旅程
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「トゥデラのベンヤミン」の記事における「旅程」の解説
故郷であるトゥデラを出発して最初の目的地となったのは、アラゴン地方の主都サラゴサである。その後エブロ川谷を下り、カタルーニャ地方のタラゴナ、バルセロナ、ジローナを訪れた。地中海岸を北上してフランスに入り、マルセイユの港から船に乗り込んだ。今日のイタリアに相当するジェノヴァ、ルッカ、ピサに続いて、ローマを訪れた。続いてギリシャのコリント、テーバイ、サロニカを訪れ、海路でコンスタンティノープルまで足を運んだ後、サモス島、ロードス島、キプロス島を訪れた。ベンヤミンはローマ以後の各都市のユダヤ人人口を記録しており、ローマは200人、テーバイは2,000人、サロニカは500人などとなっている。キプロス島から乗船するとパレスチナでレバント地方に上陸し、アンテオケ、ベイルート、シドン、ティルス、アクレ、ハイファ、カイザリア(英語版)、サマリア、ナブルスの各都市を回った。 エルサレムに到着した正確な年は定かでないが、一般的には第2回十字軍と第3回十字軍の合間の1167年であるとされている。エルサレムでは嘆きの壁やシオンの山を訪れ、シオン山にあるダビデやその後の諸王の墓にまつわる謎について言及している。ベンヤミンは、十字軍が支配していたエルサレムについてもっとも詳細な記録を残したユダヤ人とされている。 それは小さい町で、三つの城壁で要塞化されている。そこには人々がいっぱいで、イスラム教徒はそれらの人々をヤコブ派、シリア人、ギリシア人、グルジア人及びフランク人と呼んでいる。そしてあらゆる言語を話す人々がいる。そこには染物工場があり、ユダヤ人は年々わずかな賃料を王に払っている。エルサレムでは、ユダヤ人以外にはどの染物職人にもその使用が許されないという条件で、町の隅のダビデの塔の下に約200人のユダヤ人が住んでいる。ダビデの塔の城壁の下の部分の約10キュビトの範囲はわれわれの先祖によって建てられた古代の基礎の部分である。 — 『トゥデラのベンヤミンの旅行記』エルサレムについて エルサレムの南にあるベツレヘムではラケル廟(英語版)を見学し、ヘブロン、ベト・ジブリンでも族長らの墓を見学している。ラムラ、地中海岸のヤフォ(現・テルアビブ)、ヤブネ、アシュドッド、アシュケロン、ルッド、セフォリス(英語版)、ティベリアとめぐった。その後には北メソポタミアからバグダードに達した。イラクでは今日のモースル郊外にある廃墟を訪れているが、ベンヤミンは古代都市ニネヴェの遺跡をもっとも早く正確に描写した人物である。ペルシアに赴いた後に向きを変えてアラビア半島を横断。エジプトと北アフリカを訪れ、1173年にイベリア半島に戻った。同年にカスティーリャ王国で没した。 旅程全体で300以上の都市を訪れており、ユダヤ人の歴史にとって重要な場所である古代ペルシアのスーサ、古代バビロニアのスーラ(英語版)、同じくバビロニアのプンベディータ(英語版)なども訪れている。イスラームの大麻喫煙文化やシーア派イスマーイール派の暗殺教団(Al-Hashishin)などの文化の詳細を記録しており、西ヨーロッパに持ち込んでからは彼の手を越えて広まった。加えて、旅行中にはインドや中国などの情報を収集しており、インド南西部・マラバール海岸のクイロンに住んでいた「黒いユダヤ人」、北宋に生息していたとされる巨大な鷲などにも言及している。 ベンヤミンの数十年後には、神聖ローマ帝国のラティスボン(現・レーゲンスブルク)出身のラビであるラティスボンのペタヒア(英語版)が、ベンヤミン同様に中東を旅行した。ペタヒアと同時期にはイベリア半島のコルドバ出身のモーシェ・ベン=マイモーン(マイモニデス)もエルサレムなどパレスチナを旅した。
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「旅程」の例文・使い方・用例・文例
- 我々の旅程を融通してくれるとは、とても親切ですね。
- 旅程の方が目的地よりもより重要だ。
- 私の旅程はまだ確定していません。
- 私の出張の旅程はまだ確定していません。
- あなたの旅程をお知らせ下さい。
- あなたの旅程を理解したことを伝えたかった。
- 今回ご案内した旅程で問題なければご承認の署名をお願いします。
- 浅草は旅程にははいっていません.
- 目的地に予定通りに着くには 1 日 500 キロの旅程をこなさなくてはいけない.
- ここからどれほどの旅程か
- これは一週間の旅程であった
- 旅程または通路
- 人々の特定のグループが旅行する開催地か出来事の確立した旅程
- ななつ星は博(はか)多(た)駅を出発して,2日または4日間の旅程で九州を回る。
- 江戸への旅程は通常8日かかるが,湯長谷藩には江戸へ行くのに4日しか与えられていない。
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