奴隷制度の起源
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 16:16 UTC 版)
デューリングは人類史の原初的段階に奴隷制の形成を想定したが、エンゲルスは奴隷制を人類史の初期段階で出現した制度ではないと語った。 奴隷制度の発達には、奴隷の生活資料を確保して彼らの必要を満たすために発達した商業が必要なため、生産と商業による富の集積が一定レベルを超えて向上し、文化的発展に先だって経済発展が先行する必要があった。奴隷制度を根拠づける文化の高度な発達が法体系や奴隷を抑圧するための軍隊といったものは、商業によって奴隷を維持するだけの経済発展のレベルに到達してから発達したものである。奴隷制度は農業や商業が発達して経済的に発展を遂げた高度な文明の段階に入らなければ運用しがたい社会制度であり、人類史の始まりから突如暴力的に開始した制度ではなかったのである。 エンゲルスはこれらを具体的に検証している。古代ギリシアのポリスやローマ帝国の奴隷制やアメリカ南部諸州の黒人奴隷制が大商業に支えられていたことが具体例として挙げられる。 古代ギリシアのポリスはペルシア戦争時ではコリントで46万人、アイギアで47万人で各々のポリスで凡そ50万人程度の人口を有しており、自由人一人に対して十人の奴隷を所有していた。その後に続くローマ帝国は地中海の覇権を掌握してエジプトを通じて南インド・パーンディヤ朝とも交易をおこなっていた。ローマ帝国はこうした商業の高度な発達によって強固な奴隷制度を確立し、その結果、首都ローマは100万人の人口をもつ史上稀にみる世界都市へと発展していった。また、エンゲルス自身が深く関与していたことだが、19世紀のアメリカ黒人奴隷制はミシシッピ川流域の綿花地帯で発展し、大英帝国の綿工業と経済的に結合して維持された制度で、一方で商品作物のプランテーション農業が発達せず国際貿易体制との連結に失敗した北部諸州では奴隷制度は次第に採算が合わなくなり、さらに保護関税による代替産業の発達、つまりアメリカの工業化過程によって黒人奴隷制は放棄されていった。 デューリングは、「所有」の関係を「同胞を生活資料から締め出すだけではなく……奴隷的労役をさせるために人間を隷属させることを土台としている支配形態」と定義した。 エンゲルスにとってこの定義は本末転倒の体をなしている。人間を隷属させるには生活資料から締め出すのではなく、むしろ生活資料を与えることで受益者に労役を課さなければならない。所有にともなう支配関係には、奴隷を食わせるだけの生活資料を持つこと、つまり資本の所有が必要である。そして、デューリングのいう隷属とは、生活資料の提供・資本投下の結果として経済的に従属して不作期・不況期に生活資料・資本から排除されていく、そういった格差の結果にすぎない。隷属は非暴力的な資本の所有関係に由来しているというのがエンゲルスの見解である。 奴隷の調達は暴力的におこなわれるが、古代奴隷制の場合はギリシア人の台頭やローマ帝国の出現による地中海からインド洋に至る交易圏の確立にはじまり、同時に奴隷制度を維持して発展させるのに商品経済の発達が背景にあった。また、黒人奴隷制の場合、奴隷貿易による黒人奴隷の供給は、大航海時代の三角貿易の確立とともにアメリカ南部諸州が個々の農場における労働の結果を集積して、農業の大規模化を達成したことで支えられていた。奴隷制度の確立に先行して環大西洋経済圏で資本の本源的蓄積と呼ばれる経済や産業の発達が進展し、それによって農園主が奴隷の生活資料を調達できる経済レベルに到達したことが重要なのである。 エンゲルスはこうした奴隷制度の根底に私有制に基づく経済システムがあり、強奪と暴力の結果として出現したものではないと語っている。 私有の起源は、原始共同体内での生産力の増加によって、労働から平均以上の財産を所有できるだけの経済の発展にある。作物の商品化の進展、貨幣経済への移行、商品交換の拡大と利益追求の結果、商業が発達し、貧富の格差が発生したことが背景にある。土地の共有制が切り崩されていくことに起因して、総有制の共同体が分割地農村の社会へと移行する社会変動を伴った現象であった。より重要なことは、経済システムの発達が大規模な社会変動を促して歴史を変革していくことである。 十九世紀のアジア諸国は伝統的な家内制手工業によって産業を維持し、モンゴルや満州族の征服を受けてもなお伝統を守っててきたが、東洋は西洋列強諸国による開国要求に屈して工場制機械工業の進んだ西洋の産業によって切り崩され、半植民地化と大規模な再編の歴史を歩んだ。暴力による開国があったのは事実であるが、開国後に中国が半植民地化されたのは国際経済システムに組み込まれたためである。 エンゲルスはこれらの事例に言及し、「暴力は所有の状態を変えることはできるが、私有そのものを生み出したわけではない」ことを論じた。同時に、奴隷制は暴力に基礎があるわけではなく、商業に基礎づけられていることを明示した。
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