論理解釈の典型例
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/05 02:16 UTC 版)
例えば、2020年3月までの日本民法415条は、「債務不履行による損害賠償」に関し、以下のように規定していた。 前段 「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。」 後段 「債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。」 また、412条1項は、「履行期と履行遅滞」について、「債務の履行について確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来した時から遅滞の責任を負う。」としている。 ここで、もっぱら415条の文理に着目するならば、初期の判例・通説がそうであったように、415条前段の規定する「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき」(例えば412条の履行遅滞)においては、後段(履行不能)のように「債務者の責めに帰すべき事由によって」という留保が付いていない以上、「債権者は」、債務者帰責事由の有無を問うことなく当然に(無過失責任)、その債務不履行「によって生じた損害の賠償を請求することができる」はずである(反対解釈)。 ところが、現在の判例・通説は前段の場合についても後段の規定を類推して、履行遅滞の場合であっても債務者に過失ある場合にのみ責任が生じるとしている(過失責任)。 そこで、この判例理論に対しては、条文の個別的な文理解釈を重視する立場から、条文のどこを探しても出て来ない、民法典の検討を十分にしないで、ドイツ法学から無批判に持ち込んだ「理論」を民法の解釈として主張したものである、との批判がなされ、このような条文と解釈との乖離は立法的解釈による終局的解決を図るべきだとの提言がなされる。 しかし、条文上、甲という事実のみについて規定があるときに、反対解釈によって乙という事実にはその適用が無いといえるためには、単に文理上そうであると言うだけでは足りず、論理解釈上あえて甲のみについて規定したことに合理的な理由があるといえなければならず、逆に、もし乙という事実について類推を許容すべき合理的な理由があるならば、当該条文を乙にまで押し広げて解釈する(類推解釈ないし類推適用)ことが可能になるものとも考えられる。 この点、起草者の側からは、415条はドイツ民法草案に倣って債務者帰責要件を意識的に前段から外したものであるとの説明がなされており、初期の判例同様、「債権者ハ其故意又ハ過失ナキトキ」であって「モ遅滞ノ責二任」じると明言されていた(415条前段文理解釈、後段反対解釈)。 即ち、415条前段の無過失責任は、債権者が債務者の一身に関して生じた「偶然ノ事変」によって損失を蒙るのは社会的に「公平ヲ欠ク」との価値判断から、取引安全を図って債権者の保護を尊重した趣旨であるというのである。現に、履行遅滞について定めた412条が債務者の帰責事由の有無について言及すること無く「遅滞の責任を負う」旨規定しているのは、その現れとみることもできる。 ところが、債務者が無過失であっても前段の場合に損害賠償責任を負うのは債務者に酷に過ぎ、現実の社会生活に適合しないとの批判がなされた。 この主観的な価値判断は、実際に成立したドイツ民法典の第285条(当時)が上記草案の立場を退け、ドイツ普通法時代におけるローマ法解釈上の通説の立場を継承した立法的解釈により過失責任を明言していること(→#概念法学と自由法論)、またオーストリア民法やフランス民法においても学説の努力によって学理解釈上履行遅滞の場合には過失責任とされており、過失責任が近代民法の標準であるとみられるという、歴史的沿革及び比較法論によって客観的に裏付けることが可能である。 近代民法の過失責任主義については「民法#近代民法の社会化・国際化」を参照 更に、415条の後段だけになぜ「債務者の責めに帰すべき事由によって」という留保が付いているのか、前段も後段も共に損害賠償の義務を負わせる債務不履行であるのに、一方は過失を必要とし、他方は過失を必要としないとする実質的根拠が不明であること、また例えば日本商法現581条は「運送品カ運送人ノ悪意又ハ重大ナル過失ニ因リテ滅失、毀損又ハ延著シタルトキハ運送人ハ一切ノ損害ヲ賠償スル責ニ任ス」とするなどして過失責任を採用しており、仮に起草者説明のように前段が無過失責任であるなら、なぜ専門の運送人が一般債務者よりも有利な立場に置かれるのか不明であるという法体系全体からの批判も可能であり、したがって、起草時の立法趣旨に従った文理解釈を墨守すべき基礎をもはや欠いていると考えられたのである(→#立法者意思説と法律意思説)。 そこで415条のみならず日本民法典全体を見なおしてみれば、まず、例えば709条は「故意又は過失によって……侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」として不法行為による損害賠償責任の原則要件に少なくとも「過失」を要求しており、無過失責任の場合は個別に規定していることからすると、民法典全体の体系としては415条後段の場合と同じく、過失責任が原則になると考えることができる(415条後段類推)。 また、商法のような取引安全の要請がより強い領域においてさえ、運送人の損害賠償責任に過失責任が採られていることからすると(商法581条)、一般法たる民法の場合の債務者においては勿論、明文のない限り過失責任が原則となると考えることができる(商法581条勿論解釈)。 そして、419条3項は、「金銭の給付を目的とする債務の不履行については」「債務者は、不可抗力をもって抗弁とすることができない」と規定しているから(無過失責任)、その反対解釈からは、金銭の給付を目的としない債務の不履行については、415条前段に含まれる債務不履行形態であっても、「債務者は、不可抗力をもって抗弁とすることができ」るという過失責任であるということになる(419条3項反対解釈)。 このような見解は判例に採用され、起草者にも支持を得ている。
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