長期シリーズ化
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連載やアニメの終了後も人気は衰えず、1971年(昭和46年)に再びテレビアニメ化されたことに合わせて、『週刊少年サンデー』(小学館)で新作が描かれた。今シリーズの鬼太郎は、砂かけ婆の経営する妖怪アパートの住人として描かれ、鬼太郎ファミリーのメンバーがこれまでよりも増えている。また、『少年マガジン』でゲスト妖怪として登場していた猫娘と設定は同様であるが、容姿が微妙に違う猫子というキャラクターをレギュラーとして登場させている。なお、当時は小学館の『よいこ』『幼稚園』『小学一年生』等の学習雑誌での連載も加わり、7誌同時にそれぞれ別の鬼太郎作品を発表していた。 『少年サンデー』版の最終話では、鬼太郎がヤカンズルに飲み込まれ7年は出て来られないとして終わっているが、2年後の1973年(昭和48年)には『いんなあとりっぷ』(仏の世界社)で「鬼太郎とねずみ男」の連載が始まる。このシリーズは短期連載で終わるが、風刺色の強い作品でありオールカラーで描かれた。 翌1974年(昭和49年)には描き下ろし長編『死神大戦記』が学習研究社から「日本の妖異」シリーズとして上・下巻で発行。『往生要集』を下にした作品であり、宮田雪が脚色担当として参加している。今作は「その後のゲゲゲの鬼太郎」の続編として描かれ、水木しげると共に鬼太郎が地獄を舞台にして妖怪と戦うストーリーである。 1976年(昭和51年)には『週刊少年アクション』(双葉社)で「鬼太郎の世界お化け旅行」の連載が始まり、鬼太郎ファミリーが世界の妖怪を相手に活躍する姿が描かれた。なお、今作の鬼太郎は野球帽を被っている設定。また、1976年から1977年(昭和52年)に掛けては「鬼太郎対悪魔くん」、「妖怪ロッキード」等の、単発の読み切り作品も幾つか発表された。 そして、1977年から1978年(昭和53年)に掛けては『週刊実話』(日本ジャーナル出版)での連載が約1年半続く。同誌では3作品が発表され、1作目は「続ゲゲゲの鬼太郎」を連載。高校生になった鬼太郎の話であり、これまでのチャンチャンコをやめて縞模様のセーターを着用している。鬼太郎シリーズの中では特に異色作であり、内容的には青年向けに描かれている。当時の『週刊実話』編集者によると、かつて子供が人気を支えた鬼太郎を青年誌に連載することには不安があったようであるが、「当時の水木ファンたちは今や大学生や社会人になっている。読者もきっと分かってくれるはずだ」と言う意見もあり、鬼太郎を大人の世界で活躍させることになったという。また、当時の水木はこれまでのヒーロー的な鬼太郎からの脱却を試みていた背景もあり、この話にかなり意欲的に取り組んでいる。しかし、後に水木は「鬼太郎にセックスを持ち込んだのは失敗だった。」と回想しており、『週刊実話』2作目の「新ゲゲゲの鬼太郎 スポーツ狂時代」では軌道修正を行っている。今作は、超能力を奪われた鬼太郎が相撲界で活躍する「相撲の巻」、墓の下高校の野球部に入部した鬼太郎が妖怪チームで甲子園を目指す「野球狂の巻」の2話で構成された水木独特のスポーツ漫画である。そして、『週刊実話』3作目の「新ゲゲゲの鬼太郎」では再び軌道修正が行われ、かつての様な少年姿の鬼太郎が妖怪と戦う姿が描かれている。また、SFの要素が加わったことで宇宙人との対決が多くなり、青年向けの描写は控えめになっている。なお、1977年は『週刊実話』の連載と同時期に『漫画サンデー』(実業之日本社)で「ゲゲゲの鬼太郎 挑戦シリーズ」の連載も始まっている。今作は「UFOの秘密」、「太古の秘密」、「地上絵(ナスカ)の秘密」の3話構成で、『週刊実話』同様に青年向けの作品となっている。この時期の鬼太郎シリーズは当時の雑誌にて、総じて迷走していたように「何処へ行く鬼太郎」などと特集されてもいた。 その後は『週刊少年マガジン』での読み切り作品「海坊主先生」を挟み、1980年(昭和55年)に『月刊DONDON』(日本ジャーナル出版)の短編漫画「大ボラ鬼太郎」を短期連載する。そして同年、『月刊少年ポピー』(少年画報社)で「雪姫ちゃんとゲゲゲの鬼太郎」の連載が始まり、再び少年誌で鬼太郎が描かれる。今作は鬼太郎の妹・雪姫をメインにした作品であり、雪姫が登場する唯一の作品である。不思議な力で鬼太郎のピンチを救うなど徐々に成長する雪姫だったが、掲載誌の廃刊により連載は終わってしまう。
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