生活習慣病と疫学研究
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1977年、「米国の食事目標」が報告される。報告書にはハーバード大学公衆衛生大学院の栄養学の教授であるマーク・ヘグステッドも非常に関わった。この報告によって食事と肥満をはじめとして心臓疾患といった生活習慣病の関係が大きいことが分かり、食生活指針の策定につながっていった。まだ、この時点では科学的な証拠がはっきりしていない結論もあったため、疫学研究が盛んに行われるようになる。こうしたコホート研究といったものには、数年から十年以上の研究期間を要するので早急には結果が出ない。1980年より、米国農務省(USDA)と米国保健福祉省(HHS)によって「アメリカ人のための食生活指針」という、生活習慣病を予防するための食生活指針が発表される。以降、5年ごとに改訂される。 ハーバード大学公衆衛生大学院による、女性看護師の疫学研究(NHS)、男性医療従事者の疫学研究(HPFS)といった大規模なコホート研究が行われるようになる。この研究を指揮している人物はウォルター・ウィレットである。 1982年、アメリカ国立癌研究所が全米科学アカデミーの下位組織のNRCに食事とがんに関する科学的な分析を依頼し、その報告として「食生活、栄養とがん」としてまとめられ、1977年の報告を支持した。1983から1990年にかけて「中国プロジェクト」が行われ、アメリカ国立癌研究所とアメリカがん研究協会も資金提供し、アメリカのコーネル大学、イギリスのオックスフォード大学、中国のがん研究機関やほかのいくつかの国の研究機関が関与した。マーク・ヘグステッドは、中国プロジェクトに対してアメリカでは食事の内容が均質的なのでこのような重要な研究はできないと評した。中国プロジェクトは中国では乳製品をまったく摂取しないが骨粗鬆症は非常に珍しく、また中国では植物から鉄分が摂取されており、鉄欠乏性貧血は肉の摂取と関係ないことを示した。中国プロジェクトを指揮した、コリン・キャンベルは、研究結果を受けてもっとも安全な食事は完全菜食であると述べ完全菜食になり、5人の子供も完全菜食で育てた。 コリン・キャンベルは、コーネル大学で栄養学を教え、菜食主義の栄養学も教えているが、1980年代以降、菜食に関する科学的な研究が蓄積されているのに肉と乳製品の摂取が必要だという視点を変えようとしない、今では科学的な研究の結果があるのに教育を受けた時代の常識を信じ込んでしまっていると指摘している。なお、菜食の議論については、菜食主義の記事を参照されたい。 1989年、NRCは『食事と健康-成人病予防のための食事と健康の科学』という報告書をまとめあげる。1990年、日本でも、厚生労働省によって数万人以上を対象とした多目的コホート研究(JPHC Study)がはじまる。 2003年、世界保健機関(WHO)と国連食糧農業機関(FAO)は「食事、栄養と生活習慣病の予防 」を公開する。ハムなどの保存肉とがんのリスクとの強い関連、動物性脂肪に多い飽和脂肪酸が2型糖尿病と心臓疾患の発症リスクを高めると報告されている。2003年には、アメリカとカナダの栄養士会は合同で、専門家が質の高い256の論文から結論し、牛乳や卵も摂取しない完全な菜食においても栄養が摂取でき、また菜食者はがん、糖尿病、肥満、高血圧、心臓病といった主要な死因に関わるような生活習慣病のリスクが減る、認知症のリスクも減ると報告している。6つの前向きコホート研究をメタアナリシスし、20年以上の菜食者は平均余命が3.6年長いと報告された。 2004年、NHSとHPFSで赤肉からの鉄分の摂取が2型糖尿病との相関関係を示したという大規模な統計結果が報告された。 ウォルター・ウィレットは、大規模な前向きコホート研究でも乳製品をたくさん摂取すれば骨折のリスクが減るという結果はなく、逆に男性では前立腺がん、女性では卵巣がんのリスクが高まると述べているなど、アメリカ、イギリス、スウェーデンでの7つの前向きコホート研究で、カルシウム摂取量が増加しても骨折率が低下していない。これらの理由のため、カルシウムは様々な摂取源から摂取し、骨折を予防するためには他の有効性が確認された手段である運動やホルモン療法、ビタミンDやビタミンKの摂取を紹介し、もしカルシウムを多く摂取したいならサプリメントがあるとしている。 ヘルシーフードピラミッド ウォルター・ウィレットは、米国農務省の作成する「アメリカ人のための食生活指針」は産業の影響が強く、そのような影響のない食事ガイドラインを作成すべきだとし。NHS、数百の疫学研究を反映した「健康な食事ピラミッド」を作成している。健康に悪影響のある、精白された穀物や赤肉、砂糖をなるべく控えることが分かりやすく図示された指針である。 2010年版の「アメリカ人のための食生活指針2010年版」が発表される。これは数百の疫学研究をもとに科学的根拠の強弱の概念を採用している。
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