フェリクス4世 (ローマ教皇)
(Pope Felix IV から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/18 08:48 UTC 版)
| フェリクス4世 | |
|---|---|
| ローマ教皇 | |
| |
|
| 教皇就任 | 526年7月12日 |
| 教皇離任 | 530年9月22日 |
| 先代 | ヨハネス1世 |
| 次代 | ボニファティウス2世 |
| 個人情報 | |
| 出生 | 不明 サムニウム |
| 死去 | 530年9月22日 不明 |
| その他のフェリクス | |
フェリクス4世(Felix IV, ? - 530年9月22日)は、ローマ教皇(在位:526年 - 530年)。カトリック教会で聖人とされる。
選任の背景
西ローマ帝国が滅び、ゲルマン人オドアケルの勢力が衰えると、その地の支配者は東ゴート族のテオドリックとなる。彼はアリウス派に属していたが、東ローマ帝国のユスティヌス1世がアリウス派の弾圧を始めると、ヨハネス1世を教皇位につけて使節団と共に東ローマ帝国に派遣する。しかしヨハネス1世は高齢であり、和睦の役目を果たせずローマに帰り、テオドリックの怒りに触れて獄死する。ヨハネス1世が死去すると、使節団の一員だった助祭のうち、テオドリックの意を解する者としてフェリクス4世として教皇に選ばれた。前教皇とは異なり、5年間の期間を王宮で平穏に終える。
異教建築物の転用
ローマのフォロ・ロマーノには神々および歴代の皇帝を祀る建築物が築かれていたが、中世を経るとそれらはキリスト教への礼拝堂や教会に転用されていく。その最初の先鞭をつけたのがフェリクス4世とされている。彼が転用した建物は聖都神殿と隣り合うロムルスを祀る廟であり、コスマスおよびダミアノスという2人の殉教者への教会堂(サンティ・コスマ・エ・ダミアーノ聖堂)へと作り替えた。現在、フェリクス4世の姿は同教会のモザイク画に残されている。
参考文献
- P.G.マックスウェル・スチュアート著、高橋正男監修『ローマ教皇歴代誌』創元社、1999年12月。ISBN 4-422-21513-2
「Pope Felix IV」の例文・使い方・用例・文例
- 生兵法は大けがのもと 《少しばかりの学問は危いものだ; A. Pope の詩から》.
- Pope は用語が綺麗だ
- その患者はHIVウイルスを持っている
- エイズはHIVウイルスが原因だという学説
- HIV感染を確認するテスト
- 抗レトロウイルス剤はパートナーへのHIV感染リスクを低下させるのに役立つかもしれない。
- 彼はHIV陽性患者のための心理教育的セミナーに登録した。
- 潜在的にHIVに感染した細胞
- HIV抗体陽性
- HIVテストは陰性だった
- HIVウイルスの血液の検査をする
- 彼女はHIV陽性であることが判明した
- 彼はHIVの検査で陽性と出た
- 非ヌクレオシド逆転写酵素抑制剤(商標名レスクリプター)で、エイズとHIVの治療に使用する
- HIV感染と戦うのに用いられる抗ウイルス薬
- HIV感染の治療に用いられる抗ウイルス薬
- エイズとHIVを治療することにおけるジドブジンと組み合わせて非常に効果的なヌクレオシド逆転写酵素抑制剤
- 他の薬と結合して通常HIVを扱う際に使用されるプロテアーゼ阻害剤(商標名ビラセプト)
- エイズとHIVを治療するのに使用される非ヌクレオシド逆転写酵素阻害薬(商品名ヴィラミュネ)
- HIVに対して使用される抗ウイルス剤
- Pope Felix IVのページへのリンク
