電力・機械併用式無段階変速機
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/02 16:03 UTC 版)
「無段変速機」の記事における「電力・機械併用式無段階変速機」の解説
プリウスを始めとするトヨタ自動車のハイブリッドカーに搭載されているトヨタ・ハイブリッド・システム(Toyota Hybrid System、THS)、およびそのマツダ向けライセンス版であるSKYACTIV-HYBRID(スカイアクティブ・ハイブリッド)はE-CVTまたはECVT(Electronically-controlled:CVT、電気式無段変速機)と呼ばれ、それぞれの商標名はトヨタが「エレクトロシフトマチック」、マツダが「エレクトリックシフト」である。変速機としてのTHSは「エンジンを効率の良い回転数に保ってハイブリッド走行するための動力分割機構に付随する変速機能」であり、機械駆動(エンジン・クラッチ・ギア)のみでの発進・変速・停止はできず、必ず電力駆動と併用しなければ機能しない。 変速機は機械的には1段の遊星歯車のみであり、サンギアの発電機とリングギアの電動機の回転数を同時に変化させることでプラネタリーキャリアから見た変速比を連続可変にしている。 通常の遊星歯車機構は3軸のうち、1つを固定し、残りの2つを入力と出力にして「固定歯車比」で使い、組み合わせを替えて3つ(入力軸と出力軸を逆にできれば6つ)の固定歯車比を作る。これに対しTHSでは入出力軸の切り替えをしない代わりに3軸全てを回転させることもできるため無段変速機となる。 エンジンはプラネタリーキャリアに、発電機(M2)はサンギアに、車輪はリングギアおよび駆動用モーター(兼回生発電機、M1)にそれぞれ接続されている。更に無段変速機にできる前提は、例えば発電機を無負荷で「空回り」させることができるなど、車輪の回転数に関わらず発電機の負荷を自由に設定できることにある。 これでプラネタリーキャリアを停止して他の2軸を動かせばEVモードになり、エンジンのON・OFFに関わらず発進・停止が可能となる。歯車比は一定で、M1とM2は逆回転で互いに比例的に増速する。M2は無負荷状態(空回り)とすることでM1だけが回っているのと同じ状態を作り出せる。 ハイブリッド走行では3軸全てが動き出す。同じ走行速度でプラネタリーキャリアを回しエンジンを起動すればM2の回転数が低下するか、場合によってエンジンと逆転する。M2が負荷を吸収して発電する。更にクルマを加速させるとエンジン回転数をほぼ一定に保ったまま、やはりM1とM2が比例的に増加する。すなわちエンジンから見れば無段変速(無段増速)していることになる。ハイブリッド走行時にエンジンから機械的に車輪に伝達される駆動力は(エンジンの回転数がほとんど変動しないため)ほぼ一定で、負荷変動分はM2経由でM1に伝達される。 M2の電気的負荷を変化させながらサンギアの回転数を制御することで「プラネタリキャリアからの見かけの変速比」が連続的に変化する原理であり、発電機、エンジン、モーターの回転数は共線図上では直線で表される。「機械的な歯車比」は変化しないため、諸元表には変速比が記載されていない。 走行の際は下記のように制御する。 エンジン冷間始動時(冷間車両停止時) メインスイッチをONにすると、準備のため冷間始動時は一時的にエンジンを暖機させる。 エンジンで発進する仕組みを持っていないため、暖機や充電のためエンジンが始動していてもM1の駆動力のみで発進する。 発進前にエンジンが停止した場合も走行を始めるとエンジンが始動する。 モーターM1リングギアが停止しており、発電機M2サンギアがモーター(スターターモーター)として働き、プラネタリキャリアを回してエンジンを始動させる。発電機M2の回転方向は高速走行中と逆になる。 停車中でも発電と充電が可能になる。 発進時(温間時) 温間時でもバッテリー容量が著しく不足している場合は、走行前にエンジンが始動して発電する。 M1の駆動力のみで発進する(EV走行)。 M2は無負荷状態の空回りとする(発電しない)。エンジンは起動していないので変速機として働かない。 エンジン始動時(通常走行時) M2サンギアの電気負荷を重くしながら回転数を減らすことで、プラネタリーキャリアを回し(クランキングし)エンジンを起動する。 エンジンが回り出したら発電を開始してエンジンの負荷(出力)を吸収する。 ハイブリッド走行時 エンジンでM2を駆動(発電)し、電力をM1とバッテリーに送る。 並行してエンジンからの一部の駆動力は動力分割機構で連続可変されながら、直接、機械的に駆動軸に伝達される。 THSでは、機械的に決定される特定の変速比以外の変速比を得るためにはエンジン出力の一部が必ずM2とM1を経由する必要があり、これが「スプリット式」として「パラレル/シリーズ式」と区別される理由である。 緩加速や惰行のように大きなエンジン出力を要しなくなると、再びM2を無負荷にし、サンギアの回転数を増加することで、プラネタリーキャリアのエンジンを停止し、M1の出力のみで走行する。 加速時 M2の発電負荷を増やしながらサンギアの回転数を増し、増加したエンジン出力を発電量で吸収する。M2の出力は電池の充電およびモーターM1に伝えられるため出力軸も増速する。 機械伝達も連続可変で増速されるが、伝達力はほぼ一定を維持する。伝達力の増加分は電導経路で行われる。 エンジン出力を機械と電気で伝えるだけでなく、バッテリー電力もM1に加えることで、短時間であればエンジン出力を超える加速力が即座に得られる。 減速時・制動時 M1を発電機として作動させ、バッテリーに充電することで運動エネルギーの回生を行う。 M2の電気負荷を無くして空回りさせ、M2サンギアの回転数を上げ、プラネタリーキャリアを停止し、エンジンを停止する。その後M2・M1共に減速する。 条件によってはM2に負荷を掛け、エンジンブレーキを併用する。 後退時 出力軸に専用の反転装置(逆転機)を持っていないので、バッテリーやM2による電力でM1を逆回転させて後退する。このため、後退時は純粋なシリーズハイブリッドとなる。 2代目プリウス(NHW20型)までに搭載されていた第一世代の「THS」および「THS-II」では、動力分割機構のリングギアに直接モーターが接続されていたため、M1に強いトルクが要求された。 その後のハリアー・クルーガー、3代目プリウス(ZVW30型)・アクアなどは電圧を更に上げた上でモーター(M1)を小型高回転化した。これによりトルクは低下したものの、M1の回転を遊星歯車固定減速機で減速して動力分割機構のリングギアに伝える「リダクション機構付THS-II」とし、結果的にM1の出力は向上、ハイブリッドシステムも軽量化した。2013年(平成25年)以降はこちらが主流となっている。2015年(平成27年)12月に発売された4代目プリウス(ZVW50型)では、リダクション機構が遊星歯車から平行軸ギヤに変更された。これによりトランスアクスルの全長短縮および減速機構における損失低減がなされたが、呼称は「リダクション機構付THS-II」のままである。 車両総重量が大きく最高速度も高いクラウン・レクサスGS・LSといったFR用のリダクション機構付THS-IIでは、動力分割機構のリングギア後(出力軸)のリダクション機構を2段変速とする事でモーター出力の変速比幅を拡大している。 2017年(平成29年)に発売されたLC500hではTHS-IIからの出力を4段ギヤにて変速する「マルチステージハイブリッド」が採用された。これにより擬似的な10段変速を可能とし、従来のTHSに欠けていたエンジン回転と同調したダイレクトな運転感覚を実現している。
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