TL年代測定(熱ルミネッセンス法)による供給源の考察
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「岩神の飛石」の記事における「TL年代測定(熱ルミネッセンス法)による供給源の考察」の解説
立正大学地球環境科学部の下岡順直は、岩神の飛石の形成された年代を調べるため「熱ルミネッセンス法」(以下、TL法と略す)による測定を、前橋市教育委員会による「岩神の飛石環境整備事業」の一環として行った。 TL法とは鉱物が加熱されることによって、それまで蓄積された放射線量が一旦リセット(タイムゼロイング)された後、そこから今日に至るまでに浴びた自然放射線量(蓄積線量)を、1年間で被ばくする放射線量(年間線量)で除算することで年代を求める方法で、元々は遺跡で発掘された土器など、考古学の世界で1960年頃から使用されていた年代測定法であったが、1980年代から溶岩や火山灰の年代測定としても用いられ始めた。 下岡は2003年(平成15年)に、岩神の飛石から南南西方向にあたる高崎市烏川の中州にある「聖石(ひじりいし)」と、少し下流に架かる佐野橋の南側河川敷にある溶解した紫色集岩塊(通称「赤石」)についてTL法を使用した年代測定を行っており、これらの岩塊が22,000年前から34,000年前という絶対年代を得ていた。 高崎市「聖石」と「赤石」のTL年代測定結果(2003年)試料名蓄積線量(Gy)年間線量(mGy/年)TL年代(Ka)測定方法聖石(1)43.2±7.8 1.98±0.11 22±4.1 Poly-mineral 聖石(2)46.3±6.7 1.98±0.11 23±3.6 微粒子法 佐野橋南赤石(1)74.1±19.6 2.17±0.11 34±9.2 Poly-mineral 佐野橋南赤石(2)69.2±6.9 2.17±0.11 32±3.6 微粒子法 「岩神の飛石および類似する赤石」のTL法測定分析結果(2016年)試料名みかけの総被ばく線量(Gy)U(ppm)Th(ppm)K(wt%)年間線量(mGy/年)TL年代(Ka)岩神の飛石11 0.29±0.36 2.36±1.33 0.77±0.15 1.40±0.20 - とうけえ石4 0.43±0.24 0.45±1.84 0.33±0.15 0.76±0.21 - 坂東橋東岸の露頭103 0.23±0.24 2.08±1.87 0.87±0.15 1.44±0.21 - 佐久市の赤岩弁天堂24.2±3.1 0.23±0.31 3.37±1.21 0.43±0.15 1.17±0.18 21±4 烏帽子岳山頂18 0.50±0.33 4.67±1.86 1.24±0.15 2.31±0.22 - 「岩神の飛石環境整備事業」の一環として採取された試料は、岩神の飛石に類似する複数の赤褐色の岩石とともに群馬県立自然史博物館の協力を得て、TL法による測定被ばく線量の測定が行われた。 菅原が採取した類似岩塊の試料のうち、比較対象として適した4つの試料(岩神の飛石を含めると計5つ)の測定結果を右記の表に示す。 測定された類似する岩塊は とうけえ石(中之条町指定天然記念物) 坂東橋東岸の露頭で採取された赤褐色溶岩 佐久市の赤岩弁天堂の赤褐色岩 烏帽子岳 (上田市・東御市)山頂の赤褐色溶岩 以上の4つである(位置は上記「#類似する複数の赤石セクション」の地図を参照のこと) 測定の結果、これらの試料には特徴的な挙動が見られた。このうち「坂東橋の東岸露頭」のみが他とは明らかに異なる103Gyという線量値を示しており、岩神の飛石をはじめ、ここで比較した他の赤褐色岩塊試料の被ばく線量は4Gyから24Gyと見積もられた。これは下岡が2003年(平成15年)に測定していた高崎市内の「聖石」「佐野橋南の赤石」と矛盾する数値ではない。このように「坂東橋の東岸露頭」については赤城山起源と考えられ、「岩神の飛石」を含むその他の岩塊試料の被ばく線量が同じような挙動を示すことから、「岩神の飛石」は浅間山起源と考えるのが妥当と判断された。 ただ、今回使用された試料はポリミネラル試料と呼ばれる重合体(多鉱物試料)であり、TL測定ではルミネッセンスが観察されやすい長石からの反応が主にあったと想定されるため、試料のTL強度には何らかの減衰が生じた可能性があるという。そのためここで計測された蓄積線量は下岡によって「みかけの総被ばく線量」と表現されている。TL発光強度が相対的に高い長石からのTLには、異常減衰と呼ばれる現象も報告されており、他にも試料の風化による影響なども考慮しなければならなかった。 下岡は再度、岩神の飛石の風化が進んでいない、南側面中央部分付近から80グラムほどの試料を採取し、その結果を2019年(令和元年)に報告した。80グラムの風化していない試料は前回の調査時と同様、立正大学地球環境科学部において処理と測定が行われた。最初に岩片表面の太陽光に曝されている個所の除去とフッ化物の削ぎ落とし処理が暗室で行われ、最終的に約75から150µmの粒度を抽出して測定用試料とした。 TL法による測定は同じく立正大学地球環境科学部に設置されているTL/OSL測定装置NRL-99-OSTL2-KUが使用され、測定用試料へのGy付加照射や粉砕した岩石片の年間線量が測定された。さらに同科学部に設置されているキャンベラ製モデル7229P-7500SのGe半導体検出器を使い、岩石中のウラン、トリウム、カリウムから放出されるγ線を計測し、その値を産業技術総合研究所が提供する「岩石標準試料」から作成した検量線を用いて、放射性元素の濃度を見積もった。そこから換算した結果、岩神の飛石の年間α線量、年間β線量、年間γ線量が計算された。 風化が起こっていない、より新鮮な岩石を採取したことで、安定したTL強度が得られ、異常な減衰の影響をほとんど受けることのない、みかけの総被ばく線量ではない、測定結果が得られたという。 「岩神の飛石」のTL年代測定結果(2019年)総被ばく線量(Gy)U(ppm)Th(ppm)K(wt%)年間線量(mGy/年)TL年代(Ka)71.6±16.8 0.79±0.21 3.04±1.00 1.18±0.15 2.16±0.17 33±8 風化していない試料を使用した今回の測定により、岩神の飛石の被ばく線量から得られたTL年代は33±8Ka(3万3千年プラスマイナス8千年)と考えられた。これは前述の前橋泥流や高崎市「聖石」佐久市「赤岩弁天堂」の年代よりも、やや古い時代であるが、その要因として、約24,000年前の前橋泥流を引き起こした浅間山の山体崩壊では、それ以前に噴出した噴火物も山体の一部として崩壊、あるいは巻き込んで流下した可能性が考えられる。下岡は現時点での結論として、約3万年前の浅間山(浅間火山)の噴火活動によって噴出した溶岩が固まって「岩神の飛石」の原形となり、その数千年後の山体崩壊で発生した前橋泥流によって、今日の前橋市街地まで運搬された可能性が高いと考えた。
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