偽造説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/23 07:28 UTC 版)
形式・発見の経緯に不自然な点があるとして、中世・近世に偽造された贋作であるとの説が、これまで幾度も唱えられてきた。考古学的にいえば、出土がこれほどまでに不明確なものは本来ならば史料として扱うのは困難である。それが、史料として扱われてきたのは、ひとえに『後漢書』の「印綬」がこれであるという認識のみからに他ならない。 また、印綬の形式が漢の礼制に合わないという意見もあった。これに対しては、漢代といっても時代が異なるが、蛇鈕を持つ滇王之印の発見をもって漢の礼制に合うとする意見もある。 ほか、三浦佑之は著書『金印偽造事件―「漢委奴國王」のまぼろし』において、 発見地点の付近では、奴国に関する遺構が一切見つかっていない 発見時の記録にあいまいな点が多いこと 江戸時代の技術なら十分贋作が作れること 滇王之印に比べると稚拙 などの点を根拠に亀井南冥らによる偽造説を唱えた。 それに対し、高倉洋彰は 漢代の一寸の実長が判明するまでには長い研究の積み重ねが有り、これが実証されたのは20世紀も後半である。江戸時代以前に知ることは困難で、官印の拓影や封泥などを測れば分かりそうに思えるが、出回っていた印譜集などを測ってもまちまちな数字になってしまう。 もし、贋作者が漢代の官印が方一寸であるのを知るとしたら『漢旧儀』から得たとしか考えられないが、その『漢旧儀』に蛇鈕は載っていない。もし偽物を造るなら、『漢旧儀』に載った亀鈕か、駱駝鈕にするはずである。また、蛇鈕には前漢から晋代までの時代により明確に4段階に分けられるが、漢委奴國王印はその変遷と矛盾しない。江戸時代に、蛇鈕の時代的変遷を知ることは不可能である。 「漢委奴國王」の文字も、偽作するなら『後漢書』の記述に従って「委」を「倭」にする方が自然である。更に「王朝名+民族名+部族名+官職名」とする印文の構成は、匈奴印や叟印と一致しており、これが偶然の一致とは考えられない。 などを論拠に、江戸時代及びそれ以前においては、日本国内はもとより中国であっても知識と情報量が圧倒的に不足しており、偽作は不可能としている。 また、安本美典は偽物に「倭」ではなく「委」を使用するのは不自然とする。また同一工房で同時期に「廣陵王璽」と「漢倭奴国王」の金印が製作されたとして 辺長が、後漢時代の一寸に合っている。 鈕にある魚子鏨(ななこたがね)の文様は、同一の鏨(たがね)によって打ち出されている。 文字は、Ц型とV型の箱彫りに近い形で彫られ、字体もよく似ている。 という点を指摘する。更に安本は、上述の高倉論文を踏まえて 印文の「漢」の字に近い字体は、江戸時代に入手可能な『顧氏集古印藪』『甘氏印正(集古印正)』『宣和集古印譜』といった印譜集には殆ど見られない。 僅かに『宣和集古印譜』に2点類例があるものの、同書では「親魏倭王」など「委」に人編が付いている。同書を元に偽造するなら、「倭」とするのが自然である。「倭」の字は人編を取らねばならないほど複雑な字ではない。また後漢時代、「委」と「倭」は共に「わ」に近い音だったが、江戸時代には「委」は「ゐ」、「倭」は「わ」に近い音である。 『宣和集古印譜』には蛇鈕は一つも載っておらず、他の二著でも同様である。もし偽作するなら、同書の「親魏倭王」と同様に、銅印亀鈕にするはずである。 「滇王之印」と印台の高さ、総高、重さを比較すると、金印のほうがやや大きいものの160-70年の制作年の開きを考慮すれば、ほぼ同じ規格で作られていると見てよい。また両者の金の含有量は近く、印全体の印台の占める割合も一致しており、これを偶然とは見なし難い。 これらの論拠から、金印は摩耗が少なく使用された形跡が殆ど無いなど偽作説にやや有利な材料もあるものの、真印と考えた場合の不都合さと、偽印と考えた場合の不都合さを比較すれば、現状真印である可能性のほうが高いとしている。 宮崎市定は著書『謎の七支刀―五世紀の東アジアと日本』で、同僚の中村直勝から、金印の真物が2個存在することを聞かされたと記している。 工芸文化研究所理事長の鈴木勉は、著書『「漢委奴國王」金印・誕生時空論』で、 廣陵王璽は下書き通りの文字線を忠実に彫ることに適さない「線彫り」で作られている。 「漢委奴國王」金印の文字線は布置(印面のデザイン)を忠実に再現する技法である「浚い彫り」を採用している。 魚々子文様の各部寸法の測定結果では外形が異なることから、両印の魚々子文様に同じたがねは使用されていない。 ことを指摘し、同一時期の同一工房ではないとした。これにより「漢委奴国王」金印と「廣陵王璽」は兄弟印ではないとし、光武帝下賜説の論拠が失われたとしている。
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