アニー・レノックス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/27 02:02 UTC 版)
アニー・レノックス Annie Lennox |
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基本情報 | |
出生名 | Ann Lennox |
生誕 | 1954年12月25日(70歳) |
出身地 | ![]() |
ジャンル | ポップ、ロック、ブルー・アイド・ソウル |
職業 | シンガーソングライター |
担当楽器 | ボーカル、キーボード、フルート |
活動期間 | 1975年 - |
レーベル | BMG、J、アリスタ、ソニー・ミュージック、アイランド、デッカ、ユニバーサル・ミュージック |
共同作業者 | The Catch、The Tourists、ユーリズミックス |
公式サイト | www |
アニー・レノックス(Annie Lennox、OBE、1954年12月25日 - )は、イギリスのミュージシャン。スコットランドのアバディーン出身。ユーリズミックスのボーカリストとしても知られる。
そのソウルフルな歌声でバンド・ソロ問わず数々のヒットを飛ばし、グラミー賞やブリット・アワードのみならず、アカデミー賞やゴールデングローブ賞の歌曲賞をはじめ数々の受賞歴を誇る。中でもブリット・アワードでは6度に渡って最優秀英国人女性歌手賞を受賞[1]。世界中で8000万枚以上の売り上げを記録しており、英国の音楽業界の中で最も成功した英国人女性歌手としても挙げられる[2]。
音楽活動と並行して、フェミニズムやAIDS撲滅などの社会運動にも取り組んでおり、2011年にはOBE勲章の叙勲を受けた[3]。
「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」にも選ばれている[4]。
来歴
幼少時、彼女はその優秀な能力から特殊児童教育校に入学した。彼女は古典音楽の教育を受け、17歳の時にロンドンの王立音楽アカデミーに入学。フルートを学んだが、学校の雰囲気に馴染めず最終試験の直前で中退してしまう[5]。
その後、レストランでウェイトレスをしながらフォークやソウルのシンガーとして活動していた。やがて両親からの説得によりアバディーンへの帰郷を決意をするが、その矢先にレストランに客としてやって来たデイヴ・スチュワートとピート・クームスと意気投合[5]。2人のデュオにボーカリストとして加入し、ザ・キャッチを結成。後にデイヴとは恋仲となり同棲生活を始めている[5]。

ザ・キャッチは後にベーシストとドラマーを加え、1979年にはザ・ツーリスツへと改名。メジャーデビューを果たしヒット曲も生まれたが、1980年12月にツアー先のオーストラリアにてバンドが分裂[5]。デイヴと共にユーリズミックスを結成。この際、創作活動のためにデイヴとの男女関係を解消している。ユーリズミックスとしてはUK音楽の殿堂、ソングライターの殿堂[6]、ロックの殿堂に顕彰されている[7]。
1990年にユーリズミックスを解散した後、ソロ・アーティストとしてのキャリアを始めることとなった。
1992年に初のソロ・アルバム『ディーバ』を発表。全英1位を記録し、以降もクリスマス・アルバムを除いた全てのアルバムがTOP10入りを記録している。アメリカでも全てのアルバムがTOP40入りを記録しており、内3作がTOP10にランクインしている。
ブリット・アワードではユーリズミックス時代を含めて、6度に渡って最優秀女性英国人歌手賞を受賞する快挙を達成しており、1993年にはアルバム『ディーバ』が最優秀年間アルバム賞を受賞している[1]。
1996年のグラミー賞では「ノー・モア “アイ・ラヴ・ユーズ”」で最優秀女性ヴォーカル・ポップ・パフォーマンス賞を受賞。
2002年、ビルボード・ミュージック・アワードでセンチュリー・アワードを受賞[8]。
2003年、映画『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』の楽曲「イントゥー・ザ・ウエスト」でアカデミー歌曲賞を受賞した[9]。ゴールデングローブ賞でも歌曲賞を受賞している[10]。
2007年にはアフリカや世界中でのHIV蔓延の防止や女性への支援を目的として立ち上げたシング・プロジェクトの為に「シング」を発表。マドンナやセリーヌ・ディオンらも参加した。
2008年には背中を怪我し、2011年には自身のオフィシャル・サイトにて「正直言ってこの先2度とツアーをやれるものかわからない。精神的にも肉体的にもあまりにも消耗してしまうということもあるし、それと自分の背中と左足がほとんど使いものにならなくなっているというのもある」と語っている。
同年、エリザベス2世によりたゆまぬ慈善キャンペーンや人道活動への援護を讃えられ、大英帝国勲章オフィサーを授与された[3]。
2013年、長年の功績が評価されて、ミュージック・インダストリー・トラスト・アワードを受賞[2]。
2015年、アイヴァー・ノヴェロ賞の中でも最高の栄誉であるBASCAのフェローに選ばれる[11]。女性歌手が選ばれるのはこれが初だった[12]。
2019年には戦場記者の伝記映画『プライベート・ウォー』に8年ぶりとなる新曲を提供し、再びゴールデングローブ賞歌曲賞にノミネートされた[10]。

2025年、ガザへの支援を目的として開かれたチャリティー・コンサート「トゥゲザー・フォー・パレスチナ」に参加し、自身のヒット曲「ホワイ」を歌詞を一部変更したピアノ弾き語りのヴァージョンで披露。このヴァージョンは配信でもリリースされた[13]。
同年にはこれまでの自身の姿の変遷を写真でまとめた初のヴィジュアル・ブック『レトロスペクティブ ("Retrospective")』を発表。
私生活
1984年3月、ワールド・ツアーの最中にドイツ人のクリシュナ教(ヒンドゥー教系の新興宗教)宣教師ラダ・ラーマンと結婚したが、半年後に離婚。1987年にはイスラエル人の映画プロデューサーユーリ・フラッチマンと再婚。翌年には男児の死産も経験した。この夫とも後年離婚。ちなみにユーリズミックスで活動を共にしていたデイヴも1987年に当時バナナラマのメンバーだったシヴォーン・ファーイと結婚している(後に離婚)。
2番目の夫との間に儲けた長女のローラは自身の出身校であるロンドンの王立音楽アカデミーに進学。次女タリーはモデルキャリアの道を進み、2012年にはイギリスのメジャーファッションブランドカレンMillenの2012年春夏コレクションのキャンペーンフェイスに起用された。
LGBTへの支援も長年に渡って積極的に取り組んでおり、2014年のインタビューでは性的指向に明確なラベリングをすることはキャンペーンを展開する上では必要かもしれないが、結局のところどんな性的指向であっても関係なく受け入れるべきだと語っている[14]。
ディスコグラフィ
スタジオ・アルバム
- 『ディーバ』 - Diva (1992年)
- 『メドゥーサ』 - Medusa (1995年)
- 『素顔』 - Bare (2003年)
- 『ソングス・オブ・マス・ディストラクション』 - Songs Of Mass Destruction (2007年)
- A Christmas Cornucopia (2010年)
- 『ノスタルジア』 - Nostalgia (2014年)
コンピレーション・アルバム
- 『ベスト・コレクション』 - The Annie Lennox Collection (2009年)
脚注
- ^ a b Hepburn, David (2024年1月25日). “The six Scottish artists who have won a Brit Award for British Single or Album of the Year”. The Scotsman. 2025年9月27日閲覧。
- ^ a b Myers, Justin (2013年6月28日). “Annie Lennox to receive top music industry award”. Official Charts Company. 2025年9月27日閲覧。
- ^ a b “Singer Annie Lennox collects OBE for charity work”. BBC (2011年6月28日). 2025年9月27日閲覧。
- ^ Rolling Stone. “100 Greatest Singers: Annie Lennox”. 2013年5月26日閲覧。
- ^ a b c d e ユーリズミックス 『GREATEST HITS』のライナーノーツより
- ^ “Dave Stewart and Annie Lennox Inducted Into The Songwriters Hall Of Fame”. Rock & Blues Muse. 2025年9月27日閲覧。
- ^ Disalvo, Tom (2022年11月7日). “Watch Eurythmics reunite for rare live performance at Rock and Roll Hall of Fame ceremony”. NME. 2025年9月27日閲覧。
- ^ “Lennox To Receive 2002 Billboard Century Award”. Billboard (2002年5月24日). 2025年9月27日閲覧。
- ^ Malach, Maggie (2024年3月5日). “36 Singers and Musicians Who Have Won Oscars”. People. 2025年9月27日閲覧。
- ^ a b “Annie Lennox”. Golden Globes. 2025年9月27日閲覧。
- ^ “Celebrating songwriters this #WouldHaveBeenTheIvors day!”. The Ivors Academy (2020年5月21日). 2025年9月27日閲覧。
- ^ Sherwin, Adam (2015年5月21日). “Ivor Novello Awards 2015: Hozier wins with anti-Catholic song 'Take Me To Church' as John Whittingdale leads praise for Black Sabbath”. The Independent. 2025年9月27日閲覧。
- ^ McKay, Gabriel (2025年9月19日). “Annie Lennox re-releases classic single with new Gaza lyrics”. The Herald Scotland. 2025年9月27日閲覧。
- ^ Curtis M. Wong (2014年9月25日). “Annie Lennox Sounds Off On Being A 'Gender Bender,' Her Gay Fan Base And More”. Huffpost. 2025年9月27日閲覧。
外部リンク
固有名詞の分類
グラミー賞受賞者 |
フィリップ・ベイリー エディ・パルミエリ アニー・レノックス コモン ペリー・コモ |
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