共同体内部の富の偏りに対する説明
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/01 07:47 UTC 版)
「憑きもの筋」の記事における「共同体内部の富の偏りに対する説明」の解説
「憑きもの筋」の信仰に関わる重要な要素として、村落共同体の中でも比較的富裕な家に多く見られる、豪農など旧来から村落に居住していた家ではなく、二次的に外部から移住してきた家が財を成した場合に、その家が「憑きもの筋」と見られることが多いことがわかっている。つまり、憑きもの筋の多くは「よそ者の成り上がり者」であり、これが憑きもの筋の信仰に深く関係していると推察できる。 出雲の人狐伝説には支配層と農民層の対立が関係していることが推測できる。松江藩は初代松平直政以来、稲荷神を藩の守護神として定めている。これをならった新興の豪農や豪商は村を搾取していた。一方農民達は山伏系の密教信仰を持っていた。元来山陰は交通の便が悪く、気質は保守的で他人がでしゃばることを好まない気風がある。そういうところによそものが入り込み、急速に富を蓄積していくことは、嫉妬や憎悪が屈折した形で人間関係に反映されてくる。こういった新興富裕層(稲荷神)と旧来からの農民(山伏系密教)の対立が、人狐伝説の源流にあると解釈できる。 小松和彦はここで、石塚尊俊のフィールドワークで得られた「貧乏な憑きもの筋」に注意を払いながら、アメリカの社会人類学者ジョージ・フォスター(英語版)が自著『平和社会と限定された富のイメージ』で述べた、閉鎖的共同体における富の認識方法を援用して、憑きもの信仰の側面を解き明かそうと試みている。つまり、近世日本の農村社会のように生産性が低く、外部と社会的交流の限られた「閉鎖社会」においては、その共同体構成員の共同体内部に存在する富のイメージとして、「富、愛情、好運などは限られた量しかない」という認識方法が一般に存在していた。昔からの富豪はもともと裕福だったのだから、他の共同体構成員にとって何の関係もないが、二次的な移住者が短期間で富を蓄積すると、他の構成員にとって、「あの家は他人の富を横取りして豊かになった」「あの家が豊かになったということは別の誰かの家が貧しくなったということだ」という認識が生まれる。これが村人達の被害者意識を増長させ、「よそ者の富は不法な手段で手にいれたもの」という妄想から誹謗中傷を生じさせ、「憑きもの筋」が負のイメージでみられるようになったという。 江戸時代は士農工商の身分制度が確立し、階級間の流動性が殆どなくなって、それまで全国を流浪していた下級の聖、遊行僧、芸人たちが定住を強いられた時代でもあった。つまり村落共同体に二次的移住者が増加したわけである。そして、江戸時代は貨幣経済が全国的に普及した時代でもあり、閉鎖的な農村の住民においても、隣村や都市と交易をすることにより、商業的才覚や好機さえ摑めば、飛躍的に富を蓄積することが出来るようにもなった時代でもあった。しかし、農村の多くの住民にはこれらの経済システムが理解不能であり、自給自足の村落共同体で富を集中させるために、「よそ者」が憑きものを使役しているという「説明」を容易に受け入れることになったという。 多くの農村では、彼らが「憑きもの筋」となるに至った原因が伝承として語られており、四国のある農村には「犬を殺して呪いをかけた者の子孫」として「犬神筋」(「犬神統」ともいう)が存在している。また憑きもの筋とされる家系の者達も、その多くが村人に流布する悪評を裏付けるように、自らを「憑きもの筋」と認め、それらの動物霊を神として祀っていたところが多い。 以上のように「憑きもの筋」は「急速に富を集中した家」に対する嫉妬や羨望、そして「限定された富」という認識方法から導き出される怨恨などから生じた信仰としての側面をもつと考えられるが、これに類似した信仰として、東北地方にみられる「座敷童子」にも注意を払わなければならない。座敷童子は姿形が童子形として伝えられる妖怪で、家にいる間は富を集めることが出来るが、家から去ると、その家は急激に没落すると信じられている。その性質は「よそ者の成り上がり者」の家にいるとされることが多いなど、憑きものの一種と見て良いほど類似しているが、憑きものが他家から財物を盗んだり、非憑きもの筋の家の誰かに取り憑いて、災禍を引き起こしたりするのに比して、負のイメージで見られることはなく、むしろ福の神のように見られていることが多い。なぜ、憑きものと違って正のイメージで見られるのか、明確なことはわかっていないが、「憑きもの筋」の信仰のある農村は多くが閉鎖的であるのに対し、「座敷童子」の信仰のある農村は、比較的外部との交流が多く、「限定された富のイメージ」が希薄だったのではないかと推定することができるとしている。
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