化学物質過敏症に関する議論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/09 15:29 UTC 版)
「化学物質過敏症」の記事における「化学物質過敏症に関する議論」の解説
肯定的見解 器質的病変が解明される以前には機能性身体症状として精神科領域疾患に分類されていた疾患(特に脳炎)のいくつかは、血中マーカーが解明されると精神科領域の疾患からはずれ、脳神経内科領域の疾患に分類されることになる。化学物質過敏症の関連疾患である慢性疲労症候群の器質的病変が明らかになったのは、リガンドを用いたPET画像解析技術が登場し、脳内の神経炎症の存在が報告された2014年である。この論文は、その年の影響力のある論文に選ばれ、世界中で慢性疲労症候群の研究、治療薬開発が始まっている。2019年現在、脳脊髄におけるミクログリア活性化、血中カルニチン低値や脳内アセチルカルニチンの低下などの病態が明らかになってきている。多種化学物質過敏症と慢性疲労症候群は関連疾患であり、化学物質過敏症症例においても血中カルニチンが有意に低値であることから慢性疲労症候群類似の病態が示唆される。こうした最新の知見は、化学物質過敏症の器質的病変の存在を示唆している。多種化学物質過敏症ならびに慢性疲労症候群の病態理解の欠如により、誤った解釈が入り込むことで研究の方向性が患者の診断、治療、予防に意味の薄いものとなり、かつ、行政対応の遅れに影響を及ぼしてきたとも考えられる。一方で診断後にも疾患の社会的認知の不足、症状の不可視性などの要因により「診断のパラドックス」すなわち「当事者の周囲の人々による患い/苦しみの脱正統化と呼びうる事態(診断された事実をもとに説明しても病気の存在そのものを否定される)」が生じる事例が報告され、「診断のパラドックスが生じる背景に焦点をあて、病者と他社のコミュニケーションだけには還元できないパラドックスのメカニズムを解明する必要がある」と考察されている。 化学物質が人体に及ぼす影響については未だ十分な解明が進んでいないが、専門家の間では、近年激増の傾向にある自律神経失調症やうつなどを含めた現代病は、化学物質の曝露が原因である、との見解がある。また、化学物質過敏症は様々な症状を呈するため、適切な診断が下されない場合がある。具体的には、眼に症状が現れている場合では、アレルギー性結膜炎及びドライアイなどの診断が、呼吸器系の症状では風邪や喘息が、その他では自律神経系異常に関連する疾患または精神科領域の疾患として診断されてしまう可能性がある。なお、化学物質過敏症は煙草の受動喫煙により生じる受動喫煙症の悪化で生じたり、あるいは新築あるいは改築した住宅で発症するシックハウス症候群の悪化により生じる場合もある。不定愁訴、咳喘息、気管支炎、ドライアイ、アレルギー性結膜炎、アレルギー性鼻炎、自律神経系の病、脳や神経系の病、うつ病などの様々な病名の診断がなされ手術や投薬を重ねても改善されなかった、および逆に悪化した症例で、化学物質過敏症としての診断と治療によった後、病状の現状維持または改善及び社会復帰に結びついた例があるとの主張がある。また、functional MRIによる脳画像解析を用いた客観的診断手法についての研究がある。日本においては、2017年現在ICD10 国際疾病分類に入っておりコードはT65.9で詳細不明の物質の毒作用とされ、精神疾患の分類ではない。また、障害年金を申請することができる疾病となっている。 懐疑的見解 化学物質過敏症とされる症状については科学的・疫学的な立証を経たものは少ない。微量の化学物質が多彩な症状を引き起こしているとする客観的な証拠がなく、においや先入観により引き起こされていると考えられることなどから、「化学物質過敏症」という名称自体が適当でないとする意見があり、その診断名称を拒否されている。WHOのICD-10(国際疾病分類)にも化学物質過敏症は認識されていない。また、化学物質過敏症は身体表現性障害の診断基準を満たし、心因性とする意見があり、患者本人が精神疾患であることを認めず身体疾患であることに固執したり、種々の自律神経機能検査で異常を呈することもそれが原因と考える事もできる。むろん、全体として化学物質過敏症の存在可能性は否定し尽くされた訳ではないが、包括的に「化学物質過敏症」として症状を一般化させ患者の恐怖を煽る手法については、疑似科学、およびそれを利用した商法の一種であるとの指摘もなされることがある。また、化学物質過敏症と診断された患者に対して、認知行動療法や抗うつ薬による精神医学的な治療、あるいは祈りなどが功を奏した例が報告されている。シックハウス関連の厚生労働省資料にも「化学物質曝露と症状の関係は否定的」「科学的には化学物質曝露と身体反応には関連はなく,症状の原因が化学物質とはいえない」との記載がある。
※この「化学物質過敏症に関する議論」の解説は、「化学物質過敏症」の解説の一部です。
「化学物質過敏症に関する議論」を含む「化学物質過敏症」の記事については、「化学物質過敏症」の概要を参照ください。
- 化学物質過敏症に関する議論のページへのリンク