馬肉
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/13 09:57 UTC 版)
馬肉食
馬肉を一般的な食材として食べている国にはフランス周辺のフランス語圏の他に、日本、アイスランド、アルゼンチン、カザフスタン、カナダ、中華人民共和国、メキシコ、モンゴル国、ベルギー、ポーランド、ルーマニア[3]などがある。カナダでは主にケベック州で、モンゴルでは主に西部で食用となっているなど、国によっては地域によって一般性に違いがある場合もある。これらの国では、食用の馬肉が生産され、そのままを食材とする他、ソーセージ、コンビーフ、肉団子などの馬肉加工食品としても消費されている。
日本は馬肉の多くをカナダから輸入してきた。フランスやメキシコからの買い付けや国産馬肉もある[10]。ベルギーはアメリカ合衆国やウルグアイ[11]などから輸入している。
日本
獣肉食が宗教上の禁忌とされ、食用の家畜を飼う文化が九州の一部や近江国彦根藩などを除いて一般的ではなかった江戸時代の日本本土では、廃用となった役用家畜の肉を食すことは半ば非公然的ではあるが貴重な獣肉食の機会であった。
一部の地方では馬肉は400年以上も前から重要な蛋白源として重用されてきた。熊本県や長野県[12]、福島県などの郷土料理として供されることで知られている「馬刺し」[13]の他、なんこ鍋などの鍋料理としても食べる地域がある。熊本県では馬肉を使ったミンチカツなども売られている。長野県では文久の初め頃より食す者が増え、1885年(明治18年)には約1530頭が食用にされた[14]。
馬肉は桜肉とも呼ばれる。ヘモグロビンやミオグロビンが多い赤身部分が空気に触れると桜色となること由来とされている。牛肉が高かった時代のニューコンミートに代表される加工食品の増量材等に使用されていた冷凍トリミング(主に南米産)、馬刺しや「桜鍋」用の生鮮肉(現在はほとんど北米産、若干欧州産)と用途も分かれている。2014年時点では流通している馬肉の多くはカナダからのものである[15]。さらに近年では年間2000〜5000頭がカナダから生体として輸入されており、カナダ産国内肥育の馬肉として生産されている。アメリカ合衆国からの輸入も多かったが、2007年に同国内最後の馬の屠畜場が閉鎖になって以降は輸入が途絶えており、代わりにメキシコ経由での輸入が増えている。そのほかアルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ[11]などからも馬肉を輸入している。国内産では廃用となった競走馬の一部も食用に回されている。
2021年には、8月29日が「馬肉の日」として日本記念日協会に登録された[16]。
- 馬肉輸入量推移[17](単位:トン)
- 平成23年(2011年)6,942
- 平成24年(2012年)6,825
- 平成25年(2013年)6,828
- 平成26年(2014年)6,890
- 平成27年(2015年)7,719
- 平成28年(2016年)8,036
- 平成29年(2017年)8,401
- 平成30年(2018年)8,874
- 日本国内馬枝肉生産量推移[17](単位:トン)
- 平成23年(2011年)4,867
- 平成24年(2012年)4,896
- 平成25年(2013年)5,464
- 平成26年(2014年)5,379
- 平成27年(2015年)5,113
- 平成28年(2016年)3,670
- 平成29年(2017年)3,916
- 平成30年(2018年)3,850
日本国外への輸出量は平成10年(1998年)以降はゼロなので[17]、輸入量と国内生産量を合わせた数が馬肉の国内消費量となる。だいたい年間1万2千トン前後で推移している。
枝肉生産量(トン) | 屠畜頭数 | |
---|---|---|
熊本県 | 2,396.0 | 5,999 |
福島県 | 1,154.5 | 2,893 |
青森県 | 510.9 | 1,280 |
福岡県 | 461.7 | 1,157 |
山梨県 | 281.4 | 705 |
秋田県 | 136.0 | 341 |
長野県 | 115.3 | 289 |
山形県 | 95.0 | 238 |
高知県 | 57.9 | 145 |
北海道 | 54.3 | 136 |
岐阜県 | 48.8 | 122 |
群馬県 | 40.4 | 101 |
岐阜県 | 26.7 | 67 |
徳島県 | 21.6 | 54 |
沖縄県 | 21.5 | 54 |
長野県 | 14.7 | 37 |
その他 | 37.6 | 94 |
合計 | 5,379.3 | 13,474 |
但し、馬の飼育数と馬肉の生産量は比例していない[18]。
料理
- 馬刺し(ばさし) - 生の馬肉を食べる料理
- おたぐり - 長野県伊那谷地方の馬のもつ煮
- なんこ鍋 - 北海道と東北地方の郷土料理
- さいぼし - 馬肉を使用した日本のジャーキー
- 馬焼肉 - 馬肉を鉄板で焼いて食べる料理
- 馬肉ラーメン - 山形県長井市で食されている馬肉を使ったラーメン
アメリカ合衆国
馬肉食をタブー視する人も多いが、様々な国から移民を受け入れているアメリカでは、馬肉を好む人もいる。メキシコやカナダの処理場に馬を輸出し、馬肉を輸入する人々もいる。
イギリス
イギリスでは、食用馬肉の屠畜と消費は法律で禁じられていない。18世紀から19世紀にかけてはペットフード用の肉を扱う猫肉屋が馬肉も用いていた。複雑に入り組んだヨーロッパの食品流通経路により、イギリスの食卓にも長年、馬肉が使用されている。
英語で「馬を食べる」(eat a horse)といった場合、(丸々一頭食べられるほど)空腹であるという意味で、あくまで比喩表現である。「a」が付いているので「馬肉」という肉の種類を表すのではなく個体として「馬」を表すので「eat a chicken」と言っても同じである(鶏を丸々一羽食べられるほど空腹)。
中国
中国は2008年の統計で702.8百万匹を有し[19]、197,984トンを生産した、世界一の飼育、産出国であるが、中国国内で馬肉そのままを食材として調理する例は限られ、ほとんどが輸出用、ソーセージ、肉団子などの加工食品用に利用されている。地域的には東北部、西北部、内モンゴル自治区に偏在して飼育されている[20]。近年は華北地域を中心に馬肉を輸出用に加工できる施設が増えている[20]。
中国において馬肉を食した記録は紀元前から見られ、紀元前645年の韓原の戦い後において秦の穆公が晋軍を追って、逆に包囲された時、西戎の兵300人が晋軍を撃退し、この時、穆公は西戎に良馬を食べさせたが、役人が捕まえて罰しようとしたため、「良馬の肉を食べた時は酒を飲まないと腹を壊すと聞いている」と言って、酒を賜い、その罪を許し、この西戎は「馬酒兵」と呼ばれることになる[21]。これは馬を食すことが罪であったと同時に特例として許した記述である。
明の李時珍がまとめた『本草綱目』は、馬肉は「辛、苦、冷、有毒」という性質で、傷中を治し、余熱を下げ、筋骨を育て、腰や脊を強くし、壮健、飢餓感を抑える効果があるとする[22]。薬効は認めながら、むやみに食べてはならないという立場である。これに対して馬乳は「無毒」、また、同じウマ属で、山東省や河北省などの華北地域では一般的かつ美味な食材として消費されているロバの肉も「無毒」と記されている。
中国料理としての馬肉料理の例としては下記がある。
- 馬肉米粉 - 広西チワン族自治区桂林市の名物料理。この地域の米粉は福建省、台湾のビーフンと違い、細うどんほどの太さの、切り口が丸い米の麺である。これを馬の肉と骨でとったスープに入れ、煮てスライスした馬肉を載せて供される。この地域においても、豚肉、牛肉の方が広く食べられており、馬肉料理は限られる。
- 馬肉火鍋 - 貴州省恵水県の名物の鍋料理。
また、中国国内の少数民族料理の例として下記がある。
- 熏馬肉 - 新疆ウイグル自治区イリ・カザフ自治州のカザフ族伝統の馬肉の燻製。旧ロシア連邦のカザフスタン料理と共通する。
- 熏馬腸 - カザフ語で「қазы」(カズィ、卡茲)。同じく新疆ウイグル自治区イリ・カザフ自治州のカザフ族伝統の非常に太い腸詰の燻製。
-
東京で提供されている馬刺し
-
馬刺し
フランス
フランスでは、馬肉食は一般的であり、馬の頭部を店頭に並べたり、真っ赤な看板に金色の馬の頭部の作り物を飾ったりするのが決まりである。フランス革命後の混乱期に食糧が逼迫した時に、ナポレオン・ボナパルトが戦場で死んだ馬の肉を食用にすることを許した。ほどなく正式に馬肉の市場取引が認められ、1870年代に普仏戦争でドイツ軍がパリを包囲した時は多くの馬が処分された。安くて庶民的な食品として家庭で食べられるが、高級レストランに出ることはない[23]。ただ、フランス国内の馬肉業者は、ソビエト連邦の崩壊後に東欧から安い馬肉が流入したことで壊滅状態となった。フランス産馬肉が減った結果、フランス人の馬肉消費量も減りつつある。食肉業界の統計によれば、フランスで消費される食肉のうち、馬肉が占める割合はわずか0.4%程度で、1年に1回以上馬肉を食べるという家庭も5世帯に1世帯にも満たない。ただし、BSE問題で、店舗によっては客足が戻りつつあるという[24]。
料理としてはタルタルステーキの他、仔牛のカットレットのように馬肉を調理する場合もある。
- ^ Basic Report: 17170, Game meat, horse, raw Agricultural Research Service , United States Department of Agriculture , National Nutrient Database for Standard Reference , Release 26
- ^ Basic Report: 17171, Game meat, horse, cooked, roasted Agricultural Research Service , United States Department of Agriculture , National Nutrient Database for Standard Reference , Release 26
- ^ a b 小泉武夫【食あれば楽あり】馬刺しの至福 桜握りに涎ピュルピュル『日本経済新聞』夕刊2022年5月23日(同日閲覧)
- ^ 肉類
- ^ 馬肉
- ^ 日本馬肉協会 2013, p. 49.
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- ^ 「馬肉を介したザルコシスティス・フェアリーによる食中毒Q&A」農林水産省(2015年11月17日閲覧)
- ^ 日本馬肉協会 2013, pp. 54, 58–63.
- ^ 「馬肉輸入価格5年で4割高 カナダの生産者、牛肥育にシフト 国内需要は旺盛」『日本経済新聞』朝刊2018年10月5日(マーケット商品面)2018年10月6日閲覧
- ^ a b c “「気高い動物」を食用処理 ウルグアイで馬救出の取り組み”. www.afpbb.com. 2023年1月25日閲覧。
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- ^ 農用馬の活用による地域振興[リンク切れ]
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- ^ 渡邉良浩『春秋戦国』洋泉社 2018年 pp.55 - 56.
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- ^ “米国の馬屠殺防止法案を取巻く情勢(アメリカ)”. (財)競馬国際交流協会. 2004年8月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年3月9日閲覧。
- ^ Alan Bjerga; Amanda J.Crawford (2013年4月6日). “米、馬肉生産再開に賛否両論”. サンケイビズ (ブルームバーグ). オリジナルの2013年4月19日時点におけるアーカイブ。 2013年4月7日閲覧。
- ^ CASSELL BRYAN-LOW; RUTH BENDER (2013年2月12日). “欧州で馬肉混入スキャンダル 食品のラベル表示に不信高まる”. ウォール・ストリート・ジャーナル 2013年2月12日閲覧。(詳しくは馬肉混入問題を参照)
- ^ “豪競走馬、年数千頭が虐待され食肉処理か 日本にも輸出 潜入調査報道”. AFP (2019年10月18日). 2019年10月18日閲覧。
- ^ 『巨人軍5000勝の記憶』p.18
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