議論史
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人間の心と行動の進化の研究はチャールズ・ダーウィンの1871年の著作『人類の起源と性に関連した淘汰』まで遡ることができる。ダーウィンはヒトの感情や道徳心も自然選択などによって形作られたと論じた。ダーウィンの影響を受けたジョージ・ロマネスは比較心理学を創設しヒトと動物の連続性を説いた。アメリカでは同時期にウィリアム・ジェームズとウィリアム・マクドゥーガルが「本能」の概念を用いてヒトの行動を説明した。しかし彼らの機能主義的な説明はその後心理学ではあまり顧みられなかった。 19世紀末から20世紀初頭には、社会ダーウィニズムや優生学的政策への反発として心理学を生物学的説明から切り離す試みが進んだ。ジョン・ワトソンは行動主義を立ち上げ、その視点はバラス・スキナーによって強化された。社会学や人類学ではフランツ・ボアズやその弟子たちによって生物学的説明は顧みられなくなった。 1950年代にはノーム・チョムスキーが生成文法を提唱しスキナーを批判した。エリック・レネバーグは単一の汎用学習システムが複雑な学習を全てこなせるという仮定について疑問を提示した。またアラン・チューリングらによって心の計算理論の基盤が築かれた。1960年代には初期の動物行動学者が本能の概念を復活させ、行動の生得性を強調した。しかしこの時代にはまだヒトの行動の生得性や遺伝的基盤を論じることはファシストと見なされる風潮があり、動物行動学の視点から人間の攻撃性を論じたコンラート・ローレンツやデズモンド・モリスは批判を浴びた。またその頃の進化学者の視点は一般的に種の保存論であった。同じ頃W.D.ハミルトンは血縁選択説を提唱し、進化を遺伝子の視点から捉える新しいアプローチを発見した。G.C.ウィリアムズは種の保存論を批判し、それが理論的に成り立たないことを指摘した。そして自然選択がどのように働くかを厳密に考慮する適応主義的アプローチを提唱した。この頃に行われた進化的な視点の他の分野への応用はジョン・ボウルビィの愛着理論やナポレオン・シャグノンのヤノマミ族の血縁性の研究などが挙げられる。 1970年代以降、互恵的利他主義やESSといった理論も提唱され、自然選択がどのように利他的行動、血縁関係、協力、つがい、採餌、繁殖、子育てなどの複雑な社会行動を進化させたかを明らかにした。この分野には社会生物学あるいは行動生態学という呼称が付けられたがE.O.ウィルソンやリチャード・ドーキンスの著作をきっかけとして社会生物学論争が起きる。この論争は科学分野を超え、進化理論を人間行動の理解に用いることに対して政治的、倫理的、社会的批判も行われた。1980年代にミシガン大学やカリフォルニア大学で社会生物学者から教育を受けた心理学者、人類学者らはこの新しいフィールドに進化心理学という名を付けた。レダ・コスミデス、ジョン・トゥービー、ジェローム・バーコウは1992年に論文集『The Adapted Mind』を出版し、進化心理学の成立を宣言した。 コスミデスらは進化心理学の基盤となった分野を次のように説明している。 認知革命は人間の心が情報処理装置と見なせることを明らかにした 古人類学、狩猟採集民研究と霊長類学の進歩は我々の祖先が直面したであろう問題に関するデータを提供した 動物行動学、言語学、神経心理学は心が受動的に世界を記録する空白の石版でないことを示した 進化生物学は漠然とした種の利益論法を否定し、より厳格な適応主義を発展させた。
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議論史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/11/11 00:46 UTC 版)
動物行動学の創始者コンラート・ローレンツやニコ・ティンバーゲンは動物行動の生得性を強調した。これは当時の心理学や動物学の一部で力を持っていた行動主義に対する反発であった。例えばバラス・スキナーは動物の脳には「報酬と罰によって強化される単一の汎用学習プログラム」が作動しているだけだと仮定した。初期の動物行動学者は生得性を単なる現象としてではなく適応、すなわち進化的に形成され生存と繁殖成功に役立つ能力と考えた。適応の視点からは、動物が生まれつき行動に方向性を持っている事は合理的に説明できる。ローレンツの主張した本能は、しかし遺伝決定的な概念であった。アメリカの発達生物学者ダニエル・レーマンはローレンツが発達を無視していると指摘した。ある行動が種に普遍的に見られるからと言って全て先天的に形成されていると考える理由にはならない。例えばカモの刷り込みは本能的だとしても、「何を親と認識するか」は経験の産物である。後にティンバーゲンは生得性を強調しすぎたと述べ、レーマンの視点を支持した。
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