)、横浜商科大学、2003年、68-89頁、NAID 110006000032 
  • 南利明「NATIONALSOZIALISMUSあるいは「法」なき支配体制(二)」『静岡大学教養部研究報告. 人文・社会科学篇』24(2)、静岡大学、1988年、199-223頁、NAID 110007615716 
  • 山崎充彦「ドイツにおける議会制批判論議の一側面 : メラー・ファン・デン・ブルックの『第三帝国』をめぐって」『国際文化論集』第18巻、桃山学院大学、1998年、53-68頁、NAID 110004694975 
  • 『ヒトラーのテーブル・トーク 1941-1944 上』三交社、1994年。ISBN 4879191221 

関連項目

外部リンク


ドイツ第三帝国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/27 14:35 UTC 版)

女皇の聖戦」の記事における「ドイツ第三帝国」の解説

アドルフ・ヒトラー 総統ヨーロッパ君臨する独裁者暗殺恐れ影武者大勢用意している。冷徹な策略家であり、迅速な行動・方針決定領土拡大してきた。表面上は紳士的だ感情起伏激しく相手有無を言わせず思い通りに意志押し通そうとする凶暴性を孕んでいる。 那子の名声利用しようクルト王子を擁立し、対英開戦ちらつかせ結婚を迫るも、交渉平行線を辿る脅迫として英レーダー基地へのV1号ミサイル攻撃敢行するも、逆に日本軍によるミサイル攻撃を受け失敗日米参戦恐れゼーレーベ作戦」を発動。対英戦争強行する。 クルト・フリードリッヒ・ヴィルヘルム 年齢 - 11歳ドイツ皇太子ヴィルヘルム・フォン・プロイセン息子最後ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の孫に当たる。ただし私生児であり、公式には存在認められていないザールブリュッケンにあるザールブリュッケン城暮らしている。帝王学学び、幼いながら聡明さ見せており、ヒトラーからも将来期待されている。その一方好奇心旺盛で何にでも関わりたがるなど、年齢相応無邪気さ垣間見せるヒトラーによって那子の婿候補擁立される。那子のドイツ脱出付いて行きそのまま行動共にする。婿として那子の身を気遣うなど、心優しい少年である。 オットー・マイスナー ワイマール時代大統領府長官として三人大統領仕えた政治家。 自らを「歴史の間に埋没した男」と自嘲しており、現在は名ばかり国務大臣としてザールブリュッケン城クルト王子の教育係務め、彼を可愛がっている。結婚話が破談になった場合王子の身を案じており、また「結婚実現すれば戦争止める」というヒトラー言葉純粋に信じ結婚実現させるために那子を城内軟禁脅迫するという非常手段打って出る。 カール・トップ 年齢 - 48歳 階級 - 海軍大佐 戦艦フリードリッヒ・デア・グロッセ艦長第一次世界大戦ではUボート乗りとして従軍し戦後海軍再建尽力した欧州合同使節艦隊一員として訪日ドイツ絶対忠誠誓っており、同盟国イタリアヴィシー・フランスを「負け犬」と見下している。接触した黒磯からは「少しは骨がある男」と評価されている。 ハインツ・グデーリアン 階級 - 陸軍上級大将 フランス戦役で活躍した電撃戦専門家。「ゼーレーベ作戦」では上陸軍司令官としてロンドン攻略の任に就く。 オットー・スコルツェニー 階級 - 武装SS大尉女皇の帝国外伝』に登場した武装SS将校。 「ゼーレーベ作戦」では第二降下猟兵混成特務旅団"クローネ"の指揮官として参加ウィンザー城攻防戦現場指揮官としてエリザベス王女捕縛を図る。 カール・ラドル 階級 - 武装SS大尉 ウィーン大学時代スコルツェニー同窓生。その縁でスコルツェニー副官となったヘルマン・B・ラムケ 年齢 - 54歳 階級 - 降下猟兵中将 常に最前線で戦うことを信条としており、部下たちから畏敬の念込め「パパ」呼ばれている。第一空軍武装猟兵旅団指揮官としてゼーレーベ作戦」に参加エリザベス2世拉致目的としてエディンバラ城攻防戦展開する。 オットー・チリアックス 階級 - 海軍大将 大海艦隊第一戦部隊司令官緻密な計算の下に作戦遂行する慎重派軍人厳し性格から、部下たちには「意地悪な皇帝」と陰口叩かれている。北海海上で英本国艦隊と戦う。 エルンスト・リンデマン 階級 - 海軍大佐 第一戦部隊旗艦戦艦〈グロス・ドイッチェラント〉艦長オスカー・クメッツ 階級 - 海軍中将 第一突撃機動艦隊司令官ノルウェー戦役ノルウェー王室捕縛失敗した屈辱晴らすため、エディンバラ城攻防戦意欲を燃やす。 ヴェルナー・エールハルト 階級 - 海軍大佐 第一突撃機動艦隊旗艦空母〈グラフ・ツェッペリン〉艦長。 ヨハネス・エルヴィン・オイゲン・ロンメル 階級 - 陸軍中将陸軍上級大将 フランス戦役で活躍した将軍戦後パリ占領軍司令部勤務しヴィシー・フランス軍の再編担当していた。イタリア軍ドイツ侵攻備え南方軍総司令官就任するヨーゼフ・プリラー 階級 - 空軍中佐888戦闘航空団司令エース・パイロットとして常に前線に立つ。ハンナと共に那子の座乗する氷山空母〈自由の女神〉攻撃する。 ハンナ・ライチェ 階級 - 空軍少佐 ヒトラーお気に入りパイロットナチス広告塔存在。「女流パイロットの大先輩」として那子からも尊敬されている。 ヒトラー密命帯びて那子の元に交渉赴く失敗その後、第888戦闘航空団第二中隊指揮官として那子の命を狙う。

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ドイツ第三帝国

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女皇の聖戦」の記事における「ドイツ第三帝国」の解説

〈フリードリッヒ・デア・グロッセ〉/〈グロス・ドイッチェラント〉 Z計画に基き建造されH級戦艦〈グラーフ・ツェッペリン〉/〈ペーター・シュトラッサ〉 空母Fl282-N"コリブリII" 軍用ヘリ。那子の歓心を買うため日本譲渡された。 Fl339"クークッ" 輸送ヘリ歩兵20人を輸送可能。 ギガントII 大型輸送機ホルテンHo229 / ホルテンHo230B 無尾翼戦闘機ステルス機能導入している。 38式軽駆逐戦車"ヘッツァー" チェコ戦車改造したもの。 ヘンシェルHe293A 誘導爆弾V1号 / V2号 戦術戦略ミサイルファウスト 原子爆弾核爆発単位Ω(オメガ)。ドイツ開発した第二絶滅兵器」。

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ドイツ第三帝国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/13 09:13 UTC 版)

ジパング (漫画)の登場人物一覧」の記事における「ドイツ第三帝国」の解説

カール・フォン・シュタイナー ドイツ国防軍防諜部所属の反ナチ将校階級大佐。 A-26で訪独使節団してやってきた津田手を組んで空母グラーフ・ツェッペリン」でヒトラー暗殺謀る。が、失敗終わって重傷負い津田委ねた後、故意殺される形で死亡上官防諜部長ヴィルヘルム・フランツ・カナリス海軍大将である。 プロシア貴族出身既婚者であり、三男一女父親でもある。 モデルは「ヴァルキューレ作戦」で知られるクラウス・フォン・シュタウフェンベルク大佐塚越賢爾(つかごし けんじ) 長距離双発試作機A-26機関士朝日新聞記者母親イギリス人の、日英ハーフ田中英人津田)の行動不審抱きつつも彼を見守る帰国時には濃縮ウランを手にした津田草加)を満州へ向けて乗せる大島浩おおしま ひろし) 駐独大使。 A-26でやって来た訪独団一同サポートするその後サイパン決戦に際してヒトラー宛に電文を送るが、その電文イギリス当局によって傍受されチャーチルへと伝わっていた。 ハンス・クリューゲ ポーランド生まれユダヤ人物理学者ナチスのホロコーストで弟を殺されNKVD資金援助によりドイツ占領下コペンハーゲンウラン235濃縮作業にあたる。草加からカティンの森事件に関する情報知らされてからはソ連ひいてはスターリン不信感抱き彼に5万スイス・フランウラン235を売る形で取引成立させる。そして助手クラウスプラント処分託した後に行方をくらます。 かつてニールス・ボーア師事していたことがあった。 クラウス クリューゲの助手務め物理学者草加とクリューゲのウラン取引関わり、クリューゲ失踪後彼の命令プラント処分に当たる。その後原爆情報提供する見返りスウェーデンへの亡命を反ナチデンマーク将校に望むも、途中でトラック撥ねられ死去所持していた原爆に関する情報記した資料撥ねられた際に川に落ちそのまま誰の目に触れることなく沈んでいった。 アドルフ・ヒトラー ドイツ第三帝国総統ナチス党首。 ベルヒテスガーデンにある別荘ケールシュタインハウスヨーゼフ・ゲッベルスと共に田中津田)を招き入れる。やがて田中本心見抜き2人きりになったところで会話交わし、そこでこの戦争真の敵アメリカイギリスではなくソ連スターリンであると明かしなおかつ自分敗北しドイツ戦争敗れて大勢犠牲出ても、それを躊躇わないのが大切だ語ったその結果暗殺躊躇い抱いていた田中暗殺決意させ、殺されかかった田中不審点に気付いた親衛隊出動により免れる。後にサイパン決戦報告されるも、何ら関心を示さなかった。戦後角松回想で、史実通りドイツ敗戦直前自決したことが語られた。

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ドイツ第三帝国

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超兵器」の記事における「ドイツ第三帝国」の解説

Wunderwaffe(英語版) - 数々連合国側凌駕する兵器開発したものの、戦局覆すまでには至らなかった。

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ドイツ第三帝国

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War Wings」の記事における「ドイツ第三帝国」の解説

ドイツ第三帝国軍機は、Bf109系列機体機動性高く機敏に急上昇急降下入れるが、双発戦闘機ではかなり低く旋回では敵の背後回り込めないため、一撃離脱戦法繰り返す戦術徹することとなる。しかし前者比較火力低く逆に後者火力耐久性が高い。加えて後部銃手搭乗しており、自動的に背後の敵に射撃を行う。 開発ツリーでは、Bf109系列Bf110系列He51Ar68Me210Me410・Me262A-1aなどが開発できる

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ドイツ第三帝国

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機神兵団」の記事における「ドイツ第三帝国」の解説

ボルウェルク ナチス・ドイツ開発した機神装甲騎士(パンツァーカバリエ)」の呼称ゲルマン神話の、神々を滅ぼす者達の名を付けられている。ミッドガルドシュランゲ 空戦装甲騎士(パンツァーカバリエ)。パイロットフーベルト・フォン・マイヤー少尉全備重量23トン本体4トン移動17トン、翼2トン)。最高速度飛行時420km/h、地上68 km/h航続距離飛行260キロ地上90キロ動力移動部、ユンカースJumo213Aエンジン液冷V型12気筒出力1770hp)2基、双胴設計胴体キャタピラ装備本体部ダイムラー・ベンツDB605エンジン液冷V型12気筒出力1475hp)2基搭載移動部が破壊された時は独自に2足歩行することも可能。 武装移動部、ラインメタルMk10830ミリ機関砲4門。2名の乗員により、移動部のみで移動・戦闘も可能。本体部20ミリ機関砲4門。 翼は取り外し可能で、フリュム水中翼互換可能。 フリュム 水上戦闘型装甲騎士(パンツァーカバリエ)。 全備重量14トン歩行最高速度32キロ巡航速度22ノット水上での最高速度49ノット航続距離地上60キロ水上110キロ燃料搭載量480リットル発動機2基、ダイムラー・ベンツDB605A液冷V型12気筒出力1475Hp。 武装主砲12.8センチ、K40L61砲(KwK電気式撃発方式)1門。7.92ミリMG34機関銃2門。火炎放射器1基。 装甲前面85 - 120ミリ背面60 - 100ミリフェンリル 陸戦装甲騎士(パンツァーカバリエ)。 全備重量85トン最高速度52キロ巡航時速46キロ燃料搭載量本体6000リットル移動930リットル武装本体部主砲88センチ砲(KwK43L71砲)2門、火炎放射器、5連装ロケット砲15センチ、NbW41)装備移動部、7.92ミリMG34機関銃2門、地雷敷設も可能。 装甲本体部前面装甲100 - 200ミリ背面装甲100 - 180ミリ移動部、前面装甲200ミリ側面100ミリ上面80ミリ移動部には2連装キャタピラ装備新時代(ウーイ・イデーク) パンツァーカバリエプロトタイプで、ルッチェランド所有ロボット実用に耐えるものとして実戦投入されたのは、重機動型の陸戦モデル1機のみ。 体長22メートル全備重量52トン燃料搭載量2300リットル武装:75mm戦車砲3門、7.7ミリ旋回機銃4門。

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ドイツ第三帝国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/12/06 02:04 UTC 版)

女皇の帝国外伝」の記事における「ドイツ第三帝国」の解説

オットー・スコルツェニー 階級 - 武装SS少尉 パリ占領軍司令部所属する武装SS将校デ・ラウターカサノヴァアジト攻撃の準備をしていることを聞きつけ、自身部隊指揮官となることを条件アジト攻撃協力した

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