YAYAとは? わかりやすく解説

Yaya

名前 ヤヤ

Ya-Ya-yah

(YAYA から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/01/17 05:38 UTC 版)

Ya-Ya-yah
出身地 日本
ジャンル J-POP
活動期間 2001年[1] - 2007年10月
レーベル ポニーキャニオン2002年
事務所 ジャニーズ事務所
メンバー 薮宏太
八乙女光
鮎川太陽
山下翔央
旧メンバー 赤間直哉
星野正樹
安藤靖浩
吉田雄基

Ya-Ya-yah(ヤーヤーヤー)は、ジャニーズ事務所に所属していたジャニーズJr.男性アイドルグループ

グループ名の由来については、結成時のメンバーの頭文字[2]、初期メンバー[注 1]のイニシャル[3]ビートルズの曲『A Hard Day's Night』(旧邦題『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』)[4][5]など諸説ある。

メンバー

プロフィール出典[2]

旧メンバー

  • 赤間直哉(あかま なおや、1991年4月5日 - ) - 東京都出身。
  • 星野正樹(ほしの まさき、1987年10月10日 - ) - 東京都出身。
  • 安藤靖浩(あんどう やすひろ、1987年1月21日 - ) - 大阪府出身。
  • 吉田雄基(よしだ ゆうき、1987年11月16日 - ) - 東京都出身。

来歴

2001年
  • 2001年冬にグループが結成される[1]
2002年
  • 2月23日発売の『Myojo』4月号にて薮宏太・鮎川太陽・赤間直哉・山下翔央の4名で、平均年令11.5才の新ユニット「YA-YA」(ヤーヤー)として紹介される。グループ名はメンバーのイニシャルから[7]
  • Duet』4月号にて薮宏太・鮎川太陽・山下翔央・赤間直哉・星野正樹・安藤靖浩・吉田雄基の7名で、平均年齢12.7才のJr.新ユニット「YA-YA-YAH」として紹介される[2]
  • フジテレビの大型スポーツイベント「KICK!ODAIBA 2002」(4月27日 - 5月6日)のオープニングイベントに参加してスペシャルライブを行い、CDデビュー決定を発表[8]。この時のメンバーは薮宏太、赤間直哉、山下翔央、鮎川太陽、星野正樹の5人[1][8]
  • 5月15日、『勇気100%/世界がひとつになるまで』にてCDデビュー[1]。ユニットの平均年齢は当時の事務所において史上最年少のCDデビューであった[1][8]
2003年
2004年
2005年
2007年
  • 9月21日、薮と八乙女が同事務所所属グループ「Hey! Say! JUMP」のメンバーとなり[1]、番組『Ya-Ya-yah』も10月27日放送分で最終回を迎え、その後活動が見られなくなる[注 2]
2017年

作品

CD

楽曲

タイアップに関してはジャニーズ タイアップ一覧#Ya-Ya-yahを参照のこと。JASRAC公式サイトの「作品データベース検索サービス」において、アーティスト名に「Ya-Ya-yah」を含む楽曲の検索結果をもとに記述。

  • LOVE together 2002[8](作詞:堂本光一、作曲:馬飼野康二[注 3]
    • JASRAC作品コード:092-9792-8
  • 合言葉はYa-Ya-yah[17](作詞:YUKAKO、作曲:馬飼野康二)
    • JASRAC作品コード:106-0850-8
  • Singin for you[17](作詞:TAKESHI、作曲:ha-j
    • JASRAC作品コード:108-0870-1
  • Just wanna lovin' you[17](作詞:平田純子、作曲:清水達也
    • JASRAC作品コード:109-9452-1
  • Up Down Ya-Ya-yah[17](作詞・作曲:永井真人
    • JASRAC作品コード:109-9349-5:
  • START![17](作詞・作曲:酒井ミキオ)
    • JASRAC作品コード:122-6017-7
  • Never stop the Music[17](作詞:成瀬英樹飯田建彦、作曲:飯田建彦)
    • JASRAC作品コード:122-6021-5
  • 2 of Us[17](作詞:821R・飯田建彦、作曲:飯田建彦)
    • JASRAC作品コード:122-6022-3
  • 風に乗って(作詞・作曲:岩崎貴文
    • JASRAC作品コード:126-6173-2
  • ひまわりのメロディ(作詞:相田毅、作曲:谷本新)
    • JASRAC作品コード:128-7037-4
  • 新しい夜明け(作詞:小間浩子、作曲:酒井ミキオ
    • JASRAC作品コード:122-6018-5
  • BAD★NICE(作詞:相田毅、作曲:西岡和哉)
    • JASRAC作品コード:134-9085-1
  • IKUJINASHI(作詞・作曲:宮崎歩
    • JASRAC作品コード:128-7059-5
  • JEWEL STAR(作詞:821R/漆野淳哉、作曲:清水昭男
    • JASRAC作品コード:132-4821-9
  • サマー×サマー×サマー!(作詞:日比野裕史・821R、作曲:日比野裕史)
    • JASRAC作品コード:132-7454-6
  • TO THE FREEDOM(作詞・作曲:Gajin
    • JASRAC作品コード:134-9082-6
  • 愛しのプレイガール(作詞:Zopp、作曲:熊谷憲康)
    • JASRAC作品コード:137-0182-7
  • 手をつないでゆこう(作詞:Ya-Ya-yah・酒井ミキオ、作曲:酒井ミキオ)
    • JASRAC作品コード:137-0192-4
  • 世界がひとつになるまで(作詞:松井五郎、作曲:馬飼野康二)
    • JASRAC作品コード:028-9763-6
  • 憧れのEGOIST(作詞:古屋真、作曲:TSUKASA
    • JASRAC作品コード:134-9096-6
  • いま進もう(作詞:八乙女光、作曲:磯崎建史)
    • JASRAC作品コード:140-7468-1
  • BABY BABE(作詞[18]白井裕紀.新美香、作曲:JOVETTE RIVERA AND JOEY CARBONE
    • JASRAC作品コード:142-9646-2
  • U-WA U-WA(作詞:TAKESHI、作曲:飯田建彦)
    • JASRAC作品コード:103-5110-8

出演

各メンバー単独出演は、それぞれの記事に記載。

バラエティ

CM

舞台

コンサート

ジャニーズJr.としての出演のみ。その他は#単独コンサートを参照。

単独コンサート

2005年 1月2日 新年so-soh 金八トリオYa-Ya-yah コンサート 1か所1公演
1万5000人動員[13]
横浜アリーナ 初の単独コンサート[13]NEWSKAT-TUNが応援に駆け付けた[13]
3月26日 Ya-Ya-yah 春休み横浜アリーナコンサート 1か所2公演
3万人動員[33]
横浜アリーナ 2度目の単独コンサート[34]。オリジナル曲を中心に全25曲を披露。「金八トリオ卒業記念コンサート」と題され、亀梨和也がスペシャルゲストとして登場。『3年B組金八先生』で八乙女が演じた丸山しゅうの“特別卒業式”が行われ、劇中では受け取れなかった卒業証書が渡される演出もあった。[33][34]

イベント

  • KICK! ODAIBA 2002(2002年4月29日 - 5月6日、お台場 フジテレビ) - 薮・赤間・鮎川・山下・星野[8]
  • 忍たま乱太郎 10周年記念イベント(2002年5月12日、Zepp TOKYO) - 薮・赤間・鮎川・山下・星野[35]
  • 忍たま乱太郎 公開イベント(2002年6月22日、Zepp TOKYO) - 薮・赤間・鮎川・山下・星野
  • パタヤミュージックフェスティバル(2003年3月19日 - 24日、タイ王国) - 薮・八乙女(メンバー外として出演)・山下

連載

関連書籍

脚注

注釈

  1. ^ 出典[3]にはY(藪)、A(赤間)、Y(山下)、A(鮎川)、H(星野)と記載されている。
  2. ^ 解散との公式声明は無し[15]
  3. ^ 原曲は2001年に発表された☆☆I★N★G★進行形のオリジナル曲[16]

出典

  1. ^ a b c d e f g h i 高城龍二 (2015年11月17日). “【ジャニーズ深堀】幻のグループ「Ya-Ya-yah」 Hey!Say!JUMP登場で複雑なファン心理と、メンバーの今”. T-SITEニュース. 2015年11月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年11月28日閲覧。
  2. ^ a b c 「YA-YA-YAH発進!」『Duet』2002年4月号、ホーム社、50-51頁。 
  3. ^ a b 田中誠「[ZipZap]仕事、気合入る いえーいッ Ya-Ya-yahの皆さん」『読売新聞』2003年3月6日、朝刊2部、第1面。
  4. ^ “ジャニーズJr.が最年少武道館ライブ”. Daily Sports online. (2006年11月26日). オリジナルの2006年11月28日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20061128074940/http://www.daily.co.jp/gossip/2006/11/26/0000176808.shtml 2017年2月16日閲覧。 
  5. ^ a b “「ジャニーズJr」武道館で新春公演”. Sponichi Annex. (2007年1月3日). オリジナルの2007年1月10日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20070110005917/http://www.sponichi.co.jp/entertainment/special/2005jya/KFullNormal20070103008.html 2016年12月25日閲覧。 
  6. ^ a b アーティスト詳細 - 八乙女光”. TOWER RECORDS ONLINE. タワーレコード (2012年8月30日). 2016年2月21日閲覧。
  7. ^ 「来!来!Jr.軒 はじめまして!Jr.平均年令11.5才の新ユニット誕生! YA-YA」『Myojo』2002年4月号、集英社、2002年2月23日、102-103頁。 
  8. ^ a b c d e “Ya-Ya-Yah、光GENJIの曲でCDデビュー”. SANSPO.COM. (2002年4月28日). オリジナルの2003年10月5日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20031005150927/http://www.sanspo.com/geino/top/gt200204/g_top2002042804.html 2016年1月8日閲覧。 
  9. ^ a b “ジャニーズJr.藪宏太が宿題抱えて舞台”. nikkansports.com. (2003年7月25日). オリジナルの2003年8月10日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20030810014118/http://www.nikkansports.com/ns/entertainment/p-et-tp0-030725-0005.html 2016年12月25日閲覧。 
  10. ^ Johnny’snet>Artists>Hey!Say!JUMP>Biography>2003”. 2019年10月2日閲覧。
  11. ^ 「アラタメマシテ!」『duet』2004年6月号、ホーム社、56-59頁。 
  12. ^ “Ya-Ya-yahの鮎川ら出演…TBS金八先生”. SANSPO.COM. (2004年9月5日). オリジナルの2005年2月7日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20050207085849/http://www.sanspo.com/geino/top/gt200409/gt2004090508.html 2016年7月7日閲覧。 
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  15. ^ a b 薮宏太&八乙女光、“Ya-Ya-yah”復活が話題「帝劇が揺れた」”. モデルプレス (2017年1月19日). 2017年1月25日閲覧。
  16. ^ “光一“演出”ジャニーズ新ユニット”. Sponichi Annex. (2001年6月27日). オリジナルの2001年12月13日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20011213232208/http://www.sponichi.co.jp/entertainment/kiji/2001/06/27/02.html 2016年7月7日閲覧。 
  17. ^ a b c d e f g 「金八トリオ卒業記念 Ya-Ya-yah 05春休み横浜アリーナコンサート」『Wink up』2005年6月号、ワニブックス、74-75頁。 
  18. ^ Works”. SnowWhiteMusic. 2026年1月17日閲覧。
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  21. ^ 山下翔央のCM出演情報”. ORICON STYLE. 2015年12月27日閲覧。
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  23. ^ "Johnny's net>Artists>Hey!Say!JUMP>Biography>Hey!Say!JUMP>2003"”. 2019年10月1日閲覧。
  24. ^ “「Ya−Ya−yah」がスタンド・バイ・ミー”. Sponichi Annex. (2004年5月17日). オリジナルの2004年6月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20040624212021/http:/www.sponichi.co.jp/entertainment/kiji/2004/05/17/05.html 2016年7月7日閲覧。 
  25. ^ “Ya-Ya-yah1年ぶりの「スタンド・バイ・ミー」”. SANSPO.COM. (2004年5月16日). オリジナルの2005年2月7日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20050207183646/http://www.sanspo.com/geino/top/gt200405/gt2004051715.html 2021年8月8日閲覧。 
  26. ^ DVD『One! -the history of Tackey-』の付属ブックレットにあるクレジットにて確認。
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  29. ^ 「ジュニアの夏も熱い!」『POTATO』2006年9月号、学研、2006年8月7日、65-66頁。 
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  33. ^ a b “金八卒コンYa-Ya-yahハマで弾ける4人組、2度目単独ライブ”. CHUNICHI Web Press. (2005年3月27日). オリジナルの2005年3月27日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20050327035429/http:/chuspo.chunichi.co.jp/00/hou/20050327/spon____hou_____000.shtml 2019年2月7日閲覧。 
  34. ^ a b “Ya-Ya-yahが2度目の単独コンサート”. SANSPO.COM. (2005年3月27日). オリジナルの2005年12月3日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20051203222334/http:/www.sanspo.com/geino/top/gt200503/gt2005032704.html 2019年2月7日閲覧。 
  35. ^ “「Ya-Ya-yah」にキャーキャーキャー1万人”. SANSPO.COM. (2002年5月13日). オリジナルの2003年12月8日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20031208050818/http:/www.sanspo.com/geino/top/gt200205/g_top2002051303.html 2016年7月7日閲覧。 
  36. ^ アーティスト情報 > ジャニーズJr.”. Johnny's net. ジャニーズ事務所. 2007年2月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月24日閲覧。
  37. ^ ジャニーズJr. > Media”. Johnnys net. ジャニーズ事務所. 2007年10月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月24日閲覧。
  38. ^ ““ジャニーズ作品”漫画化ラッシュ”. Sponichi Annex. (2005年6月26日). https://web.archive.org/web/20051214181658/http://www.sponichi.co.jp/entertainment/special/2005jya/KFullNormal20050626011.html 2016年7月7日閲覧。 

yayA

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/07/17 07:55 UTC 版)

yayA(公式プロフィール写真)

yayAは、新潟県出身のシンガーソングライター。誕生日は5月18日、血液型はAB型。『励まし系シンガーソングライター』として、『いつもあなたのそばに』『心に寄り添う応援歌』をテーマに歌い続けている。ソウルフルな力強さと温かな繊細さをあわせ持つ歌声は、聴く人の心にすっと染み入り、オリジナル曲、ライブ、ラジオ、イベントMC、バックコーラス、楽曲提供など、幅広い活動へとつながっている。

経歴・人物

テレビで見たマライア・キャリーの歌声に感動したことをきっかけに、yayAはシンガーを志すようになる。

クラブイベントで女性R&Bシンガーの歌に強い刺激を受け、ボイストレーニングに通い始めたことが、本格的に歌を学ぶ出発点となった。

最初はアマチュアコースで学んでいたが、講師からプロの道を勧められたことで、歌手として生きていく意識を深めていく。

その後、ボイストレーニングで出会った講師が指導するゴスペルクワイアに参加したことが、yayAの歌唱の土台を築く大きな転機となった。

ゴスペルで培った力強い発声、ハーモニー感覚、ソウルフルな表現、心地良く正確なリズム感に乗せて、聴き手へまっすぐ声を届ける姿勢は、現在のyayAの歌声にも深く息づいている。

歌の奥にある太さ、包み込むような温かさ、言葉を支える芯の強さは、この時期の経験と強く結びついている。

wizでの活動

yayAがソロ活動を始める前に組んでいたのが、Kana Okamotoとの女性ボーカルデュオwizである。

二人の声が重なった時に生まれる独特のハーモニーと、ミュージカル的なドラマ性は、ソロのyayAとも、Brotherhoodで見せるyayAとも異なる魅力を持っている。

wizは、yayAにとって過去の活動というだけではない。

2025年5月17日に目黒BLUES ALLEY JAPANで開催されたバースデーワンマンライブ『ヤヤノオト -BIRTH-』では、後半に『wiz Showtime』としてKana Okamotoを迎えたコーナーが設けられ、カバー曲やTERUMとのコラボ楽曲『黄昏のハーモニー』などが披露された。

二人の声の相性の良さ、声を重ねた時にだけ生まれる特別な感覚は、wizならではの大きな魅力である。

さらに2026年7月26日には、池袋・Absolute Blueでwizライブ『Magic in Harmony 〜wizが奏でる魔法の灯〜』が開催予定となっている。

1部は12:00開場/12:30開演、2部は15:30開場/16:00開演の入替制で、出演はwiz、Kana Okamoto、yayA、山本佳祐、星野沙織、吉田貴博。

ミュージカルで鍛えたKana Okamotoと、ソロ活動やBrotherhoodで表現の幅を広げてきたyayAが、どのようなセットリストとハーモニーを届けるのか、再始動したwizの今後にも期待が集まる。

ソロ活動の開始

2013年春、yayAは『励まし系シンガーソングライター yayA』としてソロ活動を開始した。同年8月13日に1stアルバム『After the rain』を発売し、以後、関東圏を中心にライブ活動を重ねながら、オリジナル曲を軸にした表現を積み上げていく。

活動は関東を中心としながらも、ライブやイベント出演に合わせて各地へ遠征し、歌を届ける場を広げてきた。

初期作品には、現在の『心に寄り添う応援歌』へつながる楽曲が多く含まれている。

1stアルバム『After the rain』には、『かたち』『太陽』『声』『心音』『光』『約束』を収録。

雨上がりの光を思わせるタイトルどおり、痛みや迷いの先にある希望、前へ進む力が感じられる作品である。

2015年の2ndアルバム『HERE I AM』では、『私はここにいる』というタイトルが象徴するように、孤独や不安を抱える人の存在に寄り添うようなメッセージが強くなっていく。

2016年の3rdアルバム『Song Letter』は、聴き手の心に手紙を届けるような作品で、日常の感情、前向きな言葉、人と人とのつながりをテーマにした楽曲が並んでいる。

インディーズ期の代表作

2018年7月、1stシングル『home』を発売。『貴方はひとりじゃない。心のホームがここにある。』という言葉のとおり、yayAの歌が持つ“帰る場所”のような温かさを感じさせる作品である。同年11月には4thアルバム『Gift』を発売。ここで歌われる『当たり前をありがとうに変える』という視点は、後のメジャーデビューシングル『Gift』へとつながっていく大切なテーマになった。

2018年には東京キネマ倶楽部でワンマンライブを開催し、300人を超える観客を動員。2019年にはそのライブを収録したDVD『Gift』を発売している。DVDには『声』『ヒーロー』『home』『Alone』『YOU!!!!!』『太陽でありたい』『TOBIRA』『約束』『Motto』『Gift』『I Will Always Love You』『その先へ』などが収録され、インディーズ期の集大成ともいえる内容になっている。

2021年には5thアルバム『Through the Rain』を発売。『Life Goes On!』『希望のせいだ』『たいせつ』『ならば生きよう』『ALIVE or ALIVE』など、苦しさの中でも生きる力を見つけるような楽曲が並ぶ。

yayAの音楽は、ただ明るく励ますだけではなく、傷ついた心や弱さをそのまま受け止め、その先へ進むための灯りをともすような力を持っている。

メジャーデビュー

2022年8月24日、徳間ジャパンコミュニケーションズよりシングル『Gift』でメジャーデビュー。

インディーズ期から大切に歌われてきた人気曲『Gift』をリテイクした作品で、収録曲は『Gift』『希望のせいだ』『たいせつ』の3曲。

発売に合わせて、タワーレコード川崎、イオンマリンピア、イオン南越谷などでリリース記念イベントも行われた。

『Gift』は、yayAの音楽を象徴する代表曲のひとつである。

日常の中にある当たり前を『ありがとう』に変えていく視点は、yayAが歌い続けてきた感謝、再生、前向きさを凝縮したものでもある。

その後の楽曲『Present』へもつながる、大切な軸になっている。

オリジナル曲の世界

yayAのオリジナル曲には、『Gift』『希望のせいだ』『たいせつ』『Through the Rain』『Life Goes On!』『ならば生きよう』『ALIVE or ALIVE』『home』『約束』『Motto』『TOBIRA』『365日消えない灯台』『Present』などがある。

初期楽曲の中でも『声』は、1stアルバム『After the rain』と2ndアルバム『HERE I AM』の両方に収録され、ライブDVD『Gift』でも1曲目に置かれている。yayAの歌手としての原点を感じさせる重要な楽曲である。また『約束』は1stアルバムに収録された後、4thアルバム『Gift』にも再び収録されており、長く大切に歌われてきた一曲といえる。

『365日消えない灯台』は、yayAの“心のそばにいる歌”という姿勢を象徴する楽曲のひとつである。2025年のバースデーワンマンライブでも強い思いを込めて届けられた曲であり、聴き手の暗闇の中に消えない灯りをともすような、yayAらしいメッセージが込められている。

2025年のバースデーワンマンライブでは、CDシングル『Present』も会場発売された。2026年には配信作品としても公開され、配信ページでは『Present』『明日がはじまり』『365日消えない灯台』の3曲が並ぶ。作詞・作曲・プロデュース・ボーカルはいずれもyayA名義となっており、自身の言葉と音楽で届ける新たな作品として位置づけられる。

ライブとカバー曲

yayAのライブは、オリジナル曲を中心にしながら、会場やイベントの雰囲気に合わせてカバー曲も織り交ぜるスタイルで行われる。

J-POP、R&B、ソウル、ゴスペル、歌謡曲、ミュージカルナンバー、洋楽バラードなど、ジャンルを横断しながら、その曲を“自分の言葉”として届ける表現力がある。

バースデーワンマンライブ『ヤヤノオト -BIRTH-』では、wizとしてのコーナー、オリジナル曲、カバー曲がひとつの流れとして構成され、ライブ全体がひとつの物語のように展開された。「365日消えない灯台/yayA」や「道化師のソネット/さだまさし」には特に深い思いが込められ、yayAがその時に伝えたかった感情がステージ全体に強く表れていた。

Brotherhoodでの活動

近年のyayAにとって、横浜ケントスを中心に活動するバンドBrotherhoodでの活動も大きな存在になっている。Brotherhoodは、“ALL AROUND BLACK MUSIC”をコンセプトに、60〜70年代のソウル、R&B、ファンク、ディスコクラシックスを軸にしたステージを展開するバンドで、横浜ケントス、銀座ケントス、錦糸町ヒューズボックス、鴨川FOOMYS などで、ディスコ、ソウル、R&B、Bruno Marsナンバーなど毎回観客も踊って盛り上がる!

その他にもサザンオールスターズ関連楽曲に特化した「サザンナイト」もあり、満員御礼が続いている。

Brotherhoodでは、歌唱に加えてダンスを取り入れたステージを行っている。ソロ活動でのシンガーソングライターとしてのステージとは異なる構成で、活動形態に応じたパフォーマンスを披露している。

ラジオ・YouTube・SNS

yayAは、ラジオパーソナリティー、イベントMC、バックコーラス、作詞・作曲家としての楽曲提供など、歌以外の活動も幅広く行ってきた。YouTube公式チャンネル「yayAtube」では、楽曲、MV、ライブ関連映像、ラジオアーカイブなどに触れることができる。

最新のライブ予定や出演情報は、lit.linkにまとめられている。lit.linkには横浜KENTOS、SOUL NIGHT、wizライブ『Magic in Harmony』など、直近のスケジュールが掲載されており、現在の活動を追う入口になっている。

yayAの魅力

yayAの魅力は、力強さと温かさが同時に存在する歌声にある。

ソウルフルに響き温もりのある低域、繊細な感情表現、言葉をまっすぐ届ける歌い方。

その根底には、マライア・キャリーへの憧れ、R&Bシンガーから受けた衝撃、ボイストレーニング、ゴスペルクワイアでの経験、そして長く積み重ねてきたライブ活動がある。

yayAの楽曲は、ただ「頑張れ」と背中を押すだけではない。

傷ついた心、迷い、不安、孤独、悔しさ、感謝、再生。そのすべてを一度受け止めたうえで、もう一歩だけ前へ進む力をくれる。

だからこそ「励まし系シンガーソングライター」という言葉は、単なるキャッチコピーではなく、yayAの音楽そのものを表す言葉になっている。

ソロのyayA、wizのyayA、BrotherhoodのyayA。

それぞれに違う表情がありながら、中心にあるのはいつも「歌で誰かの心のそばにいること」。

その軸があるからこそ、オリジナル曲でも、カバー曲でも、ディスコステージでも、yayAの歌は聴く人の心に届く。

ディスコグラフィ

yayA ディスコグラフィ(公開情報を元に作成)2026.7.11現在
発売・公開日 種別 タイトル 内容
2013年8月13日 1st Album After the rain 1.かたち

2.太陽

3.声

4.心音

5.光

6.約束

2015年3月25日 2nd Album HERE I AM 1.声

2.ラブバム

3.結~ゆい~

4.世界で一番あなたがスキ

5.ロンリースパイダー

6.てとて

7.Here I Am

2016年10月9日 3rd Album Song Letter 1.Song Letter(intro)

2.TOBIRA

3.あなたでよかった

4.幸せの魔法

5.YOU!!!!!

6.イマココ

7.ヒーロー

8.Showtime!!

9.てとて(Bossa ver.)

10.ふたり feat.Kana Okamoto

11.笑おう

12.まぶた

13.ラブノジャク

14.マイステージ

15.たからもの

2018年7月4日 1st Single home 1.home

2.その先へ

3.春風

2018年11月7日 4th Album Gift <Type-A>

AとBで ジャケット 違いで発売

1.Gift

2.Alone

3.Love 2 U

4.約束

5.Motto

6.太陽でありたい

7.Love Yourself

2018年11月7日 4th Album Gift <Type-B>

AとBで ジャケット 違いで発売

1.Gift

2.Alone

3.Love 2 U

4.約束

5.Motto

6.太陽でありたい

7.Love Yourself

2019年7月24日 Live DVD Live DVD『Gift』 2018年11月3日、東京キネマ倶楽部ワンマンライブを収録。

1.声

2.ヒーロー

3.home

4.Alone

5.YOU!!!!!

6.太陽でありたい

7.愛なんだ

8.Love 2 U

9.世界で一番あなたがスキ

10.TOBIRA

11.約束

12.Motto

13.人生は夢だらけ

14.Love Yourself

15.Showtime!!

16.プレゼント

17.Gift

18.イマココ

19.I Will Always Love You

20.その先へ

2021年8月8日 5th Album Through the Rain 1.Life Goes On!

2.希望のせいだ

3.理由

4.未来へ

5.たいせつ

6.ならば生きよう

7.ALIVE or ALIVE

8.休み時間をあげよう

9.たいせつ -pf ver.-

2022年8月24日 Major Debut Single Gift 徳間ジャパンコミュニケーションズより発売。

品番TKCA-75088

1.Gift

2.希望のせいだ

3.たいせつ

2025年5月17日 CD Single Present バースデーワンマンライブ『ヤヤノオト -BIRTH-』会場で

発売された3曲入りCDシングル。 1.Present

2.明日がはじまり

3.365日消えない灯台

2026年 Streaming Present 1.Present

2.明日がはじまり

3.365日消えない灯台

脚注

外部リンク


ヤ・ヤ

(YAYA から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/12 04:24 UTC 版)

「ヤ・ヤ」
リー・ドーシーシングル
初出アルバム『Ya! Ya!』
B面 ギブ・ミー・ユー
リリース
規格 7インチシングル
録音
  • 1961年
ジャンル
時間
レーベル フューリー・レコード
作詞・作曲
  • リー・ドーシー
  • ボビー・ロビンソン
  • C.L.ブラスト
  • モリス・レヴィ
プロデュース ボビー・ロビンソン
チャート最高順位
後述を参照
リー・ドーシー シングル 年表
  • ラバー・オブ・ラブ
  • (1961年)
  • ヤ・ヤ
  • (1961年)
  • ロック
  • (1961年)
Ya! Ya! 収録曲
ヤ・ヤ
(A-1)
ギブ・ミー・ユー
(A-2)
テンプレートを表示

ヤ・ヤ」(Ya Ya)は、リー・ドーシーの楽曲で、1961年2月7日にフューリー・レコードから発売されたアルバム『Ya! Ya!』に収録された[1]。5か月後の7月29日にシングルとしてリリースされた[2]

作詞作曲は、ドーシーとボビー・ロビンソン[注釈 1]で、子供たちが童謡を唱和する様子に触発されて作ったといわれている。

この曲は1961年にビルボード・ホット100で7位、R&Bシングルチャートで1位を記録した[5]

1973年のアメリカ映画『アメリカン・グラフィティ』の挿入歌として使われ、サウンドトラック盤にも収録された。

ビートルズがデビュー前の1961年から1962年にかけて、ハンブルクリバプールなどで、ジョン・レノンのリードボーカルで本作をライブ演奏していたことが知られている[6]が、録音は現存していない。

ジョン・レノンによるカバー

「ヤ・ヤ」
ジョン・レノンシングル
初出アルバム『ロックン・ロール
A面 ビー・バップ・ア・ルーラ
リリース
規格 7インチシングル
録音
ジャンル ロック
時間
レーベル アップル・レコード
プロデュース ジョン・レノン
ジョン・レノン シングル 年表
  • スタンド・バイ・ミー
  • (1975年)
  • ビー・バップ・ア・ルーラ/ヤ・ヤ
  • (1975年)
ロックン・ロール 収録曲
ボニー・モロニー
(B-4)
ヤ・ヤ
(B-5)
ジャスト・ビコーズ
(B-6)
ミュージックビデオ
「Stand By Me (Ultimate Mix, 2020)」 - YouTube
テンプレートを表示

1973年9月、アルバム『マインド・ゲームス』が完成すると、レノンは妻オノ・ヨーコのもとを離れ、2人の個人秘書であったメイ・パンとともにカリフォルニア州ロサンゼルスで同棲生活を始めた[7]

10月、 チャック・ベリーの楽曲の出版権者だったモリス・レヴィが起こしていた著作権侵害をめぐる裁判の審理が12月に始まるという通知がレノンの下に届いた。レヴィは「カム・トゥゲザー」がベリーの「ユー・キャント・キャッチ・ミー」のメロディと酷似しており、さらに歌詞の一部 "Here come a flat-top"(「カム・トゥゲザー」では "Here come old flat-top")を使用しており[8][9]、著作権を侵害していると主張し、ノーザン・ソングスらを相手取って提訴していた[10]。レノンはこれに関して一貫してベリーの影響は認めていたが、盗作は否定していた。

折しもフィル・スペクターと共にオールディーズ・カバー・アルバムのレコーディングを始める予定だったレノンは、法廷外で和解することにした[11]。和解の条件として、レノンが次に発表するアルバムにレヴィのビッグセブン出版社が所有する楽曲から「ユー・キャント・キャッチ・ミー」「エンジェル・ベイビー」、そして「ヤ・ヤ」の3曲を収録することが取り決められた[12][13]ところが、セッション中にスペクターがマスターテープを持ったまま失踪してしまうという事件が起こり、3曲のうち本作は録音されないまま中断を余儀なくされてしまった[注釈 2]

1974年のレノン

1974年4月下旬、スペクターからテープを取り戻すことをいったん諦め、やむなくニューヨークに戻ったレノンは自らのプロデュースでアルバム『心の壁、愛の橋』を制作し発表した。しかし、おまけのように収録された本作[注釈 3]以外が全て新曲だったため、約束を反故にされたと感じたレヴィが激怒し、和解を撤回し再提訴すると通告してきた[12]。慌てたレノンはレヴィにレコーディングが遅れている経緯を説明し、取り戻したセッション・テープを聴かせて、実際にカバー・アルバムを制作中であることを示して納得させた。10月から録音を再開し、11月には本作も含むアルバム『ロックン・ロール』が完成した。

スタンド・バイ・ミー」に続く2枚目のシングルとして、日本[14]やスペイン[15]、デンマーク[16]などでは「ビー・バップ・ア・ルーラ」のB面としてリリース、ドイツでは6月30日にA面[17][18]としてリリースされ、9月15日メディア・コントロール・チャートで47位に達した [19][20]

演奏者(ジョン・レノン版)

その他のアーティストによるカバー

フランスでは、ジョルジュ・アベールリュシアン・モリスによってフランス語歌詞がつけられ、当時流行していたツイスト・ビートにアレンジされた「ヤ・ヤ・ツイスト」が制作された。

脚注

注釈

  1. ^ アルバム収録時はC.L.ブラストもクレジットされていた[3]が、シングル盤からは外れていた[4]。後にモリス・レヴィも加えられたが、実際にかかわっていたかは疑問視されている。
  2. ^ スペクターは3月31日に交通事故で瀕死の重傷を負って入院、セッション・テープの所在は分からなかった。
  3. ^ 後に「失われた週末("Lost Weekend")」とレノンが語ったこの時期、パンの尽力により、前妻シンシアとの間に生まれた息子ジュリアンとの再会を果たしていた。ある日のセッションの休憩中、当時11歳だった息子がドラムを叩き、レノンが合わせてピアノを弾きながら歌った即興演奏が録音され、その1分ほどの断片が収録されていた。
  4. ^ 1984年の『The Early Tapes of the Beatles』のビル・ハリーのライナーノーツによると、参加ミュージシャンはトニー・シェリダン(ギター&ボーカル)、リッキー・バーンズ(サックス)、ロイ・ヤング(ピアノ)、ピーター・ウォートン(ベース)、ジョニー・ワトソン(ドラム)。

出典

  1. ^ (英語) Ya! Ya! by Lee Dorsey on Apple Music, (1961-02-07), https://music.apple.com/us/album/ya-ya/1333442051 2024年5月10日閲覧。 
  2. ^ Lee Dorsey - Ya Ya”. Hitparade.ch. 2024年5月10日閲覧。
  3. ^ Lee Dorsey – Ya! Ya!”. Discogs. 2026年3月10日閲覧。
  4. ^ Lee Dorsey – Ya Ya / Give Me You”. Discogs. 2026年3月10日閲覧。
  5. ^ Whitburn 2004, p. 169.
  6. ^ Lewisohn 1996, p. 365.
  7. ^ ジョン・レノン元愛人のマンション、約5億7000万円で売りに出される | ENCOUNT
  8. ^ Womack 2019, p. 126.
  9. ^ Doggett 2005, p. 167.
  10. ^ Doggett 2011, pp. 106, 210.
  11. ^ Doggett 2011, p. 210.
  12. ^ a b Self, Joseph C.. “Lennon v. Levy – The Roots Lawsuit”. abbeyrd.best.vwh.net. 2022年3月31日閲覧。
  13. ^ John Lennon: The Roots of Rock 'N' Roll”. rarebeatles.com. 2022年3月31日閲覧。
  14. ^ -John-Lennon-Be-Bop-A-Lula”. Discogs. 2013年3月30日閲覧。
  15. ^ John Lennon - Be-Bop-A-Lula (Vinyl) at Discogs
  16. ^ -John-Lennon-Be-Bop-A-Lula”. Discogs. 2013年3月30日閲覧。
  17. ^ charts.de - Ya Ya”. charts.de. 2013年4月5日閲覧。
  18. ^ John Lennon - Ya Ya / Be-Bop-A-Lula (Vinyl) at Discogs”. Discogs. 2013年3月30日閲覧。
  19. ^ charts.de - Ya Ya”. charts.de. 2013年4月5日閲覧。
  20. ^ charts.de - Ya Ya”. charts.de. 2014年8月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年4月5日閲覧。
  21. ^ Tony Sheridan & The Beat Brothers– Ya Ya at Discogs”. Discogs (1962年10月). 2020年8月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年7月19日閲覧。
  22. ^ Tommy James & The Shondells – It's Only Love”. Discogs. 2026年3月10日閲覧。
  23. ^ Mouse And The Traps – Cryin' Inside”. Discogs. 2026年3月10日閲覧。
  24. ^ The Hombres – Let It Out (Let It All Hang Out)”. Discogs. 2026年3月10日閲覧。
  25. ^ George Faith – To Be A Lover”. Discogs. 2026年3月10日閲覧。
  26. ^ Trio – Trio”. Discogs. 2026年3月10日閲覧。
  27. ^ Trio – Live Im Frühjahr 82”. Discogs. 2026年3月10日閲覧。
  28. ^ Lee Michaels – 5th”. Discogs. 2026年3月10日閲覧。
  29. ^ Ike Turner – His Woman, Her Man”. Discogs. 2026年3月10日閲覧。
  30. ^ Steve Miller – Born 2B Blue”. Discogs. 2026年3月10日閲覧。
  31. ^ Johnny Hallyday – Ya Ya Twist "Ya Ya" / La Faute Au Twist”. Discogs. 2026年3月10日閲覧。
  32. ^ ultratop.be - Johnny Hallyday - Retiens la nuit”. Ultratop. 2017年12月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月11日閲覧。
  33. ^ Petula Clark – Ya Ya Twist / Si C'Est Oui C'Est Oui”. Discogs. 2026年3月10日閲覧。
  34. ^ Petula Clark in the French charts”. Petulaclark.net. 2012年7月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年5月21日閲覧。
  35. ^ “Official Singles Chart Top 50 (26 July 1962 - 01 August 1962)”. Official Charts Company. 2019年9月24日閲覧.
  36. ^ Les Vautours Avec Vic Laurens – Ya Ya Twist”. Discogs. 2026年3月10日閲覧。
  37. ^ Dalida – Ya Ya Twist”. Discogs. 2026年3月10日閲覧。
  38. ^ Sylvie Vartan – Nouvelle Vague”. Discogs. 2026年3月10日閲覧。

参考文献

外部リンク

John Lennon

YAYA(やや)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/03 05:47 UTC 版)

フラレガール」の記事における「YAYA(やや)」の解説

響らと同じ学校へ通う2年生少女

※この「YAYA(やや)」の解説は、「フラレガール」の解説の一部です。
「YAYA(やや)」を含む「フラレガール」の記事については、「フラレガール」の概要を参照ください。

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