速度設定
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/13 20:58 UTC 版)
「交響曲第6番 (チャイコフスキー)」の記事における「速度設定」の解説
1980年代後半になって自筆稿の研究が行われ、第4楽章の速度発想表記のほとんどがチャイコフスキーの筆跡ではないことが判明した。特にチャイコフスキーが元々冒頭に「アンダンテ・ラメントーソ(Andante lamentoso)」と書いており、そのアンダンテがペンで塗り潰されて第三者の筆跡で「アダージョ」と書き換えられていることは物議をかもした。 しかし、1993年に刊行されたムジカ社/ショット社の新校訂版を担当したドイツの音楽学者でテュービンゲン大学教授のトーマス・コールハーゼは、「これらの第三者の書き込みによる変更は、チャイコフスキーの監修を経たオーセンティックなものと判断した」として注意書きを付したうえで従前のままにしている。具体的な理由には以下のようなものがある。 チャイコフスキー自身が指揮した初演のプログラムが現存しているが、第4楽章について「アダージョ・ラメントーソ」と書かれている。 自筆譜には第三者が書き込んだ指示をチャイコフスキーが消して書き直したと判断できる部分や、チャイコフスキー自身が書き込んだ練習番号は第三者による書き込みを避けるようにして書かれているように見えるなど、作曲者が目を通したことをうかがわせる形跡がある。 チャイコフスキー自身が校正を確認済みだったピアノ四手用編曲版 の楽譜の表記と、これらの追加は基本的にほぼ同一で矛盾していない。 この第三者が何者かについてだが、コールハーゼは状況証拠からチャイコフスキーの音楽院時代の教え子であるピアニスト兼作曲家のレフ・コニュスの可能性について言及している。 オーケストレーション完成の翌週に、チャイコフスキーはサンクトペテルブルクに行く用事があった。演奏会用のパート譜を作成するためには、この旅行前に総譜を完成させておく必要があったが、彼はまだ総譜にダイナミクスや速度表記、弦楽器の運弓を書き込めていなかった。 出版社のユルゲンソンとの約束で、ピアノ四手版もその締め切りに合わせて製作しなければならなかった。 1893年8月16日(グレゴリオ暦では28日)に、チャイコフスキーはレフの兄でヴァイオリニスト兼作曲家のユーリに宛てて「ヴァイオリンを持って(二日後の)水曜日の朝の列車で来て、木曜の夕方帰れるか?」と電報を送り、この電文をユーリが手書きでコピーしたものが残っている。 つまり、作業遅れを挽回するためコニュス兄弟を助手として総譜とピアノ版の作成作業を行い、最終楽章の速度表記はピアノ版にチャイコフスキーが書いた指示を彼らが総譜に転記し、後からチャイコフスキーがチェックしたうえで練習番号を入れるなどの仕上げを行ったのではないかという推論 である。なおチャイコフスキーの死の13日後、この曲が再演された際に指揮をしたエドゥアルド・ナープラヴニーク が、練習段階でのチャイコフスキーのメモや変更を書き込んだ可能性を指摘する説もある。 第三者の加筆を作曲者自身が承知していたのかどうかはともかく、それらがそのまま出版社に渡され、またチャイコフスキー自身が先述のロマノフ大公爵に宛てた手紙や、作曲中に甥のダヴィドフへの手紙で終楽章について「アダージョ」と語っていたこともあって、自筆譜の研究が行われるまでこういった経緯が判明することはなかった。 アンダンテ・ラメントーゾの終楽章での世界初録音をしたウラジミール・フェドセーエフは、フレージングからしてアンダンテで演奏すべきであると指摘し「チャイコフスキーは深い「感傷」より、あっさりとした「感情」を表現したかったのでは」と述べている。また、ピアニスト兼指揮者のミハイル・プレトニョフは、「音楽の流れからすると、アンダンテの方が自然である」と述べている。 アンダンテ終楽章の「悲愴」のロシア初演は1990年4月4日にプレトニョフが、海外初演は同年10月にフェドセーエフがミュンヘンとフランクフルトで行っている。アンダンテ終楽章での日本初演は、チャイコフスキー没後100年の1993年6月20日にザ・シンフォニーホールで、同じくフェドセーエフが行っている。日本初演のコンサートは、『悲愴』初演時のプログラムを限りなく再現したコンサート(『悲愴』、ピアノ協奏曲第1番(ピアノ:タチアナ・ニコラーエワ)、モーツァルト:オペラ『イドメネオ』のバレエ音楽など)であった。 アンダンテ終楽章の録音はフェドセーエフが数回おこなっているが、いずれも10分から11分の間である。フェドセーエフの「アンダンテ」は、実際のところはムラヴィンスキー、マルティノン、カラヤン、ショルティ、アバドらの「アダージョ」に比べて1分から2分ほど遅い。SPレコード時代のもの(例えばメンゲルベルクの2種の録音など)のものに関しても演奏時間が少し速い傾向にあるが、SP盤に収めるためにスピードを速めて演奏している場合があるので、一概に同列には論じがたい。
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