中心ブラックホール
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 04:01 UTC 版)
いて座A*に大質量のブラックホールがあるのではないか、という仮説は、1980年代には広く研究されるようになっていた。これは、いて座A*から観測される電波には、熱放射とは異なる原理で放射される電波と、非常に高温の領域から放射される電波と、両方の性質の電波が含まれていること、いて座A*の固有運動が、周辺の天体と比べて非常に小さくほとんど動いていないこと、いて座A*周辺のガスや恒星の運動速度が銀河系中心付近に巨大な質量が存在することを示唆していたことから、そのように予想されていた。 2002年10月16日、マックス・プランク地球外物理学研究所(MPE)のライナー・シェーデルらの研究グループが、いて座A*近くの恒星S2の固有運動を10年間観測した結果、いて座A*は大質量のブラックホールである可能性が高い、と報告した。S2の観測は、強い星間減光の影響を避けるため、近赤外線の干渉計で行い、SiOメーザーを使って電波での観測と位置合わせを行った。いて座A*の近傍にある恒星の中では、S2は明るく運動速度も大きいので、他の恒星と分離して追跡するのに好都合だった。 VLBIの観測によって得られた電波での画像と位置を合わせて重ねると、S2がいて座A*の周りを公転していることが確かめられた。S2のケプラー軌道を精査した結果、いて座A*は質量が太陽質量の約260万倍で、それが半径17光時(120AU)を超えない空間に収まっていると推定された。いて座A*付近の別の恒星S14の観測から同じような推定をしたところ、太陽の410万倍の質量が、半径6.25光時(45AU)以内にあると見積もられた。これらの観測では、同時に地球から銀河系中心までの距離も計算され、約8kpcと求められた。 16年にわたり、いて座A*の周囲を公転する恒星の運動を追跡した結果、S2が公転軌道を1周するのを見届けたMPEのシュテファン・ギレッセンらのグループは2009年、いて座A*の質量を太陽の431万倍と発表した。グループを率いるラインハルト・ゲンツェルは、この質量と密度からすると、ブラックホールであることに疑いの余地はなく、超大質量ブラックホールが実在する最大の証拠である、とした。 現在、いて座A*の質量は、2通りの方法で見積もられている。 ブラックホールの近くを公転する恒星の固有運動を追跡し、ケプラーの法則に基づいて推定する。この方法による推定は、MPEを中心とするグループと、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)を中心とするグループが精力的に行っており、MPEのグループは太陽質量の428万倍、UCLAのグループは402万倍と推定している。この質量が、直径4400万kmの球面内に収まっているとすると、以前の予想より10倍高い密度となる。 ブラックホールからおよそ1pc以内にある、数千に及ぶ恒星の固有運動を測定、統計的な分析から、ブラックホールは太陽質量の360万倍で、その周辺に太陽質量の100万倍分の天体があると推定した。その周辺の天体は、恒星とコンパクト天体とからなると考えられる。 どちらの結果からも、太陽系から26,000光年離れた銀河系中心に、超大質量ブラックホールがあるのは間違いない、と考えられる。 いて座A*の周りを公転する恒星のうち主なものの軌道要素恒星名別名軌道長半径 (")離心率軌道傾斜角 (°)公転周期 (年)近点通過時刻 (年)S1 S0-1 0.595 ± 0.024 0.556 ± 0.018 119.14 ± 0.21 166.0 ± 5.8 2001.80 ± 0.15 S2 S0-2 0.1255 ± 0.0009 0.8839 ± 0.0019 134.18 ± 0.40 16.00 ± 0.02 2002.33 ± 0.01 S4 S0-3 0.3570 ± 0.0037 0.3905 ± 0.0059 80.33 ± 0.08 77.0 ± 1.0 1957.4 ± 1.2 S8 S0-4 0.4047 ± 0.0014 0.8031 ± 0.0075 74.37 ± 0.30 92.9 ± 0.41 1983.64 ± 0.24 S9 S0-5 0.2724 ± 0.0041 0.644 ± 0.020 82.41 ± 0.24 51.3 ± 0.70 1976.71 ± 0.92 S12 S0-19 0.2987 ± 0.0018 0.8883 ± 0.0017 33.56 ± 0.49 58.9 ± 0.22 1995.59 ± 0.04 S13 S0-20 0.2641 ± 0.016 0.4250 ± 0.0023 24.70 ± 0.48 49.00 ± 0.14 2004.86 ± 0.04 S14 S0-16 0.2863 ± 0.0036 0.9761 ± 0.0037 100.59 ± 0.87 55.3 ± 0.48 2000.12 ± 0.06 S17 0.3559 ± 0.0096 0.397 ± 0.011 96.83 ± 0.11 76.6 ± 1.0 1991.19 ± 0.41 S18 0.2379 ± 0.0015 0.471 ± 0.012 110.67 ± 0.18 41.9 ± 0.18 1993.86 ± 0.16 S19 0.520 ± 0.094 0.750 ± 0.043 71.96 ± 0.35 135 ± 14 2005.39 ± 0.16 S21 0.2190 ± 0.0017 0.764 ± 0.014 58.8 ± 1.0 37.00 ± 0.28 2027.40 ± 0.17 S24 0.944 ± 0.048 0.8970 ± 0.0049 103.67 ± 0.42 331 ± 16 2024.50 ± 0.03 S31 0.449 ± 0.010 0.5497 ± 0.0025 109.03 ± 0.27 108.0 ± 1.2 2018.07 ± 0.14 S38 0.1416 ± 0.0002 0.8201 ± 0.0007 171.1 ± 2.1 19.20 ± 0.02 2003.19 ± 0.01 S54 1.20 ± 0.87 0.893 ± 0.078 62.2 ± 1.4 477 ± 199 2004.46 ± 0.07 S55 S0-102 0.1078 ± 0.0010 0.7209 ± 0.0077 150.1 ± 2.2 12.80 ± 0.11 2009.34 ± 0.04 厳密に言うと、観測される質量と大きさを説明するブラックホール以外の解もなくはないが、そのような場合でも、銀河系の年齢より遙かに短い時間で、一つの超大質量ブラックホールへと縮退してしまう。 いて座A*の電波源の中心がブラックホールの位置と一致しているとするならば、重力レンズ効果によって、本当の大きさより拡大された像を見ていると考えられる。一般相対性理論によると、この効果で観測される見かけの大きさは、ブラックホールのシュヴァルツシルト半径の5.2倍以上となる。ブラックホールの質量が太陽の400万倍、地球からの距離が2万6000光年だとすると、この大きさは約52マイクロ秒角以上になる。実際に観測された大きさは37マイクロ秒角なので、理論予測よりかなり小さい。それはいて座A*の電波がブラックホールを中心とする対称的な領域全体からではなく、ブラックホールの周り、事象の地平面に近い降着円盤や、円盤から放出される相対論的ジェットなどの構造にある明るい部分から放射されているからだと考えられる 。 結局のところ、観測で見えているものはブラックホール自体ではないが、いて座A*のすぐ傍にブラックホールがあることになる。観測される電波や赤外線のエネルギー源は、ガスや塵がブラックホールへ落ち込む間に数百万Kの高温へと加熱されたものである。ガスが放射エネルギーを生み出す原理は、放射圧やガス流同士の相互作用などの可能性もあるが、巨大重力源との相互作用とするのが最も理解しやすい。ブラックホール自体からの放射はホーキング放射だけと考えられ、その温度の水準は10−14K程度なので無視できる。 いて座A*は、銀河中心の超大質量ブラックホールとしては「比較的」小さく、電波及び赤外線で輝線が弱いことから、天の川銀河はセイファート銀河ではないと考えられる。一方で、ガンマ線観測衛星インテグラルが、近くの巨大分子雲いて座B2を観測した結果、いて座B2から放射されるガンマ線は、いて座A*からおよそ3-400年前に放出されたX線との相互作用によって生じたことが示唆された。この時の爆発で生じた全放射エネルギーは、毎秒およそ1.5 ×1039 ergで、現在いて座A*から出力されるエネルギーのざっと100万倍高く、典型的な活動銀河核に匹敵するとされる。この結果は、X線天文衛星すざくによる観測でも裏付けられている。
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