ウェルシュ菌のイオタ毒素
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/21 01:54 UTC 版)
「二成分毒素」の記事における「ウェルシュ菌のイオタ毒素」の解説
ウェルシュ菌(Clostridium perfringens)はクロストリジウム属に属する嫌気性桿菌である。河川、下水、海、土壌中など自然界に広く分布している。ヒトを含む動物の腸内細菌叢における主要な構成菌であることが多い。少なくとも12種類の毒素を作り、α, β, ε, ιの4種の主要毒素の産生性によりA, B, C, D, E型の5つの型に分類される。E型ウェルシュ菌はα毒素とι(イオタ)毒素の2種類の毒素を主に産出する。ι毒素は独立した2種類の蛋白質からなる二成分毒素である。stilesとWlikinsはイオタ毒素を精製し、毒素は互いに結合や相互作用がなく、Ia成分(軽鎖、イオタa成分)とIb成分(重鎖、イオタb成分)からなる二成分毒素で、両者の共存下で毒素作用を示すことを報告した。イオタ毒素はボツリヌスC2毒素(C2ⅠとC2Ⅱ)や炭疽菌毒素(PA、IF、LF)やスピロフォルム菌イオタ毒素様毒素などと同じADPリボシル化毒素型ファミリーに属する。 イオタ毒素遺伝子はE型ウェルシュ菌のプラスミドDNAからクローニングされた。Ia遺伝子、Ib遺伝子の順に並び、同じ方向で転写され両者の間に存在する短い非コード領域が243b.p存在する。その塩基配列から推定されるIaのアミノ酸配列よりIaは454残基で発現する。N末側の41残基のシグナルペプチドが外れて、413残基の分子量47,605の蛋白質として産出される。このプロトキシンからN末端の13残基のプロペプチドがはずれ活性体は400残基である。Ibは876残基(分子量98,467)で発現され、N末側の39残基のシグナルペプチドがはずれ、836残基(分子量941.023)から成るプロトキシンとして菌体外に放出される。プロトキシンはタンパク分解酵素の作用で211残基のプロペプチドがはずれ664残基のアミノ酸からなる分子量74,147の成熟タンパクとなることが知られている。Iaの推定アミノ酸配列と他の蛋白質の配列を比較すると、スピロフォルム菌が産出するι毒素様毒素の酵素成分であるSaとは約80%と高いアミノ酸相同性を示す。さらに同じADPリボシル化毒素ファミリーの酵素成分(A成分)セレウス菌とバチルス・チューリンゲンシスのVIP2の配列とは32%の相同性が認められ、C2毒素のC2Ⅰとは10%の相同性である。百日咳毒素、大腸菌易熱性エンテロトキシン、コレラ毒素、ボツリヌスC2毒素、ボツリヌスC3毒素、セレウス菌殺虫毒素といった種々のADPリボシル化酵素のアミノ酸配列には芳香族アミノ酸-Arg、芳香族アミノ酸-疎水性アミノ酸-Ser-Thr-Ser-疎水性アミノ酸、Glu/Gln-x-Gluの配列はよく保存されている。この部位はNAD+の結合や触媒活性に関与する共通モチーフと考えられている。さらにADPリボシル化毒素の中で立体構造が明らかになっているジフテリア毒素やコレラ毒素などと比較するとアミノ酸配列に相同性は認められないがADPリボシル化活性に寄与する触媒cavityの構造は著しく類似している。コレラ毒素、百日咳毒素、ジフテリア毒素はA-B毒素として知られている。 イオタ毒素は致死、皮膚壊死活性、細胞毒性(細胞の円形化)などの作用がある。ι毒素はIaとIbの両方の投与で致死作用を示す。すなわちマウスにIa(4ng以上)、Ib(50ng以上)の静注をするとマウスは死亡する。マウスのいずれかの成分を静注し、120分後に他方の成分を静注しても致死活性が認められる。一方、Iaを投与後、抗Ia抗体、その後Ibを投与すると致死活性は阻害されるが、Ibを投与して、抗Ib抗体、次にIaを投与しても致死活性は阻害されない。モルモット皮膚壊死活性は、Ibを皮下に投与後、Iaを腹腔内投与しても認められるが、この逆の投与は活性を示さない。これらのことから生体内における毒素の作用はIbが特異的な受容体に結合することによって開始することが報告された。かつては、二成分毒素は単独では生物活性は示さないと考えられていたが、IbがVero細胞においてモノマーで細胞膜に結合後、7量体のオリゴマーを形成し、ラフトに集積後Kイオン遊離を誘導すること、さらにIb単独でエンドサイトーシスを誘導して細胞内に進入することが明らかになった。細胞膜上で7量体のオリゴマーを形成し、細胞からカリウムイオンの遊離作用を示すが細胞死は引き起こさない。Iaは筋肉、または非筋肉のGアクチンのArg残基をADPリボシル化する。一方、同じ二成分毒素でADPリボシル化毒素でもあるボツリヌスC2毒素のC2Ⅰは非筋肉のGアクチンのみをADPリボシル化する。Iaは基質特異性が広いのが特徴である。ADPリボシル化活性はNAD+をニコチンアミドとADP-リボースに水解するNAD+グリコハイドロラーゼ(NADase)活性と、このADP-リボース部をアクチンに転移させるトランスフェラーゼ(ARTase)活性から成る。徳島文理大学の永浜政博らはIaの分子中で、酵素活性に関与しているアミノ酸残基をアミノ酸置換とカイネティック分析より解析した。295位Argと338位Ser残基はNAD+の結合に関与し、295位Arg、338位Ser、380位Glu残基はNADase活性に、378位Glu残基はARTase活性に関与していることを報告している。さらに彼らはIaとNADH共結晶のX線結晶解析を行った。彼らはその立体構造からIaはNドメイン(N末端側1~210残基)とCドメイン(C末端側211~413残基)の2つのドメインからなることを明らかにした。これら2つのドメインはいずれも大きなcavityを有し、非常によく似た立体構造を示した。IaのNドメインは酵素活性に重要なアミノ酸残基が全て存在し、そこにNADHが結合する。IaのCドメインはIbと相互作用すると考えられている。 まとめるとイオタ毒素の作用機序はIbモノマーが細胞膜のLSRに結合し 7量体オリゴマーを形成し脂質ラフトに集積する。IbオリゴマーにIaのNドメインが結合する。IaとIbオリゴマーの複合体はエンドサイトーシスで細胞内に取り込まれる。初期エンドソームの酸性化によりIaが細胞質に遊離する。遊離したIaが細胞質のアクチンをADPリボシル化して細胞毒性を示す。ι毒素はアクチンArg177にADPリボシルグループを転移させる。Ιa毒素は非筋肉、筋肉のアクチン両方に作用する。Gアクチン(球状アクチン)をADPリボシル化するがFアクチン(Gアクチンが重合したマイクロフィラメント)には作用しない。GアクチンがADPリボシル化するとGアクチンのFアクチン重合能が消失し細胞骨格の構造が変化して細胞の変形が起こると推察されている。 Ib自体はアミノ酸配列は炭疽菌防御抗原(PA)と34%、ボツリヌス菌C2毒素のC2Ⅱと41%の相同性を示す。立体構造から4つのドメインからなる。ドメイン1(1-84)が酵素成分との結合、ドメイン2(84-302)が膜侵入領域、ドメイン3(302-416)がオリゴマー形成、ドメイン4(416-664)が細胞への結合へ関与している。PAとIbのドメインごとのアミノ酸配列のそれぞれは41%、40%、35%、16%であり、ドメイン4の配列類似性が低い。これは両者の結合部位の違いと考えられている。またボツリヌスC2毒素のC2Ⅱとドメインごとのアミノ酸配列はドメイン1は34%、ドメイン2は38%、ドメイン3は36%と高い相同性があるが、ドメイン4は相同性が存在しない。 イオタ毒素の受容体はクロストリジウム・ディフィシルの二成分毒素毒素であるCDTと同様にLSRである。LSRは肝臓、小腸、大腸、肺、腎臓、副腎、精巣、卵巣を含む多くの組織で高発現している。またLSR以外にCD44も受容体である可能性が示されている。 Ibのドメイン4の一部である442-664アミノ酸残基からなるリコンビナント蛋白質Ib442-664はLSR(angulin-1)と相互作用する。Ib442-664はangubindin-1と言われるようになった。LSRは脳微小血管内皮にも発現しているためangubindin-1を用いると分子量5000程度のアンチセンスオリゴヌクレオチドが血液脳関門を通過し中枢神経系に送達される。angubindin-1は細胞毒性を示さず、マウスにも安全に投与可能である。
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