党分裂
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/15 08:55 UTC 版)
「社会民主党 (日本 1996-)」の記事における「党分裂」の解説
党首に復帰した福島は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行により、日本国政府が配布を決めたいわゆるアベノマスクと呼ばれる布マスクに異物が混入していた問題を巡り、受注企業の社名公表や契約書の開示につなげるなどした。一方、改正新型インフルエンザ等対策特別措置法を巡っては、党が賛成方針を決めたのに対し福島は採決を欠席。党首が党方針に造反するという異例の事態に対し、福島は「ガバナンスに問題があるかもしれないが、社民党の支持者は人権やいろんなことを大事にしていると思う」と釈明した。また、立憲民主党との合流協議については、2月の党大会で「議論の継続」を確認したものの、4月15日には新型コロナウイルスの感染拡大を理由に、一時中断する考えを示した。 6月25日、立憲民主党との間で取りまとめた、合流した場合の党のあり方をまとめた文書を公表した。この中では「自公政権に対峙する力をつくり、政権交代を実現する。両党合流でその歩みを進める意義を確認した」と明記したほか、次期衆院選の比例代表名簿で小選挙区との重複立候補者を同一順位とし処遇に差をつけないことや、地方組織の統合に当たり一部に暫定期間を設けることも盛り込んだ。この文書は立憲幹事長の福山哲郎と吉田で作成し、吉田は立憲民主党との合流の是非を判断する臨時党大会を今秋にも開く意向を示したが、福島は「社民党は合流の意義について確認していない。ゼロベースだ」と述べるなど党内の温度差が明らかとなった。 2020年8月より、福島や大椿が中心となってネット配信番組「夜もフェミテレビ」を開始。主な他の出演者は北原みのりや石川優実、菱山南帆子、笛美など。2021年10月現在で14回放送している。 9月に立憲民主党と国民民主党の一部などが合流し、(新)立憲民主党が結成されたことに対しては、福島は「合流相手の前提条件が変わった」と慎重姿勢を強めた一方、吉田は「新立憲の綱領や規約を精査したが、(前提を)見直す必要はない」と合流に前向きな姿勢を示した。 10月22日、立憲との合流の是非を巡って常任幹事会で協議したが、地方組織からは「党名をなくすべきではない」との意見が相次いでおり、党の解散・合併に必要な党大会での代議員の3分の2以上の賛成が得られる見通しが低いことから、解党による合流を断念した。一方、福島を除く3人の国会議員や、沖縄や大分、東京などの都県組織は合流に前向きであり、代替案として、希望する国会議員や地方組織が党を離れるのを容認するかどうかを問う議案を11月14日の臨時党大会で諮ると決めた。 11月14日、臨時党大会が開催され、立憲民主党への合流を希望する所属議員の離党を容認する議案が可決され、事実上の分裂が決まった。約4時間に及んだ党大会では、合流賛成論と反対論が拮抗し、賛成派の照屋が「先輩方がきずいた遺産をすべて食いつぶしたのはあなただ」と公然と福島を批判した一方、地方組織の代議員が立憲との合流を推進した吉田幹事長の解任を求める動議を提出し否決されるなど時に怒号が飛び交う厳しいものとなり、離党を容認する決議についても出席した167人の代議員のうち賛成は84人で僅差での可決であった。この時点では、所属国会議員4人のうち党に残るのは党首の福島のみで、吉田、吉川、照屋の3人は年内にも離党し立憲民主党に入党する見通しと報じられた。議案可決後、吉田と吉川は離党の意思や時期について支持者らと相談するとして記者団に明言を避けた。照屋は「現段階では考えていない」と早期の離党を否定。12月4日には後継候補の新垣邦男が社民党に残留する意向を示していることから、照屋も残留する意向を固めたと報じられた。 12月17日、吉田忠智幹事長は大分市で記者団の取材に応じ、「離党して立憲民主に合流する。政治を正すためには質的にも量的にもしっかりした野党を作っていかなければならず、社会民主主義的な理念政策を立憲民主の中で広げていきたい」と述べ、立憲民主党への合流を明言した。吉川副党首も「吉田幹事長と一心同体だ」と語った。12月24日の常任幹事会で吉田・吉川の離党が承認され、元衆議院議員の服部良一が新たに幹事長兼選対委員長に就いた。同日には名誉党首と顧問を務める村山富市が党には残るものの、高齢を理由に役職を辞任した。また、11人いた党本部職員は9人が立憲民主党に移籍した。 合流推進派が立憲民主党への合流を急いだ背景には、党勢の衰退により近年の国政選挙では政党要件の維持も危機的な状況にあり、「国会議員がいなくなったら、立憲民主党に相手にもされなくなる」との危機感があったほか、支持母体である自治労の意向もあったとされる。
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