漢文訓読
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/18 07:01 UTC 版)
乎古止点(乎己止点・ヲコト点)
漢字の周りや内部に点や棒線などの符号をつけることによって、その符号の位置で助詞や助動詞などを表し、音節など区切りを示して訓読の補助にする。博士家点[8]の右上から時計回りに「ヲ、コト、ト、ハ、…」となることから乎古止点と呼ばれる。
奈良・平安時代には始まったとされ、流派や時代によってそれぞれ符号の数や位置が異なり、その中で朝廷の儒者であった清原家によって使用された明経点や、菅原家の儒者によって定められ、院政期以降に用いられた紀伝点など、百を超える種類があるといわれている[9]。
訓点の種類
語の読む順を示すときに用いられた補助記号で、字の左上に書かれるレ点のほか、字の左下に書かれる一二三点や上(中)下点などがある[10]。
句読点
返り点
- レ点(雁点)
- レ点のついている字をまず読んだ後にその字の上の字を読む。レ点で済む部分は全てレ点で済まし、その他の二字以上返る返り点も上位の返り点がどうしても必要な部分以外は最下位の一二点で済ます。
- レ点のつくところで改行すると、次の行の先頭にレ点がある[12]。これは以下に紹介する返り点にはない属性である。
- 点の形がカタカナのレに似ていたことが呼び名の由来である。かつては雁金点(かりがねてん)と称された[13]。当初は文字と文字の間に「∨」のように書かれ、その形が雁の飛ぶ様に見えたためである。
- 一二(三)点
- 一、二、(三)のついている順に読む。以下同様。二字以上返るときに使う。
- 上(中)下点
- しくみは一二点と同じ。一二点の範囲をまたぐときに用いる。但し返るのが1回だけのときは中は使わず上と下を使う。
- 甲乙(丙)点
- しくみは一二点・上(中)下点と同じ。上下点の範囲をまたぐときに用いる。また、一二点の範囲をまたぎ3回以上連続で2字以上返る場合は、一二点より上位の返り点が4つ必要だが、上(中)下点は3つまでしかないため、上(中)下点を飛ばしてこの甲乙(丙)点を使用する(甲乙丙点は理論上は癸までの10個あるといえる)。
- 天地(人)点
- しくみは一二点・上(中)下点・甲乙(丙)点と同じ。甲乙丙点の範囲をまたぐときに用いる。但し返るのが1回だけのときは人は使わず天と地を使う。
- 元亨(利貞)点 もしくは 乾坤点
- 天地人点の範囲をまたぐときに用いるとされる。「元亨利貞」は易の言葉である。この記号を使わなければ訓読できないほど構造の込み入った文は、まれである。
- ハイフン(竪点)
- 熟語をひとまとまりに扱う。2字以上の熟語に返ってくる時に使う必要が出てくる。例えば、
- 吾日三二-省吾身一
- は「吾日に吾が身を三省す」と読む。「身」を読んだ直後に「三省」を読むのである。また、この場合、二点はハイフンで繋がれた熟語の1字目の左下につける。[14]
再読文字
まず返り点を無視して一度読んだ後、返り点に従ってもう一度読む文字のことを再読文字という。書き下し文にする場合は、一度目の読みは漢字で、二度目は平仮名で書く。例えば、
- 過猶レ不レ及
という文の「猶」は再読文字であり、「なホ…ごとシ」と読む。書き下し文にすると、
- 過ぎたるは猶ほ及ばざるがごとし。
となる。再読文字には他にも、「未(いまダ…(セ)ず)」「将(まさニ…(セ)ントす)」「宜(よろシク…(ス)べし)」などがある。
送り仮名
- 縦書き漢文の場合。通常は漢字の右傍下方に片仮名を添える。再読の場合は左傍下方に片仮名添える。伊勢貞丈は『安斎随筆』で「助仮名」としている。かつては捨仮名の名称もあった。
現代のUnicode における訓点の定義
Unicodeでは、3190から319Fのコードポイントにかけて上記返り点と、文字同士をつなげる縦線が定義されている[15]。ただし、一レ点、上レ点などはない。
記号 | Unicode | JIS X 0213 | 文字参照 | 名称 |
---|---|---|---|---|
㆐ | U+3190 |
- |
㆐ ㆐ |
IDEOGRAPHIC ANNOTATION LINKING MARK |
㆑ | U+3191 |
- |
㆑ ㆑ |
IDEOGRAPHIC ANNOTATION REVERSE MARK |
㆒ | U+3192 |
- |
㆒ ㆒ |
IDEOGRAPHIC ANNOTATION ONE MARK |
㆓ | U+3193 |
- |
㆓ ㆓ |
IDEOGRAPHIC ANNOTATION TWO MARK |
㆔ | U+3194 |
- |
㆔ ㆔ |
IDEOGRAPHIC ANNOTATION THREE MARK |
㆕ | U+3195 |
- |
㆕ ㆕ |
IDEOGRAPHIC ANNOTATION FOUR MARK |
㆖ | U+3196 |
- |
㆖ ㆖ |
IDEOGRAPHIC ANNOTATION TOP MARK |
㆗ | U+3197 |
- |
㆗ ㆗ |
IDEOGRAPHIC ANNOTATION MIDDLE MARK |
㆘ | U+3198 |
- |
㆘ ㆘ |
IDEOGRAPHIC ANNOTATION BOTTOM MARK |
㆙ | U+3199 |
- |
㆙ ㆙ |
IDEOGRAPHIC ANNOTATION FIRST MARK |
㆚ | U+319A |
- |
㆚ ㆚ |
IDEOGRAPHIC ANNOTATION SECOND MARK |
㆛ | U+319B |
- |
㆛ ㆛ |
IDEOGRAPHIC ANNOTATION THIRD MARK |
㆜ | U+319C |
- |
㆜ ㆜ |
IDEOGRAPHIC ANNOTATION FOURTH MARK |
㆝ | U+319D |
- |
㆝ ㆝ |
IDEOGRAPHIC ANNOTATION HEAVEN MARK |
㆞ | U+319E |
- |
㆞ ㆞ |
IDEOGRAPHIC ANNOTATION EARTH MARK |
㆟ | U+319F |
- |
㆟ ㆟ |
IDEOGRAPHIC ANNOTATION MAN MARK |
- ^ 『大辞泉』小学館。
- ^ 寺島良安 『倭漢三才圖會』(復刻版)吉川弘文館 (原著1906年11月21日)。
- ^ 渡部温 編 『標註訂正・康煕字典』講談社 (原著1991年)。
- ^ 佐川繭子「「漢文教授ニ関スル調査報告」の基礎的研究」, 二松学舎大学21世紀COEプログラム「日本漢文学研究の世界的拠点の構築」 (14), pp.45-62, 2019年3月
- ^ 金 文京 『漢文と東アジア—訓読の文化圏』岩波書店 (原著2010年8月20日)。ISBN 9784004312628。
- ^ Tsukimoto, Masayuki (2000年10月31日). “大東急記念文庫蔵続華厳経略疏刊定記巻第五の訓点について”. 鎌倉時代語研究. 2019年12月14日閲覧。
- ^ 月本雅幸 (2010-08-20). “大東急記念文庫蔵続華厳経略疏刊定記巻第五の訓点について”. 鎌倉時代語研究 2019年12月14日閲覧。.
- ^ 平安時代の式部省大学寮、博士職が用いたもの
- ^ 日本の漢字1600年の歴史. ペレ出版. pp. 141-142. ISBN 9784860643003
- ^ レ点が字の左上に書かれるのだから、右掲例のようにレ点とその他の返り点とが重なる場合、なぜレ点が下になるかがわかる。例では「矛」の左上にあるレ点と「與」の左下の一点とが重なっている。レ点が字の左下に書かれるなどとする説明が『大辞泉』『大辞林』などの「返り点」の項目でなされるが、誤りである。また、レ点とその他の返り点が重なっている場合、その点が「一レ点」「上レ点」などと一つの返り点であるかのように説明されることもあるが、これも誤りである。
- ^ 明治45年(1912年)3月の「漢文教授に関する文部省調査報告」より転載
- ^ ただし19世紀の一部の図書では行末に返り点があるという。
- ^ 沢田総清『漢文教授法概説』芳文堂、1937年、漢文訓読法 -131頁。
- ^ 「吾日三省二吾身一」と訓点を施し「吾日に三たび吾が身を省みる」と読まれることもある。先ほどとは順序が異なっていることに注意。
- ^ “Kanbun | The Unicode Standard (PDF)”. 2017年7月30日閲覧。
- ^ リンク先のウィキソースではテクストが異なるため、「盾」を「楯」につくる。
- ^ ここで「與」(新:与、拼音: )は連詞として「Aト與(と)レB」の形で使われる場合、「與」字がひらがなになおされて「AとBと」と書き下される。
- ^ 「者」を「もの」と読む訓読ではわかりにくいが、「者」は短語をつくる結構助詞であってこれ自体が名詞ではない。「鬻~矛者」でひとつの名詞性短語である。また、訓読では謂詞「有」の主語が「鬻~矛者」であるかのように誤解されるかもしれないが、実際には主語は「楚人」であって「鬻~矛者」は賓語である。したがって句式は第一句式SVではなく第二句式SVOである。このように訓読が白文の構造を保たない場合がある。
- ^ 中国語には時制がないので、訓読にはそれが現れないが、訳するときに文脈から補うことになる。ただ、例句の場合、原文ではこのあとに「譽(ほ)メテレ之(これ)ヲ曰(い)ハク~」と句が途切れないから、気にしなくて良い。
- ^ a b c 土田 2014, p. 6.
- ^ a b c d 土田 2014, p. 7.
- ^ 石塚、2001,小助川,2012
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