取引価格高騰による弊害
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/07 17:24 UTC 版)
キヌアに国際的な注目が集まることにより、他の作物に比べ生産国も限られ収穫量も多くはないキヌアの国際市場価格は暴騰している。キヌアの2011年の収穫量は約8万トンで主要穀物であるトウモロコシ、米、小麦などの1万分の1以下である。収量のそれほど多くない穀類であるライ麦(Rye)の160分の1、ソバ(Buckwheat)の20分の1でしかなく、急成長した国際的需要を満たす量の生産はない。最大のキヌア生産国であるペルーのキヌア生産量は約4万トンで他の穀類に比べ生産量は多くはないが、キヌアの比重は高く、米の63分の1、トウモロコシの37分の1、小麦やソバの5分の1の収穫量がある。ペルーにおける国民一人あたりのキヌアの年間生産量は1.35kgでしかない。1980年代の価格高騰以前はキヌアはアンデス高地における重要な主食の一つであり地産地消されていたが、現在では国内外で取引されるようになっている。キヌアの生産量約8万トンに対する世界各国からの需要を例えると、日本の2012年(H24)の小豆生産量約6.8万トンに近く、全世界で日本の小豆のブーム的な需要が発生し、価格が高騰しているような状況である。キヌアがより深刻であるのはキヌアは代替作物のない地域での主食であり、生産国ペルー、ボリビアには他国と競争できる購買力がない点である。 キヌアが換金作物・輸出作物となることによりアンデス高地の農民に現金収入の道が開かれる一方で、貴重な作物である高栄養価のキヌアが農民にとって手の届かない作物となりつつある。キヌアの栽培農家では価格高騰により現金収入は増加するが、キヌアが高級食材となり自家消費に回されなくなり、何千年にもわたり築かれてきたバランスがとれ地域で完結していた食文化が崩壊し始めている。得られた収入により低価格ではあるが同時に低栄養価の穀物を購入・消費することによる影響が危惧されている。ボリビアより生産量の多いペルーでは2010年までは輸出はされていなかったが、それでも国内取引価格は上昇しており、首都リマではキヌアは鶏肉より高く、米の4倍の価格で取引されている。 ペルー政府では児童への給食プログラム「カリ・ワルマ」(Qali Warma)によりキヌアを市場価格より12%高い価格で買い付けるという自衛行動に出ている。 キヌアは他の作物が育成できない土地での作物であったが、キヌアの価格の高騰から、他の作物が育つ農地までキヌアへ転作され始め、作物の多様性が失われつつある。キヌアは栽培面積あたりの収量は決して良い作物ではなく、ペルーではトウモロコシの単位収穫量は約3.18トン/ha(ヘクタール)、小麦1.47トン/ha、ソバ1.36トン/haに対しキヌアは1.16トン/haである。 また過去には地産地消の作物として栽培されていたが、換金作物として作付面積の急拡大や高収量を目指した地力を越えた栽培による環境負荷の増大も懸念されている。 ボリビアでは5年間にキヌアの国内消費が3分の1減少したとの報告がある一方で、ボリビアの農村開発・土地省の副大臣による「4年間で4倍になり一人あたり1.11kg/年(3g/日)の消費であった」との反論の発表があるなど錯綜した報告があるが、これは価格高騰および輸出量急増に対する関心の高さを示している。2000年にはボリビアのキヌアの輸出は1436トン(総収穫量の6%)で現在の様に(2010年は総収穫量の43%が輸出へ)多くはなく、当時の国民一人あたりの消費量は2.69kg/年であった。農村開発・土地省副大臣の言う1.11kg/年は2000年の数値の4割であり、現金収入の限られた農民における高騰したキヌアの消費はこの数値以上の落ち込みである。さらに遡れば1985年には一人あたりの消費量は3.51kg/年であったが、2000年にかけては輸出の割合は1割以下であり、消費量の減少は食生活の変化によるものと思われる。 「国際キヌア年」はキヌアの栽培を世界に広めることにより食料安全保障と飢餓撲滅を意図したものであるが、現在スーパーフードとして需要は喚起されたが産地はほぼペルーとボリビアに限られており、価格高騰から産地では消費できない様相になっている。 ペルーでは米国と世界銀行の援助のもとに換金作物として1990年代からイカ県で高級食材であるアスパラガスの栽培が始まった。2010年にはペルーは全世界のアスパラガスの交易量の40%にあたる12万3千トンを輸出する世界最大の輸出国となった。このアスパラガス栽培により仕事および収入が創成されたが、同時に乾燥地帯であるイカ地方に大きな環境負荷を与えている。21世紀に入り始まったキヌアブームがアスパラガス同様の影響を与えるのではないかと危惧されている。
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