十番碁覇者
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1939年には第1期本因坊戦開始までの棋戦として木谷實との三番碁を行った。続いて大手合で木谷に白番で勝って七段に昇段し、読売新聞の企画で、この9月から1941年までかけて木谷との打込み十番碁を行う。6局目まで呉の5勝1敗で先相先に打込み、6勝4敗で終了。対局に鎌倉の建長寺、円覚寺、鶴岡八幡宮などを使い、後に「鎌倉十番碁」と呼ばれた。特にこの第1局は、対局中に木谷が鼻血を出して昏倒するという激闘で知られる。 1939年から開始された第1期本因坊戦では、六段級トーナメントを勝ち抜いて、最終トーナメントに進出。4次にわたるトーナメントの2回で優勝したが、残り2回で前田陳爾、加藤信に初戦敗退したのが響いて合計得点で3位となり、本因坊決定戦への進出はならなかった。 1941年には棋正社から別れた瓊韻社の雁金準一と十番碁を行う。この時雁金が八段で呉が七段なので呉先相先の手合割となるところ、日本棋院では雁金の八段を認めるかの議論があり、雁金の意向で互先で打ち、5局まで打って呉の4勝1敗で打ち切りとなった。同1941年、紅卍会日本支部が、峰村教平の篁道大教(のちに璽宇となる)に合流する。 1942年に木谷實とともに八段昇段。同年、喜多文子・六平太夫妻の媒酌で中原和子と結婚(和子はのちに璽宇教の教主となる峰村教平の親戚。のちに和子は璽光尊の巫女となる。)。戦争の激化に伴い母と妹は1941年に中国に帰国し、また紅卍会の本尊を置いていた篁道大教から分かれた璽宇教の教主峰村教平の依頼で、1942年に中国に渡って紅卍の道院を訪れるなどした。次いで同年の瀬越、橋本宇太郎らの訪中にも同行したが、この時南京市街では呉の首に懸賞金をかけた看板を橋本が見たと言われている。戦時中には呉にも徴用の令状が来たが、身体検査で帰された。 1942年12月に新進の藤沢庫之助六段と十番碁を開始(第一次)。当時先番無敵と言われた藤沢の定先に対し、7局目まで4勝3敗と勝ち越すが、藤沢が残りを3連勝し、1944年8月までで4勝6敗とする。これは呉の十番碁で唯一の負け越しとなった。 1946年になって戦後初めての対局として、兄弟子である橋本宇太郎八段との十番碁が行われ、8局目まで6勝2敗で先相先に打込む。橋本とは1950-51年に先相先で第二次十番碁を行い、5勝3敗2ジゴとなった。1948年には岩本薫本因坊との十番碁で、6局目までで5勝1敗で先相先に打込む。 1945年5月25日の空襲で住んでいた中野の家も焼けてからは、大田区の璽宇教信者の家に住み、その後1948年までの4年間、璽光尊とともに金沢、山中湖、八戸など各地を転々とする生活を続けていた。金沢では同行していた双葉山を帰すために警察が乗り込む騒動もあった。読売新聞社が呉と璽光尊との交わりを絶たせようと奔走、知人の紹介で横浜に住む事業家の西幸太郎が呉の将来を案じ、マスコミから逃れ静かに囲碁に打ち込めるようにと呉および呉の妻と妻の妹を、杉田の西の邸宅の離れに食客として滞在させた。呉は映画好きで、妻や義妹、西の娘らとともによく映画を観にいったという。杉田の屋敷には青木一男や大倉喜七郎らも訪れ、呉は麻雀を誘われると快く応じたが、その強さには誰もが舌を巻いたという。西家には3年ほど滞在した。 1949年に藤沢庫之助が大手合で九段昇段し、続いて呉が日本棋院の六、七段の棋士との高段者総当り十番碁で8勝1敗1ジゴの成績を挙げ、九段に推挙された。日本で二人だけの九段となった両雄は、1951年から互先にて第二次十番碁を行い、9局目までで呉が6勝2敗1ジゴで先相先に打込む。第二次十番碁と並行して毎日新聞で企画された、コミ制度での互先での四番碁も、呉の四連勝で終わる。続いて1952年から藤沢との第三次十番碁では、6局目までで5勝1敗と定先に打込んで終了。藤沢はこの責任をとり、日本棋院を一時離脱した。またこの頃呉の愛用した星打ちと小目への一間高ガカリの布石は、多くの棋士が用い、「昭和の1、3、5」と呼ばれた。 続く十番碁の相手として、1953-54年に坂田栄男八段、55-56年に高川秀格本因坊と対戦。坂田にはその直前に先相先の六番碁で負け越していたが、十番碁では8局までで6勝2敗と定先に打込んで終了。高川は本因坊4連覇中だったが、毎年の本因坊対呉清源三番碁では連敗しており、十番碁でも8局目までで打ち込まれ、呉の6勝4敗で終了。これで呉は主だった棋士をすべて先相先以下に打ち込んだことになり、誰の目にも名人の資格ありと見えたが、実際に名人に推されることは無かった。この高川戦が最後の十番碁となる。
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