プロボクシング転向報道
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「バダ・ハリ」の記事における「プロボクシング転向報道」の解説
2011年9月28日、IT'S SHOWTIME公式サイトにて、2012年1月28日のIT'S SHOWTIMEレーワルデン大会のメインイベントでグーカン・サキとの7年ぶりの再戦が発表されると共に、この試合を最後にバダ・ハリがキックボクシングを引退してアメリカでプロボクシングに転向することが正式発表された。また、2011年10月29日開催予定のK-1 WORLD GP FINAL16南京大会には参戦予定としたものの、決勝大会にはK-1を主催するFEGがIT'S SHOWTIMEおよび他の選手へのファイトマネー未払いを清算しない限り参戦しないことも表明した。結局、K-1南京大会は中止となった。 2012年1月28日、IT'S SHOWTIME 54 & 55にてグーカン・サキと7年ぶりの再戦。1R決着を予告していたバダは、宣言通りの1Rノックアウト勝ちを収めた。試合後に発表されたコメントで「キックに戻ってくることは決してない。もう、キックでは闘志を炊きたてられるものがないんだ。これからの人生をボクシングのリングで築きあげ、夢を実現させたい。第一章は終り、次の戦いの幕が上がるんだ」と語っていた。 ボクシング転向のため、元4団体統一世界ミドル級王者ならび現WBC世界ライトヘビー級王者バーナード・ホプキンスや元3階級制覇王者シェーン・モズリーらを指導しているナジーム・リチャードソンがバダ・ハリのボクシング・トレーナーとなった。 バダがキックボクシング引退を決意した理由の一つが、K-1の主催会社FEGの選手へのファイトマネー未払い問題だったが、2012年にK-1の主催会社がFEGから「K-1グローバルホールディングス」へと変わって大会が開催されていくこととなり、新生K-1第一弾大会となる2012年5月27日にマドリードで開催の「K-1 WORLD MAX 2012 K-1 RISING!」に参戦することとなった。そのため、プロボクシングの試合を行うことなく現在に至っている。 2012年5月27日、新生K-1第一弾大会であるK-1 Rising 2012 〜 K-1 World MAX Final 16 〜 in Madridにて、アンダーソン・ブラドック・シルバと対戦し、1Rにダウンを奪うが、その後は2R途中からはシルバの反撃を受け失速。苦戦を強いられたが判定勝ち。 2012年10月14日に開催されたK-1 Rising 2012 〜 K-1 World Grand Prix 2012 Final 16に出場予定だったが、合計6件の暴行殺人未遂罪と放火罪で逮捕されたため、欠場となった(後述)。 2012年11月9日、一時的に仮釈放されたが、その3日後の11月12日に再逮捕される。以前、被害者と接触し事件のもみ消しを行った前科や被害者や目撃者の脅迫・暴行の可能性などから、『被害者・目撃者との接触の禁止』『レストラン、クラブなどの出入りが禁止』等が仮釈放の条件として出されていたが、それを守らなかったため再逮捕された。 2013年1月22日に、「バダ・ハリ本人が事件に対して全て自供し、認めているため拘留したまま取り調べを続ける理由がなくなった」という理由から、再び仮釈放された。今後は開かれる裁判にその都度出廷する予定となった。 2013年3月15日、K-1 World Grand Prix 2012 Final 8のトーナメントに出場し、準々決勝でザビット・サメドフと対戦。1Rにバダがサメドフの金的を蹴り上げてしまい、その後も金的のダメージによりサメドフが失速するアクシデントがあったがダウンを奪い判定勝ち。準決勝へ駒を進めたが、バダはこの試合で負傷したため同日の準決勝を負傷棄権した。 2013年5月25日、Legend Fighting Showにてザビット・サメドフと再戦。1R早々にサメドフのラッシュでグラつき、1R後半にはクリンチの離れ際にサメドフに左フックを受けてダウンを奪われた。2Rには打ち合いの中でサメドフの右アッパーと左フックを受けて再びダウン。その攻撃でバダは試合放棄し、座ったまま立ち上がらずKO負け。サメドフにリベンジを許した。 2013年11月9日、Legend Fighting Show 2でアレクセイ・イグナショフと再戦。3R判定勝ちを収めた。 2016年12月10日、GLORY Collision: Rico vs. BadrのGLORY世界ヘビー級タイトルマッチで、リコ・ヴァーホーベンと対戦し、2Rに肩を脱臼してTKO負けを喫した。 2018年3月3日、GLORY: Rotterdamでヘスディ・ゲルゲスと再戦し、3R判定勝ちを収めた。しかし、バダ・ハリとゲルゲスの両選手が試合後の薬物検査で陽性となり失格。勝敗はノーコンテストへと変更された。バダ・ハリはドーピング違反により出場停止19ヶ月の処分を受けることとなった。 2019年12月21日、Glory: Collision 2のGLORY世界ヘビー級タイトルマッチでリコ・ヴァーホーベンと再戦。3Rに足を負傷してTKO負けを喫した。 2020年12月20日、GLORY 76でベンジャミン・アデグバイと対戦し、3Rにフックでダウンを奪われると、ミドルキックをボディに受けて2度目のダウン。そのまま立ち上がれず3RKO負けを喫した。 2021年9月4日、GLORY 78でアルカディウシュ・ゾセクと対戦。2Rに左ハイキックを受けて失神KO負け。 2022年3月19日、GLORY 80でアルカディウシュ・ゾセクと再戦。2Rに飛び膝蹴りを受けてダウンを奪われた。バダはなんとか立ち上がるも、その直後に会場のファン達が客席で暴れ出して乱闘騒ぎを起こしたことで試合が中断。その後、試合は続行されず、バダ・ハリ劣勢の展開のままノーコンテストとなった。
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