Bonoとは? わかりやすく解説

Bono

名前 ボーノ; ボノ

ボノ

(Bono から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/09/19 05:57 UTC 版)

ボノ (Bono)
ボノ(2017年)
基本情報
出生名 Paul David Hewson
別名 Bono
生誕 (1960-05-10) 1960年5月10日(66歳)
出身地 アイルランドの旗 アイルランド・ダブリン
ジャンル ロック
職業 ミュージシャン
担当楽器 ボーカル
ギター
ハーモニカ
活動期間 1976年 - 現在
共同作業者 U2
公式サイト http://www.U2.com/
著名使用楽器
グレッチ・アイリッシュ・ファルコン

ボノ(Bono、1960年5月10日 - )は、アイルランドのシンガーソングライター、社会活動家、実業家。本名はポール・デイヴィッド・ヒューソン(Paul David Hewson)。ロックバンドU2のリード・ボーカルおよび主要な作詞家として知られる[1]。名誉大英帝国勲章ナイト・コマンダー(KBE)。

1976年にU2の前身となるバンドへ参加し、感情的な歌唱、観客へ直接働きかける舞台表現、宗教、愛、戦争、政治などを扱った歌詞によって、バンドの音楽的・視覚的な中心人物となった[2][3]。1990年代には「ザ・フライ」「マクフィスト」などの舞台人格を演じ、それまでの誠実で社会意識の強いイメージに、アイロニーと自己風刺を取り入れた[4]。

2007年のQ誌が発表した「歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第26位[5]、2008年『ローリング・ストーン』誌が発表した「史上最も偉大な100人のシンガー」において第32位に選ばれている[6]。

1990年代末からは、U2の活動と並行して、アフリカ諸国の対外債務、極度の貧困、HIV/AIDSなどの問題へ継続的に関与している。国際的な債務救済運動「ジュビリー2000」に参加した後、DATA、ONEキャンペーン、(RED)の共同設立に関わり、各国政府、国際機関、宗教団体および企業へ政策変更を働きかけてきた[7][8][9]。

音楽および人道支援への貢献により、フランスのレジオンドヌール勲章、芸術文化勲章コマンドゥール、名誉KBEなどを受けた[10][11]。2005年にはビル・ゲイツ、メリンダ・ゲイツ夫妻とともに『タイム』誌の「パーソン・オブ・ザ・イヤー」に選ばれ、2025年にはアメリカ合衆国の大統領自由勲章を授与された[12][13]。

2019年、純資産が7億ドルを超え、世界で二番目に裕福なロックスターと報じられた[14]。

来歴

幼少期

ボノは1960年5月10日、アイルランドのダブリンにあるロタンダ病院で生まれ、ポール・デイヴィッド・ヒューソン(Paul David Hewson)と名付けられた。父はブレンダン・ロバート・ヒューソン(通称ボブ)、母はアイリス・ヒューソンで、7歳年上の兄ノーマンがいた。一家はダブリン北部グラスネヴィンのシダーウッド・ロード10番地で暮らしていた[15][16]。

父ボブは郵便局員で、オペラを好むローマ・カトリック教徒だった。母アイリスはプロテスタントのアイルランド聖公会信徒であり、両親の結婚は、宗派間の緊張が残っていた当時のアイルランドでは比較的珍しい宗派間結婚だった[15][17]。ボノと兄は母とともに聖公会の礼拝へ通い、父は家族を教会へ送り届けた後、カトリック教会のミサに出席していた。ボノは後年、異なる宗派が同居する家庭に育ったことが、教派や制度化された宗教に一定の距離を置く自身の信仰観に影響したと述べている[18][19]。

子供のころはチェスを得意としていた。8歳か9歳のころ、母方の祖父からチェスを教わり、やがて定石を学ぶ前から独自の序盤戦術を考えるほど熱中したと回想している[20]。12歳ごろにはチェスの名人についての本を読んだことをきっかけに地元の愛好家と対局するようになり、チェスクラブの会長を破ったこともあった。ボノは、思考を整理して一つのことへ集中できるチェスが、衝動的な自分の性格に適していたと述べている[21]。後年には12歳で国際大会に出場したと語ったが、父ボブはこれを誇張だとし、実際の実績は地元クラブの会長に勝ったことだったと説明している[22][21]。

学業においては、グラスネヴィン国民学校に通った後、ダブリン中心部のセント・パトリックス大聖堂文法学校へ進学した。同校の規律になじめず、教師との対立や欠席を繰り返したため退学となり、宗派を問わず生徒を受け入れる共学校のマウント・テンプル総合学校へ転校した[23][24]。同校でのちに妻となるアリソン・スチュワート(通称アリ)と知り合った[25][26]。

母の死と青年期

”Bono”の由来となった補聴器店「ボナ・ヴォックス」

1974年9月、母アイリスは自身の父親の葬儀に参列中に倒れ、数日後の9月10日に脳出血で死去した。当時14歳だったボノは、その後、父および兄との男性3人の家庭で育った[27][28]。家族はアイリスの死についてほとんど語り合わず、ボノは学校で騒動を起こしたり、友人の前で過度に目立とうとしたりすることで喪失感に対処したと回想している[29]。

母の死はその後もボノの創作に繰り返し現れ、「アイ・ウィル・フォロー」「トゥモロー」「レモン」「モーフォ」「アイリス(ホールド・ミー・クロース)」などの題材となった[30][31]。ボノは、自身の歌唱や舞台上での行動には、母を失った空白を埋め、観客から愛情や承認を得ようとする側面があったと分析している[32]。

マウント・テンプル在学中には、デレク・ローワン(のちのグッギ(英語版))、ギャヴィン・フライデー(英語版)、フィオンタン・フィッツジェラルドらと親しくなった。彼らは「リプトン・ヴィレッジ」と称する友人集団を形成し、互いにあだ名を付け、即興的なパフォーマンス、絵画、音楽などに取り組んだ[33][34]。

ポール・ヒューソンは当初、「Steinhegvanhuysenolegbangbangbangbang」と呼ばれたが、この名前を拒否したため、ダブリンのオコンネル・ストリート付近にあった補聴器店「Bonavox」にちなむ「Bono Vox of O'Connell Street」という名が提案された。これはのちに「Bono」へ短縮された[35]。本人は当初この名前を好まなかったが、「良い声」を意味するラテン語風の名称であると説明され、受け入れるようになった[36]。

信仰とU2への参加

U2のメンバー(1982年)

1976年9月、ボノは、ラリー・マレン・ジュニアがマウント・テンプルの校内掲示板に出したバンド結成の告知に応じ、マレンの自宅で行われた最初の練習に参加した。そこにはデイヴ・エヴァンス(ジ・エッジ)、その兄ディック・エヴァンス、アダム・クレイトンらも集まっていた。ボノはギター演奏に習熟していなかったため、次第にリード・ボーカルを担当するようになった[37][38]。当初から正確な歌唱技術よりも、舞台上を動き回り、即興的に歌詞を作り、観客へ直接働きかける能力を示した[39][40]。

青年期のボノは、幼少期から接していたキリスト教を個人的な信仰として改めて受け入れるようになった。U2結成後の1970年代末には、ジ・エッジ、ラリー・マレン・ジュニアらとともに、ダブリンの福音派・カリスマ運動系キリスト教共同体「シャローム」へ参加し、祈祷会や聖書研究に通った[41][42]。シャロームは通常の教会というより、若者たちが個人宅などに集まり、祈り、聖書の朗読、音楽、信仰体験の共有を行う共同体だった[42]。

バンドが音楽活動を職業として選ぶ過程では、ボノ、ジ・エッジ、ラリーは、ロック音楽の世界で成功を求めることと、キリスト教徒として生活することが両立するのかという葛藤を抱いた。特に『アイリッシュ・オクトーバー』の制作前後には、ジ・エッジがバンドからの脱退を考え、ボノもU2の継続に疑問を抱いた[43][44]。最終的には、音楽活動そのものを信仰の表現や他者への働きかけにできると考え、シャロームとは距離を置いてバンドを継続した[44][45]。

結婚と国際的成功

妻のアリソン・ヒューソン

ボノは1982年8月、学生時代から交際していたアリソン・スチュワート(英語版)と、ダブリンのラーエニーにあるオール・セインツ教会で結婚した。式はアイルランド聖公会の形式にカリスマ運動の要素を取り入れたもので、U2の宗教的助言者だったジャック・ヒーズリップが司式し、アダム・クレイトンが花婿付添人を務めた[46][47]。

1980年代にU2が国際的な成功を収めると、ボノは大規模な会場で観客を引き付けるフロントマンとして知られるようになった。その歌唱と舞台上の人格は、母の死、キリスト教信仰、アイルランド人としての意識、アメリカ音楽への憧れなどを組み合わせたものだった[48][49]。一方、本人は急速な成功によって自意識が肥大化し、家庭生活やバンド内部の人間関係へ負担を与えた時期があったとも回想している[50]。

夫妻には、ジョーダン(1989年生)、イヴ(1991年生)、イライジャ(1999年生)、ジョン(2001年生)の4人の子供がいる[51][52]。ボノは長期間のツアーと家庭生活を両立させるため、家族を公演先へ同行させたり、公演の合間にダブリンへ戻ったりしていた[53][54]。

1990年代の自己再構築

「ザ・フライ」に扮したボノ(1992年ZOO TVツアー)

1980年代末、U2はアメリカのルーツ音楽へ接近した『魂の叫び』を発表したが、その過度に真剣で尊大なイメージは批判の対象となった。ボノ自身も、当時の自分について世界の問題を一身に引き受けるような態度を取っていたと振り返っている[55][56]。

1990年代初頭には、サングラスと黒い衣装を身に着けた「ザ・フライ」、退廃的なロックスターを戯画化した「ミラー・ボール・マン」、悪魔を模した「マクフィスト」など、複数の舞台人格を演じた[4][57]。これらは、従来の誠実で使命感の強いボノ像を相対化し、アイロニーや自己風刺を取り入れる試みだった。もっとも、ボノはこうした人物を単なる仮装ではなく、自身の性格に内在する虚栄心、権力欲、誘惑などを誇張した存在と説明している[58][59]。

この時期にも家族の生活拠点は主としてダブリンに置かれた。ボノは世界的な著名人となった後もアイルランドに住み続けた理由について、幼い頃からの友人や家族との関係が、自身をロックスターとしての人格から日常生活へ引き戻す役割を果たしたと述べている[60][54]。

父の死と社会活動への比重の移行

父ボブは晩年、癌とパーキンソン病を患った。2001年のエレヴェイション・ツアー中、ボノは公演の合間にダブリンへ戻り、入院中の父を見舞っていたが、ボブは同年8月21日に死去した[61][62]。葬儀はU2のスレーン・キャッスル公演の直前に行われ、ボノは同公演を父に捧げた。父との緊張を含んだ関係とその死は、「サムタイムズ・ユー・キャント・メイク・イット・オン・ユア・オウン」や、自伝をもとにした一人舞台の主要な題材となった[63]。

1990年代末以降、ボノは音楽活動と並行して、アフリカ諸国の債務救済、HIV/AIDS対策、極度の貧困などに関する活動へ多くの時間を割くようになった[7][8]。これによって、ボノ個人はU2の歌手としてだけでなく、政府、国際機関、企業および非政府組織の間を仲介する著名人としても認識されるようになった[9][8]。

2022年、初の本格的な回想録『Surrender: 40 Songs, One Story』を刊行した。同書では、40曲のU2作品を手掛かりとして、母の死、父との関係、結婚生活、信仰、バンドの成功、健康問題および社会活動について回想している[64]。刊行に合わせて、音楽と朗読を組み合わせた一人舞台「Stories of Surrender」を上演し、2023年にはニューヨークのビーコン・シアターで公演した[65]。この公演を収録した映像作品『Bono: Stories of Surrender』は2025年に公開され、ボノはU2の大規模な舞台とは異なる形式で、自身の家族、信仰、死への意識および音楽家としての人生を語った[66]。

政治・社会活動

ホワイトハウスにてバラク・オバマ米大統領と会見(2010年)。

1990年代末以降、ボノはU2の活動と並行して、アフリカ諸国の対外債務、極度の貧困、HIV/AIDSなどの問題に継続的に取り組むようになった。1998年に国際的な債務救済運動「ジュビリー2000」へ参加し、各国政府や国際金融機関に最貧国の債務免除を求めたことが、本格的な政策提言活動の出発点となった[67][68]。

その後、DATA、ONEキャンペーン、(RED)の共同設立に関わり、債務救済、援助、貿易制度、感染症対策をめぐって、各国の政治家、宗教指導者、国際機関および企業へ働きかけた[8][9][69]。こうした活動により、ボノはU2の歌手としてだけでなく、政策決定者と市民運動を結ぶ著名人の擁護活動家としても知られるようになった[8][70]。

『フォーチュン』誌は2014年、「世界で最も偉大な指導者50人」でボノを第8位に選び、政治的立場の異なる指導者を結びつけ、貧困および感染症対策への資金を引き出した能力を評価した[71]。

人物

家族

イライジャ・ヒューソン
イヴ・ヒューソン

ボノはダブリン北部グラスネヴィンのシダーウッド・ロード10番地で育った。父ボブはローマ・カトリック教徒で郵便局に勤務し、母アイリスはプロテスタントのアイルランド聖公会信徒だった。兄ノーマンはボノより約7歳年上である。父は日曜日になると、妻と子供たちをアイルランド聖公会の礼拝へ送り届けた後、自身はカトリック教会のミサへ出席していた[15]。

1974年9月、母アイリスは父親の葬儀に参列中に倒れ、数日後の9月10日に脳出血で死去した。当時ボノは14歳であり、母の死後は父および兄との男性3人の家庭で暮らした。この喪失はボノの人格形成と創作に大きな影響を与えたとされる[27][72]。

妻のアリソン・ヒューソン(旧姓スチュワート、通称アリ)とは、ダブリンのマウント・テンプル総合学校で知り合った。二人は1982年8月に、ダブリンのラーエニーにあるオール・セインツ教会で結婚した。式はアイルランド聖公会の形式にカリスマ運動の要素を取り入れたもので、U2の宗教的助言者でもあったジャック・ヒーズリップが司式し、アダム・クレイトンが花婿付添人を務めた[46][47]。

夫妻には、ジョーダン(1989年生)、イヴ(1991年生)、イライジャ(1999年生)、ジョン(2001年生)の4人の子供がいる[51][52]。次女イヴ・ヒューソンは俳優となり、長男イライジャ・ヒューソン(英語版)はロックバンド、インヘイラーのボーカルを務めている[73][74]。

父ボブは晩年、癌とパーキンソン病を患った。ボノは2001年のエレヴェイション・ツアー中、父を見舞うため公演の合間にダブリンへ戻っていたが、同年8月21日に父は死去した。葬儀はU2のスレーン・キャッスル公演の直前に行われ、ボノは同公演を父に捧げた[61][62]。

健康

2011年のボノ

ボノは1980年代末から1990年代にかけて、鼻腔や副鼻腔の問題に伴う呼吸困難や発声上の不調を抱えていた。1999年2月には息切れと頻脈を訴えてダブリンのブラックロック・クリニックに入り、副鼻腔の疾患によって生じた気道の閉塞を改善するため、鼻、喉および耳に関する緊急手術を受けた[75]。

2000年ごろには喉に異常を感じ、癌の可能性を調べるため生検を受けた。検査では重大な疾患は確認されなかったが、ボノは、この経験と幼い子供たちを残すことへの不安が「カイト」の歌詞に影響したと回想している[76][77]。

ボノは緑内障を患っており、2014年のインタビューで、約20年前から診断を受けて治療を続けていると明らかにした。公の場で色付き眼鏡を常用している理由の一つも、緑内障に伴う光への過敏性であると説明している[78]。

2010年5月、U2 360°ツアーに向けた準備中に椎間板ヘルニアを発症し、右脚に部分的な麻痺が生じた。ドイツ・ミュンヘンのルートヴィヒ・マクシミリアン大学病院で脊椎の緊急手術を受け、その後約8週間のリハビリテーションを行った。このため北米公演は延期され、予定されていたグラストンベリー・フェスティバルへの出演も取りやめられた[79][80][81]。

2014年11月、ニューヨークのセントラル・パークで自転車に乗っていた際、別の自転車との衝突を避けようとして転倒した。左眼窩、左肩甲骨、左上腕骨および左手などを負傷し、とりわけ左上腕骨は皮膚を突き破る6か所の骨折となった。約5時間に及ぶ手術で金属製のプレート3枚とボルト18本が使用され、後日、左手小指にも追加手術が行われた[82]。事故後、ボノは左手の動きに障害が残り、ギターを再び演奏できるか分からないと述べた[83]。

2016年12月には、先天性の二尖大動脈弁に関連して生じた上行大動脈瘤を修復するため、ニューヨークのマウントサイナイ病院で約8時間に及ぶ開胸手術を受けた。ボノは当初、病状や手術を公表していなかったが、2022年刊行の自伝『Surrender』で詳細を明らかにし、破裂すれば生命にかかわる状態だったと回想している[84][85]。

2018年9月、ベルリンで行われたエクスペリエンス・アンド・イノセンス・ツアーの公演中に突然声が出なくなり、公演を途中で中止した。U2は、煙などの環境要因による可能性を示したうえで、医師の診察を受けると発表した[86]。翌日、ボノは専門医の診察を受け、深刻な疾患ではなく完全に回復する見込みだと発表した[87]。

その他

建築家の安藤忠雄と親交があり、ダブリンの自宅の設計を依頼した。2006年に安藤が設計した「光の教会」をボノが見学に訪れ、即興で「アメイジング・グレイス」を歌ったのが交友のきっかけ[88]。2008年には安藤が関わる海の森公園計画の植樹祭に参加した。

U2以外の活動

音楽

  • 「プロディガル」(1983年):Fear of Falling『Like a Lion 』(1983)収録。ボノがスタジオを訪問しプロデュースを申し出た。ジャケットにはBonoVoxの名前でクレジットされている[89]。
  • 「ハヴィング・ア・ワンダフル・タイム、ウィッシュ・ユー・ワー・ハー」(1984年):T・ボーン・バーネットのEP『Behind the Trap Door』収録曲。ボノとバーネットの共作で、U2のメンバーによる最初期のバンド外での活動の一つ。ボノによれば、自身の作曲への貢献はわずかだったが、バーネットの厚意によって共作者として50%のクレジットを与えられた。プロデュースはバーネット、レジー・フィッシャー、デヴィッド・マイナー[90]。
  • 「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」(1984年):ボブ・ゲルドフが主導したエチオピアの飢饉救済チャリティソング。ボノがリードヴォーカルの一節を担当し、アダムがバックコーラスで参加[91]。
  • 「サン・シティ」(1985年):「アパルトヘイトに反対するアーティストたち」による曲「サン・シティ」に参加。また、同曲が収録されたアルバム『サン・シティ』で「シルバー・アンド・ゴールド」をキース・リチャーズ、ロン・ウッドと共演している[92]。
  • 「イン・ア・ライフタイム」(1985年):アイルランドのバンド、クラナドのアルバム『Macalla』収録曲で、ボノがモイヤ・ブレナンとデュエットした。ポール・ブレナンとキアラン・ブレナンの共作で、プロデュースはスティーヴ・ナイ。ダブリンのウィンドミル・レーン・スタジオで録音され、1986年1月にシングルとして発売されて全英シングルチャート17位を記録した。ミュージック・ビデオはU2の初期作品も手がけたメイアート・エイヴィスが監督した[93]。
  • 「ザ・ブリッジ」(1985年):アイルランドのロックバンド、カクタス・ワールド・ニュース(英語版)のシングル。1985年に同バンドのライブを観たボノが、U2が設立したマザー・レコードからのシングル発売を持ちかけ、自らプロデュースを担当した。ボノにとって初のプロデュース作品で、ジョン・ケリーと共同で「ザ・ブリッジ」、B面の「ジ・アザー・エクストリーム」、12インチ盤収録の「フロンティアーズ」の3曲をプロデュースした。翌1986年に「ザ・ブリッジ」はクリス・キムゼイのプロデュースで再録音されたため、ボノが参加したのは1985年のマザー・レコード版である[94]。
  • 「クィーン・オブ・ノー・ハート/スプリング・イズ・カミング・ウィズ・ア・ストロベリー・イン・ザ・マウス」(1986年):マザー・レコードからデビューしたオペレーティング・シアターのシングル。ボノがプロデュースし、「クィーン・オブ・ノー・ハート」ではギターを弾いている[95]。
  • 「パープル・ハート」(1987年):T・ボーン・バーネットとの共作。ボノはバックコーラスも担当[96]。
  • 「シーズ・ア・ミステリー・トゥ・ミー」(1989年):ロイ・オービソンのアルバム『Mystery Girl』収録曲。ボノが映画『ブルーベルベット』でオービソンの「イン・ドリームス」を聴いたことをきっかけに1987年に書き始め、ジ・エッジとともに完成させた。同年6月2日のU2のウェンブリー・アリーナ公演後、楽屋を訪れたオービソン本人にボノがギターで曲を披露し、その後提供することになった。1988年末のレコーディングにもボノが参加し、プロデュースとギターを担当した。曲名の一節はアルバム『Mystery Girl』のタイトルにも採用され、後にシングルとしても発売された[97]。
  • 「ロイヤル・ステーション4/16」(1989年):メリッサ・エスレッジ(英語版)のデビュー・アルバム収録曲。ボノはハーモニカを担当[98]。
  • 「ニューヨーク、ニューヨーク」(1990年):オーストラリアの1人ユニット、エコ・ホモ(Ecco Homo)のシングル。ボノがバックコーラスを入れ、エッジがギターを弾いている。「ディザイアー」「エンジェル・オブ・ハーレム」を手掛けたリチャード・ローウェンスタが監督したミュージック・ビデオも制作され、ボノはカメオ出演している[99]。
  • 「ジャー・ラヴ」(1990年):ネヴィル・ブラザーズとの共作[100]。
  • 「ホワッツ・ハップンドゥ・トゥ・ユー」(1990年):ザ・コール(英語版)の曲。ボノはバックコーラスを担当。ザ・コールのボーカル、マイケル・ビーンはブラック・レベル・モーターサイクル・クラブのボーカル、ロバート・レヴォン・ビーンの父親[101]。
  • 「アイ・キャン・エクスプレイン・エヴリシング」(1992年):T・ボーン・バーネットとの共作[102]。
  • 「好きにならずにいられない」(1992年):ニコラス・ケイジとジェシカ・パーカーが出演した映画『ハネムーン・イン・ベガス』のサントラに、エルビス・プレスリーのカバーを提供。U2名義の「Triple Peaks Remix」と「Mystery Train Dub」は『アクトン・ベイビー』のスーパーデラックスエディションに収録されているが、このサントラヴァージョンは2026年現在、このアルバムにしか収録されていない[103]。
  • 「ミゼレーレ」(1992年):イタリアのシンガーソングライター、ズッケロのこの曲の英語の歌詞を提供。UKシングルチャートで15位を記録。シングルのジャケットにはボノが共作者であることを示すステッカーが貼られていた[104]。
  • 「カンヴァセイション・オン・ア・バーストゥール」(1993年):ロバート・アルトマンの映画『ショート・カッツ』のサントラに提供。もともと、レイモンド・カーヴァーの9つの短編小説にインスパイアされ、ボノとエッジがマリアンヌ・フェイスフルのために書いた曲。劇中では、トム・ウェイツの出演シーンで女性が歌っている[105]。
  • 「あなたはしっかり私のもの」(1993年):フランク・シナトラとの共演[106]。
  • 「イン・ザ・ネイム・オブ・ファーザー」(1994年):ジム・シェリダンのIRAをテーマにした映画『父に祈りを』に提供。ギャヴィン・フライデーとモーリス・シーザーとの共作。劇中ではインストでしか使われなかったが、シングルカットされて、アイルランドチャートで15位、UKチャートで46位とヒットした。ケヴィン・ゴドレイが監督したミュージック・ビデオも制作された。1994年のゴールデングローブ賞ベスト・オリジナル・ソング部門に、U2の「ステイ(ファラウェイ、ソー・クロース!)」とともにノミネートされたが、いずれも受賞を逃した。ちなみに受賞したのはブルース・スプリングスティーンの「ストリーツ・オブ・フィラデルフィア」[107]。
  • 「ドリンキン・イン・ザ・デイ」(1995年):ダブリナーズを脱退したルーニー・ドリューのソロアルバムのために、ボノとサイモン・カーモディとともに書いた曲。カーモディはリプトン・ヴィレッジのメンバーで、 The Golden Hordeというバンドでマザーレコードからアルバムをリリースしたことがある[108]。
  • 「ロング・ブラック・ヴェイル」(1995年):チーフタンズとミック・ジャガーの共演。ボノがバックコーラスを担当したが、完成版では破棄された[109]。
  • 「カンヴァセイション・オン・ア・バーストゥール」(1995年):ヘイゼル・オコナー(英語版)がカバーした[110]。
  • 「アレックス・ディセンズ・イントゥ・ヘル・フォー・ア・ボトル・オブ・ミルク/コロヴァ1」(1995年):元はロン・ダニエルズが監督を務めたロイヤル・シェイクスピア劇団の『時計じかけのオレンジ』の舞台ためにボノとエッジが書いた曲で、「ザ・フライ」のシングルのB面に収録された曲。ウィリアム・ギブスンの短編小説を元にイラストレーターのロバート・ロンゴが監督し、キアヌ・リーブスと北野武が出演した『JM』のサントラにあらためて収録された[111]。
  • 「ノース・アンド・サウス・オブ・ザ・リバー」(1995年):ボノとエッジがアイルランドフォーク界の巨匠クリスティ・ムーア(英語版)と共作し、バックコーラスにも参加。プロデューサーにはスティーブ・リリーホワイト。ムーアの1996年のアルバム『Graffiti Tongue』には2人のバックコーラスがないアコギヴァージョンが収録され、U2ヴァージョンは「ステアリング・アット・ザ・サン」のB面に収録されている。1998年11月20日、U2がRTEテレビのザ・レイト・レイト・ショーに出演した際、同年8月15日に起きたオマー爆破事件の犠牲者を追悼して、この曲と「オール・アイ・ウォント・イズ・ユー」が演奏された[112]。
  • 「ハレルヤ」(1995年):レナード・コーエンのコンピに提供したカバー。レナード・コーエンはこのカバーを気に入っていったようだが、ボノが歌詞を改変したことを知ると激高した。U2はこの曲を挿入歌としてライブでよく歌っている[113]。
  • 「リトル・ブラック・ドレス」(1995年):ボノの幼少期からの親友ギャヴィン・フライデーの3作目のソロ・アルバム『Shag Tobacco』収録曲。ボノとジ・エッジがバック・ボーカルで参加した。フライデーとモーリス・シーザーの共作・編曲で、ロンドンのWestside StudiosとEastcote Studiosで録音された。プロデュースはティム・シムノン、フライデー、シーザー[114]。
  • 「セイヴ・ザ・チルドレン」(1995年):マーヴィン・ゲイのトリビュート・アルバム『Inner City Blues: The Music of Marvin Gaye』に提供した「Save the Children」のカバー。ゲイのオリジナル録音から歌詞を朗読する声を使用し、それにボノのボーカルを重ねる形で制作された。ボノとネリー・フーパーが共同プロデュース。レディスミス・ブラック・マンバーゾの楽曲「Udla Nge'nduku Zabaney」のサンプルも使用されている[115]。
  • 「レット・ミー・グッド・タイム・ロール」(1995年):クインシー・ジョーンズのアルバム『Q's Juke Joint』でレイ・チャールズ、スティーヴィー・ワンダーと共演。他に「Jook Joint Intro」という曲でバックコーラスに参加[116]。
  • 「ゴールデンアイ」(1995年):ジェームズ・ボンド映画『ゴールデンアイ』の主題歌として、ボノとジ・エッジが作詞・作曲し、ティナ・ターナーが歌唱した楽曲。2人は主題歌の制作を依頼されると、楽曲提供には応じたものの、自ら演奏することは辞退した。ボノが仮歌を歌ったデモを制作してターナーに送り、当初参加に消極的だった彼女を手紙でも説得した。完成版ではエッジがギターで参加し、ボノとエッジがエグゼクティブ・プロデューサー、ネリー・フーパーがプロデューサーを務めた[117]。
  • 「ラヴ・フロム・ア・ショート・ディスタンス」(1996年):サンタクルス事件が発生した東チモール救済チャリティアルバムに詩を提供。1995年11月、アイルランドの上院議員デヴィッド・ノリスはこの詩を人々に届けるために東チモールに進入を試みたが失敗。しかしオーストラリアのメルボルンに住む東チモール人の若者の発案により、オーストラリアのテクノミュージシャンSomaがこの詩に曲をつけてコンピに収録し、タイトルもボノの詩の一節からつけた。この曲にボノのボーカルは入っていないが、デヴィッド・ノリスの詩の朗読が入っている[118]。
  • 「トゥモロー(コモン・グラウンド・ヴァージョン)」(1996年):ドーナル・ラニーがプロデュースしたアルバム『Common Ground(魂の大地)』に、アダムと共に参加。『アイリッシュ・オクトーバー』に収録された「トゥモロー」をアイルランド音楽にアレンジしたセルフカヴァーを提供[119]。
  • 「ギヴ・ミー・バック・マイ・ジョブ」(1996年):カール・パーキンスのアルバム『Go Cat Go!』に提供。ウィリー・ネルソン、ジョニー・キャッシュ、トム・ペティと共演[120]。
  • 「ドリーミング・ウィズ・ティアーズ・イン・マイ・アイズ」(1997年):初期カントリー界のスーパースター・ジミー・ロジャーズのトリビュート盤に提供したカバー。ボノはボーカル、ラリーがパーカッションを担当[121]。
  • 「パーフェクト・デイ」(1998年):BBC主催の児童虐待被害者支援チャリティソング。ボノはルー・リード、デヴィッド・ボウイ、スザンヌ・ヴェガ、エルトン・ジョン、エミルー・ハリスとともにリードヴォーカルの一節を担当。このシングルは155万枚のセールスを上げ、212万5000ポンド(約4億円)の収益金が集まった[122]。
  • 「リーン・オン・ミー」(1998年):カーク・フランクリンのアルバムに提供。この曲にボノはR.ケリー、メアリー・J・ブライジ、クリスタル・ルイスとともにバックコーラスで参加。このアルバムはビルボード・コンテンポラリー・クリスチャン・アルバムチャートで23週連続、ビルボード・ゴスペル・アルバムチャートで49週連続トップを維持し、1999年のグラミー賞を受賞した。その授賞式の場でボノはカークらと一緒にこの曲のパフォーマンスをした[123]。
  • 「カンヴァセイション・オン・ア・バーストゥール」(1998年):マリアンヌ・フェイスフルのアルバムに収録[124]。
  • 「ウォーク・アンアフレイド」(1998年):R.E.M.の『UP』に収録。ボノの名前はクレジットされていないが、マイケル・スタイプによると、ボノはこの曲のソングライティングに多大な貢献をしたという[125]。
  • 「ブルー」(1998年):ズッケロの『Blue Sugar』に収録。ボノは英語の歌詞を提供[126]。
  • 「スウィート・ジェーン」(1999年):1985年4月23日のハートフォードのHartford, CTで行われたU2のライブの前座でローン・ジャスティスが演奏しているところにボノが飛び入り参加。ローン・ジャスティスのボーカルマリア・マッキーは、U2がカバーした「フォーチュネイト・サン」と、未発表曲の「エヴリバディ・ラヴズ・ア・ウィナー」(『アクトン・ベイビー』デラックスエディション収録)でバックコーラスを担当[127]。
  • 「ア・グッド・マン」(1999年):ロバート・アルトマンの映画『クッキー・フォーチューン』のサントラに提供。デイヴ・スチュアートがプロデューサーを務めている。ボノはこの曲でバックコーラスを担当し、エッジは「パトロール・カー・ブルーズ」でギターを弾いている[128]。
  • 「ニュー・デイ」(1999年):ワイクリフ・ジョンとボノの共作・デュエット曲。ワイクリフが映画『Life』のサウンドトラックで発表していた同名曲を基に、1999年7月にニュージャージーのワイクリフのスタジオでボノのボーカルを加えて再録音した。当初は「War Child」と改題する予定だったが、該当する歌詞が削除されたため「New Day」のまま発表された。同年9月、国際連合とシスコシステムズが世界の貧困問題への取り組みとして展開した「NetAid」を支援するチャリティ・シングルとして発売され、10月9日のNetAidコンサートでも2人で披露した[129]。
  • 「スライド・アウェイ」(1999年):INXSのボーカリストで、ボノの親友だったマイケル・ハッチェンスの死後に発表されたソロ・アルバム『Michael Hutchence』収録曲。ハッチェンスは1995年からソロ・アルバムの制作を進めていたが、1997年11月に死去したため、アンディ・ギルとダニー・セイバーが残された録音をもとに作品を完成させた。「スライド・アウェイ」ではボノが新たに歌詞とボーカルを録音し、ハッチェンスのボーカルと組み合わせてデュエット曲として完成された[130]。
  • 「エア・サスペンション」(2000年):ジャズ・ミュージシャン/プロデューサーのアダム・ドーンによるプロジェクト、モーシャン・ワーカーのアルバム『Aural & Hearty』収録曲。映画『ミリオンダラー・ホテル』の格闘シーンのために制作されたものの最終的に使用されなかった楽曲で、同作のレコーディングに参加していたドーンが、ボノの録音済みボーカルを大幅に加工して新たな楽曲として完成させた[131]。
  • 「チルドレン・オブ・ザ・レヴォリューション」(2001年):バズ・ラーマン監督の映画『ムーラン・ルージュ』のために、ボノ、ギャヴィン・フライデー、モーリス・シーザーが録音したT・レックスの楽曲のカバー。ラーマンからボノとフライデーに同曲の録音を依頼したもので、映画ではボヘミアンたちのテーマとして使用された。ボノとフライデーがボーカルを担当したほか、ボノはギター、編曲、プロデュースにも参加した[132]。
  • 「トスカーナの空」(2001年):ズッケロが「ミゼレーレ」制作中に見い出した盲目のテノール歌手、アンドレア・ボチェッリのこの曲に、詩の朗読を提供[133]。
  • 「ホワッツ・ゴーイング・オン」(2001年):アフリカでエイズに苦しく人々を救済する目的でチャリティ・シングル。ボノは「The London Version」に、エッジ、クリス・マーティンとともに参加[134]。
  • 「ジョイ」(2001年):ミック・ジャガーの4作目のソロ・アルバム『Goddess in the Doorway』収録曲。ジャガーとボノのデュエットで、ピート・タウンゼントがギターで参加した。ジャガーがゴスペル・ソングとして書いた曲で、ボノはジャガーが先に録音したボーカルに自身のパートを加え、曲の終盤では即興的なボーカルを披露している。プロデュースはジャガーとマット・クリフォード。レコーディングの模様はドキュメンタリー『Being Mick』にも収録された[135]。
  • 「ホエン・ザ・スターズ・ゴー・ブルー」「サマー・ワイン」(2002年):ザ・コアーズがアイルランドのアードモア・スタジオで行ったVH1のライブにボノがゲスト出演し、アンドレア・コアーとデュエットした。「ホエン・ザ・スターズ・ゴー・ブルー」はライアン・アダムス、「サマー・ワイン」はリー・ヘイズルウッドの楽曲。演奏はライブ・アルバム『Live in Dublin』に収録され、「ホエン・ザ・スターズ・ゴー・ブルー」はアメリカでプロモーション・シングルとしてもリリースされた[136]。
  • 「ステイ (ファラウェイ、ソー・クロース!)」(2002年):クレイグ・アームストロングとの再録。クレイグ・アームストロングは映画『ロミオ+ジュリエット』や『ムーラン・ルージュ』などのサントラを手掛け、「ザ・グラウンド・ビニース・ハー・フィート」「Pプリーズ」「トゥー・ショッツ・オブ・ハッピー、ワン・ショット・オブ・サッド」のストリングス・アレンジを手掛けている[137]。
  • 「アンセム」(2002年):イギリスの女優ピッパ・ヘイウッド(英語版)が、アフガニスタンの子供たちが食料をネズミから守る姿に心を動かされて書かれ、著名人が朗読した詩を集めたCD付きチャリティブックに提供。収益はWar Childに寄付された。ボノはレナード・コーエンの「アンセム」の歌詞を提供。U2 360°ツアーの際、この歌詞の一節をよく歌に挿入していた[138]。
  • 「イフ・ユー・ウェア・ザット・ヴェルヴェット・ドレス」(2002年):スクイーズのジュールズ・ホランド(英語版)と彼が率いるジュールズ・ホランド・アンド・ヒズ・リズム・アンド・ブルース・オーケストラ(英語版)が、ボノを迎えて再録したもの[139]。
  • 「ザッツ・ライフ」(2003年):ニール・ジョーダン監督、ニック・ノルティ主演の映画『ギャンブル・プレイ』に提供。この曲は、フランク・シナトラが1966年にレコーディングして、アルバムのタイトルにも使い、ビルボードチャートで4位を記録したヒット曲。ボノは長年シナトラのプロデューサーを務めたフィル・ラモーンと一緒にこの曲をレコーディングした[140]。
  • 「フォーリング・アット・ユア・フィート」(2003年):ダニエル・ラノワのアルバム『Shine』に収録された、ボノとラノワの共作・デュエット曲。もともと映画『ミリオンダラー・ホテル』のサウンドトラック(2000年)のために制作された曲で、オリジナル版ではボノのボーカルが前面に出ていたが、『Shine』収録に際して大幅にリワークされ、ラノワのボーカルを中心としたミックスに変更された。ヨーロッパではシングルとしてもリリースされた[141]。
  • 「神の笑い」(2003年):ホームレス救済を目的とするCD付チャリティブックに収録。アイルランドの有名人が詩の朗読を寄稿していおり、ボノはブレンダン・ケネリー(英語版)のこの詩を提供。ブレンダン・ケネリーは『アクトン・ベイビー』収録の「夢の涯てまでも」にインスピレーションを与えた人物であり、『ソングス・オブ・エクスペリエンス』制作の際には、ボノに「自分が死んだかのように書くのだ」というアドバイスを送った[142][143]。
  • 「タイム・イナフ・フォー・ティアーズ」(2003年):ジム・シェリダン監督の映画『イン・アメリカ/三つの小さな願いごと』のエンディング曲として、ボノ、ギャヴィン・フライデー、モーリス・シーザーが共作し、アンドレア・コアーが歌った楽曲。映画のラフ・カットを観たボノが感銘を受け、フライデーらと制作した。フライデーとシーザーが編曲・プロデュースを担当した。ゴールデングローブ賞主題歌賞にノミネートされ、後にザ・コアーズもアルバム『Borrowed Heaven』で再録音した[144]。
  • 「アフリカン・プレイヤー」他(2004年):2003年11月29日、南アフリカ共和国ケープタウンで開催された、アフリカのHIV/AIDS問題への支援を目的とするチャリティ・コンサート「46664」[注釈 1]の演奏を収録したコンピレーションに収録。コンサートは当初、収益をネルソン・マンデラの活動に寄付するチャリティ企画として、デイヴ・スチュワートとジョー・ストラマーによって構想された。2人はテーマ曲「46664 (Long Walk to Freedom)」を共作していたが、ストラマーは2002年に死去。その後、スチュワートがボノとともに曲を完成させ、企画もマンデラが取り組んでいたアフリカのHIV/AIDS問題を支援する大規模なキャンペーンへと発展した。収録曲のうち「アフリカン・プレイヤー」ではボノがボーカルを担当。もう一曲、「46664 (Long Walk to Freedom)」については、ボノ、デイヴ・スチュワート、ユッスー・ンドゥール、アブデル・ライトによるスタジオ・バージョンが制作され、デジタル・リリースされた[145]。
  • 「キングダム・カム」(2004年):1990年にネヴィル・ブラザーズと共作した曲[146]。
  • 「ニュー・ゴールド・ドリーム」(2004年):シンプル・マインズの未発表曲、ライブ曲、ラジオやテレビでセッションした曲を収録した5枚組ディスク。CD2に1985年1月5日にグラスゴーのthe Barrowlands Ballroomでボノと共演したこの曲が収録[147]。
  • 「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」(2004年):バンド・エイド20周年記念シングルで、今度はスーダンのダルフール地区の飢饉救済が目的。ボノは1984年の時と同じ「Well tonight thank God it’s them instead of you」のパートをレコーディングした。一方、ザ・ダークネスのジャスティン・ホーキンスもその一節をレコーディングしており、プロデューサーはそちらのほうを気に入ったのだが、突然、ボノがロンドンへ飛んでその一節を再レコーディングし、結局、ボノのボーカルが使われることになった。これについてはホーキンスは不満を述べている。ちなみに1984年ヴァージョンにボーカルを提供したミュージシャンで、2004年ヴァージョンにもボーカルを提供したのはボノ1人[148][149]。
  • 「アクロス・ザ・ユニバース」(2005年):2005年2月13日にロサンゼルスのStaples Centerで行われたグラミー賞授賞式で、ボノを含むスターたちが一堂に会してこの曲を歌い、スマトラ島沖地震による津波被害救済のためのチャリティシングルとしてデジタルリリース。ビルボードチャート・デジタルリリース部門で22位を記録[150]。
  • 「ありがとう、ビリー・グラハム」(2005年):説教師のビリー・グラハムのトリビュートアルバム『Glory Train: The Lost Sessions』からカットされたシングル。ボノは曲には参加していないが、曲の冒頭でとコメントしている[151]。
  • 「ドント・カム・ノッキング」(2005年):ヴィム・ヴェンダース監督の映画『アメリカ、家族のいる風景』のためにボノとジ・エッジが書き下ろした主題歌。ボノとアンドレア・コアーがデュエットし、エッジがギターを担当した。U2のヴァーティゴ・ツアー中にアムステルダムのホテルで録音され、映画のエンド・クレジットで使用された。プロモーション盤収録版はエッジとジャックナイフ・リー、映画版はT・ボーン・バーネットがプロデュースした[152][153]。
  • 「ロッキン・イン・ザ・フリー・ワールド」(2005年):パール・ジャムのトロント公演にボノが飛び入り参加し、ニール・ヤングの「ロッキン・イン・ザ・フリー・ワールド」をエディ・ヴェダーとともに歌った。2日前にはヴェダーが同地で行われたU2の公演にゲスト参加しており、その返礼として実現したもの。演奏はパール・ジャムの公式ライブ音源『North America 2005: Toronto, ON / Sept. 19th』に収録され、翌日にデジタル配信された[154]。
  • 「ドント・ギヴ・アップ(アフリカ)」(2005年):アリシア・キーズとデュエットした、ピーター・ガブリエルとケイト・ブッシュの「ドント・ギヴ・アップ」のカバー。アフリカを中心にHIV/AIDS患者への治療支援を行う慈善団体「Keep a Child Alive」のために録音され、タイトルに「(Africa)」が加えられた。同年11月にニューヨークで開催された同団体のチャリティ・イベント「The Black Ball」で初共演し、12月6日にiTunes限定のチャリティ・シングルとして発売、収益は同団体に寄付された。プロデュースはスティーヴ・リリーホワイトとキーズ[155]。
  • 「ア・ダイイング・セーラー・トゥ・ヒズ・シップメイツ」(2006年):映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』を制作していたゴア・ヴァービンスキーとジョニー・デップが企画した、伝統的な船乗り歌を現代のアーティストが再解釈するコンピレーション・アルバム『Rogue's Gallery: Pirate Ballads, Sea Songs & Chanteys』に提供した楽曲。19世紀の捕鯨船に伝わるバラッドで、ボノがダブリンのウェストランド・スタジオで録音し、モーリス・シーザーがアコーディオンで参加した。アルバムのプロデュースはハル・ウィルナー[156]。
  • 「アイ・ウォナ・ビー・アラウンド」(2006年):トニー・ベネットの80歳を記念したデュエット・アルバム『Duets: An American Classic』でベネットと共演した楽曲。ボノとベネットは別録りではなく、ベネットのツアー・バンドとともに同じスタジオで録音した。プロデュースはフィル・ラモーン。レコーディング風景はDVD『Duets: The Making of An American Classic』にも収録された[157]。
  • 「キッズ」(2006年):カイリー・ミノーグのシドニー公演に、ヴァーティゴ・ツアーでオーストラリアを訪れていたボノが飛び入り参加し、ロビー・ウィリアムズとのデュエット曲「キッズ」をミノーグと歌った。ライブ音源はミノーグの『Showgirl: Homecoming Live』(2007年)、映像はドキュメンタリー作品『White Diamond』(2007年)に収録された[158]。
  • 「ロッキン・イン・ザ・フリー・ワールド」(2006年):2006年11月17日にメルボルンで開催された貧困撲滅キャンペーン「Make Poverty History」のコンサートで、パール・ジャムのステージにボノとジ・エッジがゲスト出演し、ニール・ヤングの「ロッキン・イン・ザ・フリー・ワールド」を共演した。ライブ音源はパール・ジャムのファンクラブ会員向けシングル『Love, Reign O'er Me』(2007年)に編集版が収録された[159]。
  • 『テン・フィート・ハイ』(2007年):ザ・コアーズのアンドレア・コアーの初ソロ・アルバム。ボノが長年の友人ギャヴィン・フライデーとともにエグゼクティブ・プロデューサーを務めた。プロデュースはネリー・フーパー[160]。
  • 「アイ・アム・ザ・ウォルラス」「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」(2007年):ビートルズの楽曲を題材としたジュリー・テイモア監督のミュージカル映画『アクロス・ザ・ユニバース』に参加。ボノは劇中にドクター・ロバート役で出演し、シークレット・マシーンズ(英語版)をバックに「アイ・アム・ザ・ウォルラス」を歌った。またエンドクレジットでは、ジ・エッジがバック・ボーカルで参加した「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」が使用された。両曲は同作のサウンドトラックにも収録された[161]。
  • 「アイ・アム・ザ・ブルーズ」(2007年):フランスの歌手ジョニー・アリディのアルバム『Le Cœur d'un homme』に提供した楽曲。長年友人だったアリディのモンテカルロ公演を初めて観たボノが、終演後に曲を提供すると約束し、3日後に完成させて渡した。ダブリン時代からの友人サイモン・カーモディとの共作で、普段はフランス語で歌うアリディが英語で歌唱している[162]。
  • 「ラヴズ・イン・ニード・オブ・ラヴ・トゥデイ」(2007年):ダルフール紛争を題材としたドキュメンタリー映画『Darfur Now』のエンディング曲として、ボノがスティーヴィー・ワンダーとデュエットした楽曲。映画製作者からエンディング曲の制作を依頼されたボノが完成版を観て参加を決めたものの、新曲を制作する時間がなかったため、ワンダーが1976年のアルバム『キー・オブ・ライフ』で発表した同曲を再録音することになり、ボノがワンダーに共演を持ちかけた。映画のエンド・クレジットで使用され、同年11月に映画のMySpaceでストリーミング公開されたが、サウンドトラックCDには収録されなかった[163]。
  • 「シュガー・ダディ」(2008年):トム・ジョーンズのアルバム『24 Hours』に提供した楽曲。ダブリンのパブでジョーンズから曲を書いてほしいと頼まれたボノが、少年時代にテレビで見たジョーンズの印象などを基に、ジ・エッジ、旧友サイモン・カーモディと共作した。ボノは「スラッシャー・ギター」、エッジもギターでレコーディングに参加。プロデュースはネリー・フーパーとFuture Cut[164]。
  • 「アメリカズ・ソング」(2009年):バラク・オバマのアメリカ大統領就任を記念して、オプラ・ウィンフリーの依頼を受けたウィル・アイ・アムとデイヴィッド・フォスターが共作した楽曲。ボノ、ウィル・アイ・アム、メアリー・J. ブライジ、フェイス・ヒル、シールがボーカルで参加した。ボノのパートは2009年1月中旬にウィル・アイ・アムによって録音され、同月19日の『オプラ・ウィンフリー・ショー』で初公開。翌20日に24時間限定で無料配信された後、デジタル・シングルとして発売された[165]。
  • 「ウォー/ノー・モア・トラブル」(2009年):世界各地のミュージシャンの演奏を現地で録音し、一つの楽曲に組み上げる音楽プロジェクト「Playing for Change」のアルバム『Songs Around the World』に参加。ボブ・マーリーの「War」と「No More Trouble」を組み合わせた楽曲で、ボノはダブリンでボーカルを録音した。ガーナのロッキー・ダウニをはじめ、コンゴ、インド、南アフリカ、ジンバブエ、イスラエルなど各地のミュージシャンが参加し、ボブ・マーリーの生前の歌唱も使用された。また、1998年のオマー爆破事件を契機に結成された北アイルランドのOmagh Community Youth Choirがコーラスで参加している[166]。
  • 「ストランデッド(ハイチ・モナムール)」(2010年):ハイチ地震の被災者支援のため、ジェイ・Z、リアーナ、ボノ、ジ・エッジが共同制作したチャリティ・ソング。スウィズ・ビーツの呼びかけで制作され、ボノとのアイデア交換から「取り残されたままにはしない」という意味を込めた「Stranded」というフレーズが生まれた。2010年1月22日のチャリティ番組『Hope for Haiti Now: A Global Benefit for Earthquake Relief』では、ロンドンで事前収録した4人の演奏が放送された。スタジオ版とライブ版がチャリティ・アルバム『Hope for Haiti Now』に収録され、売上はハイチ救援団体に寄付された。プロデュースはスウィズ・ビーツとデクラン・ギャフニー[167]。
  • 「ムーヴ・オン・アップ」(2010年):ベナン出身の歌手アンジェリーク・キジョーのアルバム『ÕÿÖ』北米盤に収録された、カーティス・メイフィールドの「Move On Up」のカバー。キジョーとジョン・レジェンドが録音したバージョンに、後からボノのボーカルを追加して制作された。キジョーは、故郷ベナンで親しみ自身の音楽形成に影響を与えた同曲を、アフリカの未来を担う若者たちに捧げている[168]。
  • 「サムワン・エルスズ・ティアーズ」(2010年):イタリアの歌手ズッケロのアルバム『Chocabeck』に提供した楽曲。ズッケロが作詞・作曲したイタリア語曲「Il Suono Della Domenica」と同じ曲に、ボノが新たに英語詞を書いたもので、イタリア語詞の翻訳ではなく独自の歌詞となっている。ズッケロによれば、イタリア語を話さないボノが曲を聴いただけで、田舎での生活やワイン造り、素朴な暮らしという原曲のイメージに合った歌詞を書き上げたという。ボノがズッケロに英語詞を提供したのは「Miserere」「Blue」に続いて3度目。プロデュースはドン・ウォズとズッケロ[169]。
  • 「パス・トゥ・ゼロ」(2011年):作曲家ジョナサン・エリアスによる核兵器廃絶をテーマとしたチャリティ・アルバム『Path to Zero: Prayer Cycle』のタイトル曲。ジム・モリソンによる詩の朗読を中心に、サージ・タンキアン、ロバート・ダウニー・ジュニア、シネイド・オコナーらが参加し、ボノは約1分間にわたる「遠吠え(howling)」で参加した。アルバムではボノの名前は明記されず、「Howling by "B"」とクレジットされている。作品の収益は世界的な核兵器廃絶運動「Global Zero」に寄付された。プロデュースはエリアスとヴィンチェンゾ・ロルッソ[170]。
  • 「メンシュ」(2012年):ドイツの歌手ヘルベルト・グレーネマイヤーの初の英語アルバム『I Walk』に収録されたデュエット曲。グレーネマイヤーが2002年に発表し、ドイツで自身初の1位を獲得した代表曲「Mensch」を英語で再録音したもので、英語版アルバムの制作を知ったボノが自ら参加を申し出た。2人は人道支援活動や共通の友人アントン・コービンを通じて親交があり、2007年にはドイツの貧困撲滅コンサートでも同曲を共演していた[171]。
  • 「ザ・ダーキスト・ミッドナイト」(2014年):マイケル・W・スミスのクリスマス・アルバム『The Spirit of Christmas』に収録された、アイルランドの伝統的なクリスマス・キャロル。アイルランドのキルモア村に伝わる13曲の「Kilmore Carols」の一つで、クリスマスの夜に歌われる曲とされる。ボノは歌唱ではなく歌詞の朗読(スポークン・ワード)で参加し、スミスが新たに音楽を作曲した[172]。
  • 「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」(2014年):西アフリカで流行したエボラ出血熱への支援を目的にボブ・ゲルドフが結成したバンド・エイド30によるチャリティ・シングル。ボノにとって1984年のオリジナル版、2004年のバンド・エイド20版に続く3度目の参加となった。エボラ出血熱に合わせて歌詞の一部が書き換えられ、ボノが過去2作で歌った「Well tonight thank God it's them instead of you」も「Well tonight we're reaching out and touching you」に変更された。プロデュースはポール・エプワース[173]。
  • 「ストロング・ガール(リミックス)」(2015年):ボノが共同設立した国際NGO「ONE」の女性の権利向上を訴えるキャンペーン「Poverty is Sexist」のために制作されたチャリティ・ソング。当初はアフリカの女性歌手のみで録音されたが、男女がともに女性のエンパワーメントを訴える目的でリミックス版が制作され、ボノ、D'Banj、Diamond、Banky Wら男性歌手が新たに参加した。同年9月24日にキャンペーンへの署名者を対象に無料配信された[174]。
  • 「ストリーツ・オブ・サレンダー(S.O.S.)」(2016年):イタリアの歌手ズッケロのアルバム『Black Cat』に収録された楽曲。2015年9月、U2のトリノ公演にゲスト出演したズッケロから英語詞の完成を依頼されたボノが、旧友サイモン・カーモディとともに作詞した。その後、同年11月のパリ同時多発テロ事件を受けて歌詞を書き上げたもので、事件の犠牲者に捧げられた。ズッケロが歌唱し、マーク・ノップラーがギターで参加[175]。
  • 「ビコーズ・ザ・ナイト」(2016年):2016年5月29日にダブリンのクローク・パークで行われたブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンドの公演にボノがゲスト出演し、スプリングスティーンとデュエットした。スプリングスティーンが原曲を制作し、後にパティ・スミスが歌詞を完成させて発表した楽曲。ジ・エッジとラリー・マレン・ジュニアも会場を訪れていたが、ステージに参加したのはボノのみだった。演奏は公式ライブ・アルバム『Dublin, Ireland, May 29, 2016』に収録され、同年7月13日にデジタル配信およびCDで発売された[176]。
  • 「オネスト」(2017年):アメリカのDJデュオザ・チェインスモーカーズのデビュー・アルバム『Memories...Do Not Open』収録曲。曲の冒頭にボノが「人間の心の偽善」について語る短い音声が使用されているが、その後の歌唱・演奏には参加しておらず、楽曲の正式なクレジットにもボノの名前は記載されていない[177]。
  • 「メッセージ・トゥ・スーリ」(2018年):フランスの現代美術家ソフィ・カルが、亡くなった愛猫スーリを題材に制作したコンピレーション・アルバム『Souris Calle』に提供した作品。留守番電話にメッセージを残すような形式で、ボノがライナー・マリア・リルケの詩「Black Cat」を朗読している。朗読のバックにはU2の「アン・キャット・ダブ」が使用された[178]。
  • 「ホームワード・バウンド」(2018年):アイルランドのホームレス支援を目的とした音楽プロジェクト「Street Lights」による、サイモン&ガーファンクルの「早く家へ帰りたい」のカバー。ボノはスノウ・パトロールのギャリー・ライトボディ、ヴィレジャーズのコナー・オブライエン、High Hopes Choirらとともにボーカルで参加[179]。
  • 「ブルー・ムーン・ライジング」(2020年):ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズのEP『Blue Moon Rising』のタイトル曲。ボノがバック・ボーカルで参加しているが、発売当初はその事実は公表されず、後にベスト・アルバム『Back the Way We Came: Vol. 1』のクレジットで「PDH」(Paul David Hewson)として参加していたことが明らかになった。ノエル・ギャラガーによれば、曲中の「Kate Bush Bit」と呼ばれる部分は、ボノが自宅のキッチンから電話越しに録音したものである[180]。
  • 「エデン(トゥ・ファインド・ラヴ)」(2021年):俳優ショーン・ペンによる2010年ハイチ地震後の救援活動を追ったドキュメンタリー映画『Citizen Penn』のために制作された楽曲。ボノとリンダ・ペリーが共作し、ボノがリード・ボーカル、ペリーがプロデュースを担当した。ボノの娘ジョーダン・ヒューソンと息子でインヘイラーのボーカリストであるイライジャ・ヒューソンもバック・ボーカルで参加している[181]。
  • 「ウィー・アー・ザ・ピープル」(2021年):オランダのDJ・音楽プロデューサー、マーティン・ギャリックスがボノ、ジ・エッジと共同制作した、UEFA EURO 2020の公式テーマ曲。ギャリックスが制作したデモを基に、ボノが歌詞とメロディーを手がけてボーカルを担当し、エッジがギター・リフを制作した。大会の公式アンセムや開会式、公式放送などで使用された[182]。
  • 「スカイスクレイパーズ」(2021年):DMXの死後に発表されたアルバム『Exodus』収録曲で、ボノがボーカルで参加した。ボノのパートはもともとスウィズ・ビーツのアルバムのために2011年に録音されたもので、当初はスウィズ・ビーツ、ボノ、カニエ・ウェストによる楽曲として制作されていた。その後、スウィズ・ビーツが同じボーカルをDMXの「Skyscrapers」に使用し、2021年5月に発表された。ボノは作詞者の一人としてもクレジットされている[183]。
  • 「カンタ・ラ・ヴィータ(レット・ユア・ラヴ・ビー・ノウン)」(2021年):ズッケロのカバー・アルバム『Discover』に収録された楽曲。新型コロナウイルス感染症によるロックダウン下のイタリアで、住民がバルコニー越しに歌い合う姿に触発されてボノが2020年に制作した「Let Your Love Be Known」を、ズッケロがイタリア語に翻案したもの。ボノは自身のボーカルを提供し、曲中ではバック・ボーカルに加えて終盤の英語パートを歌っている[184]。
  • 「フィールズ・ライク・ア・ディファレント・シング」(2022年):オーストラリアのエレクトロ・ポップ・グループ、コンフィデンス・マンのアルバム『Tilt』収録曲。2分33秒付近にボノと思われる声が使用されているが、正式なクレジットでは参加者は明記されていない。同グループはボノの参加について明言していないものの、アルバムのライナーノーツではボノとジ・エッジが謝辞に記載されている[185]。
  • 「オン・ラグラン・ロード」(2022年):アイルランドの詩人パトリック・カヴァナの作品を集めたアルバム『Patrick Kavanagh: Almost Everything...』に収録された朗読作品。カヴァナが1946年に発表した詩「On Raglan Road」をボノが朗読しており、歌唱ではなく、波が海岸に打ち寄せる音を背景に収録されている[186]。
  • 「ゼアズ・ナッシング・トゥ・ビー・アフレイド・オブ」(2023年):セルゲイ・プロコフィエフの『ピーターと狼』を基にしたアニメーション作品『Peter & the Wolf』のエンドクレジットのために制作された楽曲。ボノ、ギャヴィン・フライデー、マイケル・ヘファーナンが共作し、フライデーが歌唱した。ボノ自身は歌唱・演奏には参加していない[187]。
  • 「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?(2024 Ultimate Mix)」(2024年):バンド・エイド結成40周年を記念して制作された「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」の新ミックス。1984年のオリジナル版、2004年のバンド・エイド20版、2014年のバンド・エイド30版の音源をトレヴァー・ホーンが組み合わせたもので、3世代の参加アーティストの歌声が一つの楽曲にまとめられている。ボノは過去3回すべての録音に参加しており、このミックスでは1984年に録音した若い頃の歌声と、新たに録音した現在の歌声が重ねられている[188]。
  • 「エンジェルズ・フォー・イーチ・アザー」(2025年):オランダのDJ・音楽プロデューサー、マーティン・ギャリックスとインドの歌手アリジット・シンによる楽曲。ボノはギャリックス、シン、旧友サイモン・カーモディ、ショーン・ファルージャ、ミシェル・ジトロン、Junoとともに作詞を担当した。ギャリックスによれば、ボノは歌詞の制作に加え、歌唱法や呼吸法についても助言し、数年前から自身でボーカルを担当した楽曲を発表するよう勧めていたという。ボノ自身は歌唱・演奏には参加していない[189]。
  • 「ウェイトレス」(2025年):オランダのDJ・音楽プロデューサー、マーティン・ギャリックスとインドの歌手アリジット・シンによる楽曲。ボノが共作者として参加しており、両者が前月に発表した「エンジェルズ・フォー・イーチ・アザー」に続いてボノが楽曲制作に関わった。ボノ自身は歌唱・演奏には参加していない[190]。
  • 『ストーリーズ・オブ・サレンダー』(2025年):ボノ名義の3曲入りEP。映画『Bono: Stories of Surrender』の公開に合わせて2025年5月30日に発売された。「ディザイアー」「ザ・ショウマン (リトル・モア・ベター)」「ブラディ・サンデー」を収録し、ボノと、ツアーにも参加したジャックナイフ・リー・アンサンブル(ジャックナイフ・リー、ジェマ・ドハーティ、ケイト・エリス)が演奏している。「ザ・ショウマン」はツアー本編では演奏されなかったが、リハーサルで録音され、映画ではエンドクレジットで使用された。プロデュースはジャックナイフ・リー[191]。
  • 「ザ・デイズ」(2025年):リル・ウェインのアルバム『Tha Carter VI』に収録された、リル・ウェインとボノの連名による楽曲。ボノがボーカルおよび作詞・作曲で参加した。楽曲自体は2013年から2014年頃に制作されたもので、当時U2とも仕事をしていたレッドワンがプロデュースを担当した。2025年6月5日に始まったNBAファイナルのプロモーション映像で一部が先行公開され、翌6日にアルバムとともに発表された[192]。
  • 「アメリカン・デヴィッド」(2026年):バズ・ラーマン監督のドキュメンタリー映画『EPiC: Elvis Presley in Concert』のエンドクレジットで使用された朗読作品。ボノが1994年にエルヴィス・プレスリーとマリリン・モンローを題材とした展覧会「Elvis + Marilyn: 2 X Immortal」の関連書籍の序文として書いた詩「American David」を自ら朗読し、映画音楽家エリオット・ウィーラーが音楽を担当した。この詩は後にパッセンジャーズの「エルヴィス・エイト・アメリカ」の歌詞の原型にもなった[193]。
  • 「カタリーナ」(2026年):オランダのDJ・音楽プロデューサー、マーティン・ギャリックスの楽曲。ボノが旧友サイモン・カーモディ、スチュアート・クライトン、トミー・リー・ジェイムス、ネイサン・ニコルソン、ギャリックスとともに作詞を担当した。ボノ自身は歌唱・演奏には参加していない[194]。

映像作品

  • 『ノーマップス・フォー・ジーズ・テリトリーズ』(2000年):ボノも愛読していたサイバーパンク小説家・ウィリアム・ギブスンのドキュメンタリー。エッジがイーノのプロデュースで「チバ・シティ・ブルーズ(Chiba City Blues)」という曲を提供し、ボノとエッジは出演もしている。ボノは『ニューロマンサー』などギブスンの作品を朗読。監督は「レモン」のミュージック・ビデオを監督したマーク・ニール[195]。
  • 『ブコウスキー:オールドパンク』(2002年):ボノも愛読していたロサンゼルスのパンク小説家、チャールズ・ブコウスキーの実像に迫るドキュメンタリーに出演[196]。
  • 『レディング監獄のバラッド』(2004年):オスカー・ワイルド生誕150年を記念して2004年12月27日にRTEで放送されたドキュメンタリー番組。ギャビン・フライデーとともに「レディング監獄のバラッド(The Ballad of Reading Gaol)」という詩を朗読している[197]。
  • 『ロンドン・コーリング ザ・ライフ・オブ・ジョー・ストラマー』(2007年):ジョー・ストラマーの生涯を追ったドキュメンタリー映画。ボノも出演し、「ザ・クラッシュにできたなら、君にもできる」と、ザ・クラッシュの登場がもたらした衝撃を回想している[198]。
  • 『アントン・コービン 伝説のロック・フォトグラファーの光と影』(2012年):U2の写真や映像作品を長年手がけてきた写真家・映像作家アントン・コービンの活動と私生活を追った、クラーチェ・クイラインス監督のドキュメンタリー映画。ボノが本人役で出演し、長年の仕事仲間としてコービンについて語っている[199][200]。
  • 『A Fanatic Heart: Bob Geldof on W.B. Yeats』(2016年):ボブ・ゲルドフがアイルランドの詩人ウィリアム・バトラー・イェイツの生涯と作品をたどるドキュメンタリー。ボノはイェイツの詩「September 1913」「On Being Asked for a War Poem」「Politics」「He Wishes for the Clothes of Heaven」を朗読した。2016年にアイルランドのRTÉとイギリスのBBCで放送され、2018年にDVD化された[201]。
  • 『Bono: Stories of Surrender』(2025年):ボノの自伝『Surrender: 40 Songs, One Story』を基にした一人舞台「Stories of Surrender: An Evening of Words, Music and Some Mischief...」を映像化した長編作品。ボノが自身の家族、友人、信仰、音楽活動などについて語りながら、U2の楽曲を演奏する。アンドリュー・ドミニクが監督し、ジャックナイフ・リー、ケイト・エリス、ジェマ・ドハーティが出演。2025年5月16日にカンヌ国際映画祭開催中のパレ・デ・フェスティバルで初上映され、同月30日からApple TV+で配信された。通常の2D版に加え、Apple Vision Pro向けの3D版も制作された[202]。

著作

単著

  • 『A String of Pearls: Photographs of Ethiopia』(1988年) - 1985年に妻アリとエチオピアを訪問した際に撮影した写真を収録した写真集。2,500部限定で刊行され、収益はエチオピアの救援活動に充てられた[203][204]。
  • 『On the Move』(Thomas Nelson、2006年、ISBN 978-1595552283) - 2006年のアメリカ国家祈祷朝食会で行った演説を中心に、エチオピアで撮影した写真を組み合わせた書籍。信仰と貧困対策、AIDS、国際援助および公正な貿易について論じている[205]。
  • 『Surrender: 40 Songs, One Story』(Alfred A. Knopf、2022年、ISBN 978-0525521044) - 幼少期、母の死、U2の結成と音楽活動、家族、信仰、政治家との交渉および人道支援活動を、U2の40曲に対応する40章で構成した回想録[206]。ビル・ゲイツが「人生で読んだ最高の本5冊」として取り上げ、世界100箇所の図書館(日本では京都府立植物園野外図書館)に回想録を置いた[207]。
    • 日本語版『SURRENDER(サレンダー)――40 Songs, One Story』宇佐見尚也訳、早川書房、2023年、ISBN 978-4152102204[208]。

共著・対談集

  • 『Bono on Bono: Conversations with Michka Assayas』(Hodder & Stoughton、2005年、ISBN 978-0340832764) - フランスの音楽ジャーナリスト、ミシュカ・アサイヤスが行った長時間のインタビューをまとめた対談集。U2の音楽、キリスト教信仰、家族、アフリカ支援および政治活動について語っている[210]。
  • 『U2 with Neil McCormick, U2 by U2』(HarperCollins、2006年、ISBN 978-0007196685) - U2の4人のメンバーが、ジャーナリストのニール・マコーミックによる取材をもとにバンドの歴史を回想した公認自伝[211]。
    • 日本語版『U2 BY U2』前むつみ監訳、久保田祐子訳、シンコーミュージック・エンタテイメント、2006年、ISBN 978-4401630380。

寄稿・編集

  • 『Bono: The White Nigger』 - リチャード・カーニー編 Across the Frontiers: Ireland in the 1990s(Wolfhound Press、1988年)に収録されたエッセイ。アイルランド人の歴史的な被抑圧経験、アフリカ系アメリカ人の音楽、U2がアメリカ音楽を通じてアイルランドの音楽的伝統を再発見した過程について論じている[212][213]。
  • 『The Book of Psalms』(Pocket Canons、Canongate Books、1999年) - 『詩篇』の選集に序文を寄稿し、聖書の詩篇がブルースやゴスペルなどのポピュラー音楽へ与えた影響について論じた[214]。
  • 『ヴァニティ・フェア』2007年7月号 - アフリカを特集した同号のゲスト編集者を務め、政治家、作家、芸術家、活動家らによる記事を編成した[215]。

使用機材

演奏する楽器は主にギターやハーモニカだが、まれにピアノやベース等を演奏することもある。

ギター
  • グレッチ G6136I アイリッシュ・ファルコン - ボノ自身のシグネチャ・モデル。
  • ギブソン エルヴィス・プレスリー・ダヴ
エフェクター
  • クライ・ベイビー DCR-2SR
  • Line 6 Echo Pro
  • Line 6 Mod Pro
  • Line 6 AM4
  • Line 6 MM4
  • Line 6 DM4
  • ボス SD-1
  • ボス AD-5
アンプ

受賞・栄典

ボノは音楽活動とは別に、アフリカ諸国の債務救済、極度の貧困の削減、HIV/AIDS対策などへの貢献を理由として、各国政府、大学および民間団体から表彰されている。

  • 2000年 - U2のほかのメンバーおよびマネージャーのポール・マクギネスとともに、ダブリン市の名誉市民に当たる「Freedom of the City of Dublin」を授与された[216]。
  • 2001年 - 欧州の債務救済運動への貢献により、『ヨーロピアン・ボイス』紙の「European of the Year」に選ばれた[217]。
  • 2003年 - フランス政府からレジオンドヌール勲章シュヴァリエを授与された。授与理由には音楽活動と人道支援活動への貢献が挙げられた[218]。
  • 2004年 - ペンシルベニア大学から名誉法学博士号を授与された。同大学は、DATAの共同設立やAIDSおよび貧困対策への取り組みを授与理由として挙げている[219]。
  • 2005年 - 社会問題の解決に向けた構想を支援するTED賞を受賞した[220]。
  • 2005年 - ビル・ゲイツ、メリンダ・ゲイツ夫妻とともに、『タイム』誌の「パーソン・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた。三者は、政治指導者ではない立場から貧困、感染症および災害救援に取り組んだ「善きサマリア人」として紹介された[221]。
  • 2005年 - ポルトガルから自由勲章(Ordem da Liberdade)大将校章を授与された[222]。
  • 2007年 - イギリス政府から名誉大英帝国勲章ナイト・コマンダー(KBE)を授与された。アイルランド国民であるため「サー」の称号は用いないが、氏名の後にKBEを付すことができる[223][224]。
  • 2007年 - DATAと共同で、アメリカ合衆国のナショナル・コンスティテューション・センターからリバティ・メダルを授与された。極度の貧困およびHIV/AIDSに対する国際的な関心を高めたことが評価された[225]。
  • 2007年 - NAACPイメージ・アワードのチェアマンズ・アワードを受賞した[226]。
  • 2008年 - 音楽と人道支援活動を通じて平和に貢献した人物に贈られる「マン・オブ・ピース」賞を受賞した[227]。
  • 2013年 - フランス文化省から芸術文化勲章コマンドゥールを授与された。音楽家としての功績に加え、人道支援活動も評価の対象となった[228]。
  • 2022年 - ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領から功労勲章を授与された。ロシアによるウクライナ侵攻下での支援活動が授与理由とされた[229]。
  • 2025年 - ジョー・バイデン大統領から、アメリカ合衆国で文民に贈られる最高位の栄典である大統領自由勲章を授与された。音楽活動に加え、AIDSおよび極度の貧困に対する国際的な活動、ONEキャンペーンと(RED)の共同設立が評価された[230][231]。

脚注

注釈

  1. ↑ 「46664」という名称は、マンデラがロベン島の刑務所に収監されていた際の囚人番号(1964年に収監された466人目の囚人)に由来する。

出典

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