防衛大綱
別名:防衛計画の大綱
日本の国防政策に関する基本的な指針のこと。正式には「防衛計画の大綱」と呼ばれる。
1994年(平成7年)11月28日に安全保障会議および村山内閣の閣議で決定された「平成8年度以降に係る防衛計画の大綱」では、冷戦終結などをはじめとした国際政治情勢を鑑み、防衛力の見直しが行われた他、即応予備自衛官制度が設けられた。
2004年(平成16年)12月10日に安全保障会議および第2次小泉改造内閣の閣議で決定された「平成17年度以降に係る防衛計画の大綱について」では、大量破壊兵器の拡散や国際的テロリズムの激化などを踏まえて、防衛力を積極的に活用する方針に転換されたほか、防衛庁が防衛省へと格上げされた。
2009年、自民党から民主党への政権交代後に鳩山由紀夫内閣において、与党となった民主党が改定に乗り出したが、2009年10月9日に改訂を2010年末まで1年先送りすると発表。
菅直人内閣においては、民主党において防衛大綱について「武器輸出三原則」の見直しなどが議論されており、2010年11月末現在、新防衛大綱は2010年12月に改訂される見通しとなっている。
関連サイト:
防衛大綱と防衛力整備 - 防衛省
防衛大綱の見直し等に関する閣僚委員会 - 首相官邸(2009年10月16日)
ぼうえい‐たいこう〔バウヱイタイカウ〕【防衛大綱】
防衛大綱(ぼうえいたいこう)
防衛大綱とは、日本に対する侵略行為を未然に防ぐことを基本に、実際に発生した侵略にも対処できる安全保障政策を定めたもの。別表で防衛力の具体的な水準を示している。
内閣に設置されている安全保障会議は、内閣総理大臣(首相)の諮問に応じて「防衛計画の大綱」を策定する。1995年に閣議決定した防衛大綱の改定では、これまでの基本方針に加え、大規模な災害への自衛隊の活用が盛り込まれた。
総理府(当時)が2000年に行った世論調査によると、自衛隊の存在目的について、67%の人が災害時の救援活動や緊急の患者輸送などの「災害派遣」と答えている。そして、侵略行為に対する「安全の確保」(59%)、PKOなどの「国際貢献」(25%)と続く。
政府は、2005年度をめどに防衛大綱の見直しを目指している。テポドン事件や不審船事件、アメリカで発生した同時多発テロ事件を踏まえ、国際情勢の変化に対応するためだ。平和維持のための国際協調として、自衛隊の本来任務にPKO(国連平和維持活動)を盛り込むことを検討している。
△防衛庁「防衛大綱」
△内閣府「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」
▲関連キーワード「次期中期防衛力整備計画」
(2002.01.17更新)
【防衛大綱】(ぼうえいたいこう)
日本の国防政策の基本的指針。正式には「防衛計画の大綱」という。
内閣の安全保障会議などの検討を経て、閣議で検討・決定される。
関連:QDR 政経中枢師団
歴代の防衛大綱
防衛大綱は1976年に策定されて以来、2013年現在までに三度改定されている。
- 第1次防衛大綱
- 1976年策定、1995年廃止。
当時の米ソ冷戦に対応したもので、ソ連を第一の仮想敵国として「侵略に対処しうる防衛体制の構築」によって侵略の抑止を図ることとされ、ソ連が擁する核兵器の脅威についてはアメリカの核報復力に依存していた。
- 第2次防衛大綱
- 1995年策定、2004年廃止。
1980年代後半以後の世界的な軍事情勢の変化(東欧諸国の民主化、ソ連の解体に伴う冷戦の終結など)によって、旧大綱の前提が変わったことを受け「基礎的防衛力構築」の踏襲などに加え、大規模自然災害への対処や「安全保障環境の構築への貢献」などが明示された。
また、自衛隊のハイテク化・近代化を進め、さらに弾力的な運用を目指すこととなり、予備自衛官制度の拡張(即応予備自衛官・予備自衛官補の創設)や陸上自衛隊の戦略級部隊単位の改編が行われた。
ぼうえいたいこうと同じ種類の言葉
- ぼうえいたいこうのページへのリンク