12区 (パリ)とは? わかりやすく解説

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12区 (パリ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/10 02:17 UTC 版)

パリ・12区の位置
パリ・12区の位置

パリ12区 (12く、: 12e arrondissement de Paris) は、フランス首都・パリ市を構成する20の行政区のひとつである [1]。第12区、パリ12区ともいう。市の南東部に位置しており、ヴァンセンヌの森を含む。セーヌ川の北岸に面している。

概要

パリの12区は、市の南東部にある行政区。「ルイイ区 (Arrondissement de Reuilly)」と呼ばれることもある [2]セーヌ川の北岸に面しており、ペリフェリック (パリ環状道路)外のヴァンセンヌの森を含む。20区のうちでは面積が最も大きい。人口は、136,591人 (1999年。人口の推移等詳細については後述)。

フランス革命バスティーユ襲撃の発端となったフォーブール=サンタントワーヌ(Faubourg-Saint-Antoine)界隈。左側が11区、右側が12区。

区の名称は、市の中央部から時計回り螺旋を描くようにして各区に付けられた番号を基にしており、当区はその12番目にあたることから、「12区」と名づけられた。オペラ・バスティーユリヨン駅 (ガール・ド・リヨン)のほか、セーヌ川に沿った地域には経済・財政・産業省パリ交通公団本社 (RATP)シネマテーク・フランセーズベルシー・アレナ、ベルシー公園などがある。また、ヴァンセンヌの森には、パリ動物園パリ花公園ヴァンセンヌ競馬場、ジャック・アンクティル自転車競技場などがある。

地理

パリ・12区の詳細地図

12区は、パリの南東部に位置している。セーヌ川の北岸に面しており [3]ペリフェリック (パリ環状道路)外に突出するヴァンセンヌの森を含む。面積は16.32 平方キロメートルで、20区のうちでは最も大きい。ヴァンセンヌの森を除くと、面積は6.38 平方キロメートルとなる。

北は、同じパリの行政区である11区に接し、北東の一部は20区に接している。南は、セーヌ川を挟んで5区13区に接している。5区に接しているのはオステルリッツ橋以西のわずかな距離で、以東は全て13区に接している。東は、ヴァンセンヌの森の突出部を除き、ペリフェリックに沿う形でパリ市の境界線が敷かれ、ヴァル=ド=マルヌ県サン=マンデシャラントン=ル=ポンの各自治体に接している。西は4区に接し、北西の角はバスティーユ広場となっている。

ヴァンセンヌの森は、ペリフェリックの東に向けて突出部を形成しており、西を除く全方向をヴァル=ド=マルヌ県の各自治体に囲まれている。北西はサン=マンデ、北はヴァンセンヌ、北東はフォントネー=スー=ボワ、東はノジャン=シュル=マルヌ、南東はジョワンヴィル=ル=ポン、南はサン=モーリス、南西はシャラントン=ル=ポンの各自治体に接している。

地形

  • アルスナル港Port de l'Arsenal
    • あるいはアルスナル湾(Bassin de l'Arsenal)。4区・12区の境界上に位置する。下記サン=マルタン運河に接続し、19区内のラ・ヴィレット貯水池に繋がる。セーヌ河畔からバスティーユ広場までアルスナル港に沿ってバスティーユ大通り (Boulevard de la Bastille)が走る。セーヌ河畔オステルリッツ橋たもとからラ・ラペ河岸通り、ディドロ大通りと進むとリヨン駅前に出る。
  • サン・マルタン運河Canal Saint-Martin
  • グラヴェル湖(Lac de Gravelle
  • サン=マンデ湖(Lac de Saint-Mandé
    • ヴァンセンヌの森の北西部、サン=マンデとの市境付近にある湖。
  • ドメニル湖(Lac Daumesnil
    • ヴァンセンヌの森の西部にある湖。ベルシー島(Île de Bercy) とルイイ島(Île de Reuilly) がある。
  • ミニム湖Lac des Minimes
    • ヴァンセンヌの森の北東部にある湖。ポルト・ジョーヌ島(Île de la Porte Jaune)がある。
Quartier de Bercy(ベルシー地区)

隣接する自治体(行政区)

地区(カルチェ)

12区のカルチエ

パリの行政区は、それぞれ4つの地区(カルチェ)に区分されている。12区を構成する4地区のコードと名称は、次のとおりである。

  • 45 - ベル=エール地区 (Quartier du Bel-Air)
  • 46 - ピクピュス地区 (Quartier de Picpus)
  • 47 - ベルシー地区 (Quartier de Bercy)
  • 48 - キャンズ=ヴァン地区 (Quartier des Quinze-Vingts)

住民

人口

12区の人口は、1962年には161,574人となり、ピークに達した。その後は減少を続けたが、1990年の130,257人を底に再び増加に転じ、1999年にはピーク時の15パーセント減の136,591人となった。2005年の推計では138,300人と見積もられており、人口の増加が見込まれている。

また、人口の減少とともに人口密度も減少しており、1999年の人口密度(区の面積からヴァンセンヌの森を除いて算出)は、ピーク時の15パーセント減の21,419人となっている。人口の推移の詳細は、次のとおりである。

区人口 市人口 区人口/市人口 区人口密度 市人口密度 備考
1872年 87,678 1,851,792 4.73% 13,749 21,303
1954年 158,437 2,850,189 5.56% 24,845 32,788
1962年 161,574 2,790,091 5.79% 25,337 32,097 人口がピークに達する。
1968年 155,982 2,590,771 6.02% 24,460 29,804
1975年 140,900 2,299,830 6.13% 22,095 26,457
1982年 138,015 2,176,243 6.34% 21,643 25,035
1990年 130,257 2,152,423 6.05% 20,426 24,761
1999年 136,591 2,125,246 6.43% 21,419 24,449
2005年 138,300 2,166,200 6.38% 21,687 24,920 人口は推計。

歴史

1860年ティエールの城壁内のコミューンの全部または一部がパリに併合されたが、現在の12区付近では、ベルシー及びサン=マンデの各一部が併合された。このとき、これらの領域と旧行政区の8区の概ね半分(残り北半分は現在の11区となった。)を含む形で12区の区域の設定が行われた。

ヴァンセンヌの森は、1860年にナポレオン3世によってパリの土地となったが、公式に12区に併合されたのは「1929年4月18日デクレ」によってである。

ラ・ラペ河岸 (fr) のフランス財務省 (経済・財政・産業省)

政治・行政・司法

主な官公庁・公共機関

第12区役所
  • 経済・財政・産業省Ministère de l'Économie, des Finances et de l'Industrie
    • セーヌ川沿いラ・ラペ河岸通りにある。
  • 第12区役所(Mairie du 12e arrondissement
    • 区のほぼ中央、ドメニル大通りからシャラントン通りが分岐する位置付近にある。

経済

主な企業

主な商店街

  • ヴィアデュック・デザール (Viaduc des Arts)
    • 「芸術の高架橋 (Viaduc des Arts)」。高架上は下記ルネ=デュモン緑の遊歩道 (fr) になっている。ドメニル大通りのこの界隈周辺は、家具職人街だったこともあり、フランス国鉄の旧高架線路下を用いた、アルチザンやアーティストらのアトリエ等が軒を連ねる。
  • ベルシー・ヴィラージュ (Bercy Village)

健康・福祉

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保健・医療

  • サンタントワーヌ病院 (Hôpital Saint-Antoine) - フォーブール=サンタントワーヌ通り(Rue du Faubourg Saint-Antoine) 184番地にある。
  • キャンズ=ヴァン病院 (Hôpital des Quinze-Vingts) - シャラントン通り (Rue de Charenton) 24-34番地にある。
  • アルマン=トゥルソー病院 (Hôpital Armand-Trousseau) - 区内北東部、南北に走るドクトゥ=アルノル=ネテー大通り (Avenue du Docteur-Arnold-Netter) 26番地にある。同病院南側にはルネ=デュモン緑の遊歩道 (fr) が東西に横切る。同北側はナシオン広場からクール・ド・ヴァンセンヌが東西に走り、同東側はスールト大通りが南北に走る。

生活

墓地等

  • ピクピュス墓地 (Cimetière de Picpus)
  • ベルシー墓地 (Cimetière de Bercy

学術・研究

研究施設

  • 国立スポーツ体育研究所 (INSEP) (Institut National des Sports et de l'Éducation Physique) - ヴァンセンヌの森の東部にある。

教育

大学等

高等学校

  • リセ・ポール=ヴァレリー (Lycée Paul-Valéry)

文化施設

美術館・博物館

  • 映画博物館 (Musée du Cinema) - シネマテーク・フランセーズ内にある。
  • 国立アフリカ・オセアニア美術館 (Musée National des Arts d'Afrique et d'Océanie)
    • 1931年パリ国際植民地博覧会 (fr) の時に建造されたポルト・ドレ宮内にあった美術館。植民地美術館からアフリカ・オセアニア美術館と名称も変遷してきた。2003年に閉館し、収蔵品はケ・ブランリ美術館に引き継がれている。美術館の跡には、2007年、下記国立移民史博物館がオープンした。
  • 国立移民史博物館 (Cité Nationale de l'Histoire de l'Immigration) - ポルト・ドレ宮内にある。

動物園・水族館

  • パリ動物園 (ヴァンセンヌ動物園) (Parc Zoologique de Paris (Zoo de Vincennes)) – ヴァンセンヌの森西部、ドメニル湖の東にある。
  • パレ・ド・ラ・ポルト・ドレ熱帯水族館 (Palais de la Porte Dorée Aquarium Tropical) - ポルト・ドレ宮内にある水族館

映画館・劇場

  • オペラ・バスティーユ (Opéra Bastille)
    • ガルニエ宮オペラ座、あるいはパリ・オペラ座の名称に対して、1989年新設の"バスティーユ"の方は、新オペラ座、バスティーユ・オペラ座などと呼ばれている。
  • シネマテーク・フランセーズ (Cinémathèque Française)
    • ベルシー公園の東側に位置している、映画館及び映画関係施設。
  • UGCシネ・シテ・ベルシー (UGC Ciné Cité Bercy)
    • ベルシー公園の南側ベルシー・ヴィラージュにある映画館。

体育施設

陸上競技場・体育館など

その他

宗教施設

教会・寺院

  • ノートル=ダム=ド=ラ=ナティヴィテ教会 (Église Notre-Dame-de-la-Nativité)

観光・憩い

ヴァンセンヌ城。厳密には12区に隣接する「ヴァンセンヌ」に属する。
近隣には、幼君ルイ15世の摂政オルレアン公フィリップ2世オルレアン家が所有したバニョレ城(Château de Bagnolet、20区内シャロンヌ地区及びバニョレ界隈)跡がある。

自然

建築

  • ポルト・ドレ宮 (パレ・ド・ラ・ポルト・ドレ、Palais de la Porte-Dorée)
    • 1931年パリ国際植民地博覧会 (fr) の時に建造された。ヴァンセンヌの森に併設している。建物内には、植民地美術館ないし上記国立アフリカ・オセアニア美術館と変遷した国立移民史博物館の他、パレ・ド・ラ・ポルト・ドレ熱帯水族館がある。同時期にパリ西側に建てられたのはシャイヨ宮

公園・緑地等

ベルシー公園
同ベルシー公園内のパリ気象協会 (Agence Parisienne du Climat) 建物
ルイイ=ポール=ペルナン庭園 (ルイイ庭園)の橋 (Passerelle BZ/12)
プロムナード・プランテから見るパリ12区役所界隈
  • パリ花公園 (Parc Floral de Paris)
  • パリ熱帯農園 (Jardin d'agronomie tropicale de Paris)。
    • 1907年に同地で開催された植民地博覧会ないし展示会 (fr) に出品された竹林から仏教寺院キオスクまでのフランス植民地帝国時代の各地の展示物が主に置かれている。パリ熱帯庭園 (Jardin Tropical de Paris) とも訳される。ヴァンセンヌの森の北東部にある。
  • ベルシー公園 (Parc de Bercy)
  • ルイイ=ポール=ペルナン庭園 (Jardin de Reuilly - Paul-Pernin)
    • 略してルイイ庭園ないし公園。下記「緑の遊歩道(プロムナード・プランテ)」に併設されている4つの庭園ないし公園(他にルイイ駅公園 (fr)、エクトール=マロ公園 (fr)、シャルル=ペギー (fr))の一つ。
  • ルネ=デュモン 緑の遊歩道 (クレ・ベルト・ルネ=デュモン、Coulée verte René-Dumont)
    • ドメニル通りからヴァンセンヌの森前まで続く「緑の遊歩道(プロムナード・プランテ)」。全長4.7km程の、旧ワイン倉庫街だったベルシー・ヴィラージュ、「Viaduc des Arts」上の旧国鉄高架線路上、団地街や森林などを通る遊歩道。

名所・娯楽

旧跡・記念碑等

交通

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鉄道

高速道路・有料道路

  • ペリフェリック (パリ環状道路) (Boulevard Périphérique
    • ポルト・ド・ヴァンセンヌ - ポルト・ドレ - ポルト・ド・シャラントン - ポルト・ド・ベルシー

道路

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  • クール・ド・ヴァンセンヌ通り(Cours de Vincennes
  • クロード=ドカーン通り(Rue Claude-Decaen
  • クロザティエ通り(Rue Crozatier
  • グラヴェル大通り(Avenue de Gravelle
    • ヴァンセンヌの森の南の境界線付近を通る。
  • ケ・ド・ベルシー通り(ベルシー河岸通り, Quai de Bercy
  • ケ・ド・ラ・ラペ通り(ラ・ラペ河岸通り, Quai de la Rapée
  • サン=マンデ大通り(Avenue de Saint-Mandé
  • シャラントン通り(Rue de Charenton
  • ジェネラル=ミシェル=ビゾ大通り(Avenue du Général-Michel-Bizot
  • ジョルジュ=ポンピドゥー道路(Voie Georges-Pompidou
    • セーヌ川右岸沿いを16区方面まで走る高速路。
  • スールト大通り(Boulevard Soult
  • ディドロ大通り(Boulevard Diderot
    • 対岸13区オステルリッツ駅、セーヌ川を跨ぐオステルリッツ橋界隈、そして12区北西側にあるリヨン駅と12区北東側にある"パリの東の玄関口"ナシオン広場とを繋ぐ、区内北部を東西に走る通り。
  • テオフィール=ルッセル通り(Rue Théophile-Roussel
    • バスティーユ広場の東側(リヨン駅の北側)、メトロルドリュ=ロラン駅の先、フォーブール=サンタントワンヌ通りとシャラントン通りとに挟まれたアリーグル広場 (fr) まで走る。同広場には、"パリ一安いマルシェ"とも言われる屋外のアリーグル市場 (fr) と屋内のボーヴォ市場 (fr) があり、蚤の市も開かれている[5]。土地柄、周辺界隈には、7区サン=ドミニク通りやマレ地区その他欧州各域にもあるメルヴェイユ (fr) のオ・メルヴェイユ・ドゥ・フレッド (Aux Merveilleux de Fred) 等のパティスリー、ブーランジュリーから、ターブル (Table) などミシュラン星付きレストランも含め手頃ないし安手なレストランやカフェがあり、老舗ワインチェーン ニコラ (Nicolas) も含めワイン専門のバーも多い。和式ナイフ専門店 Japanese Knife Company もある。
  • ドメニル大通り(Avenue Daumesnil
    • バスティーユ広場南へ走るリヨン通りを起点に、フェリックス=エブエ広場(旧ドメニル広場)経由、ヴァンセンヌの森前のペリフェリックまで続く区内中央を右斜め下に走る通り。通り沿いの国鉄の旧高架線路を用いた「芸術の高架橋 (Viaduc des Arts)」は、家具職人街だったこともあり、アルチザンやアーティストらのアトリエ等が入居。この旧高架線路上はヴァンセンヌの森辺りまで続く4.7km程の「緑の遊歩道、プロムナード・プランテ (Coulée verte René-Dumont)」となっている。
  • トローヌ大通り(Avenue du Trône
  • バスティーユ大通り(Boulevard de la Bastille
    • バスティーユ広場の南側で、下記リヨン通りから分かれアルスナル港に沿って走る。オステルリッツ橋周辺の上記ラ・ラペ河岸通りに接続する。
  • ピクピュス大通り(Boulevard de Picpus
  • ピクピュス通り(Rue de Picpus
  • フォブール=サンタントワーヌ通り(Rue du Faubourg-Saint-Antoine
    • かつての「バスティーユ襲撃」の発端となった通り。12区北側11区との境界をバスティーユ広場まで東西に走る通り。同広場から先は4区サンタントワーヌ通りからリヴォリ通りへと続いていく。モントルイユ地区や、フォーブール=サンタントワーヌ通りやシャラントン通り等が走るキャンズ=ヴァン地区は、"フォーブール=サンタントワーヌ (Faubourg Saint-Antoine)"の中心として、バスティーユ襲撃、8月10日事件、1793年6月2日ジロンド派失墜・・等の主力となった労働者などサン・キュロットら"危険な階層"が居住した地域で、さらに1848年六月蜂起の中心ともなった[6]。バスティーユ広場から11区内のロケット通りとの間にある、シャロンヌ通りやラップ通り界隈からメトロ ルドリュ=ロラン駅界隈にかけて、若者が集う歓楽街、かつ手頃な店舗が集まる。リーバイスサブウェイ無印良品ブックオフ、100円ショップに近似したディスカウントデパート エマ (HEMA)、スーパーモノプリ (Monoprix)・・等がある。
  • ベル=エール大通り(Avenue du Bel-Air
  • ベル=ガブリエル大通り(Avenue de la Belle-Gabrielle
    • ヴァンセンヌの森の北東の境界線になっている。
  • ベルシー大通り(Boulevard de Bercy
    • フェリックス=エブエ広場(旧ドメニル広場)から走るルイイ大通りがベルシー大通りと名を変えベルシー駅やベルシー公園北側をなぞり、セーヌ川をベルシー橋で跨ぐ。その先対岸13区内を東西に走るヴァンサン=オリオール大通りに入り、同区中心部イタリー広場に至る。
  • ベルシー通り(Rue de Bercy
  • ポニャトフスキ大通り(Boulevard Poniatowski
    • 12区南東外縁を走る、スルトと共に"ブールヴァール・デ・マレショー"を構成する。
  • ポルト=ド=シャラントン大通り(Avenue de la Porte-de-Charenton
  • リヨン通り(Rue de Lyon
    • バスティーユ広場とディドロ大通り(リヨン駅前)とを南北に繋ぐ通り。ディドロに進むとリヨン駅前に出る。
  • ルイイ大通り(Boulevard de Reuilly
    • フェリックス=エブエ広場から西側セーヌ方向に進むとベルシー大通りと名を変えベルシー駅、ベルシー公園北側、ベルシー橋(セーヌ川)、対岸13区内を東西に走るヴァンサン=オリオール大通りに入り、同区中心部イタリー広場に至る。
  • ルイイ通り(Rue de Reuilly
  • ルドリュ=ロラン大通り(Avenue Ledru-Rollin
  • クレミュー通りRue Crémieux
    • リヨン通りとベルシー通りの間にある全長144メートルの石畳の通り。「写真映え」するスポットとして観光地化している。
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橋梁

ベルシー河岸(ベルシー公園)、シモーヌ・ド・ボーヴォワール橋上13区側からの眺め

セーヌ川に架かる区内の橋は、次のとおりである(上流から順に列挙)。

広場・交差点

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パリの「広場(プラス、Place)」は、しばしば2以上の道路が交差する場所に位置し、中心の「島」を道路が周回するロータリー状の交差点となっている場合が多い。中心の「島」部分は、オベリスク緑地等に利用されている場合もあり、エトワール凱旋門があるシャルル・ド・ゴール広場は世界的に有名である。12区の広場や交差点には、次のようなものがある。

  • ナシオン広場(Place de la Nation
    • 20区境界とも至近の11区、12区の境界に位置している。「パリの東の玄関口」として、18世紀前半まで凱旋門があった。下記「バスティーユの象」が同広場に移設される予定だったが撤回された。のち第二帝政期に凱旋門が再建されたが取り壊され、現在は2つの塔と「共和国の凱旋像」が建つ。
  • バスティーユ広場Place de la Bastille
  • フェリックス=エブエ広場(Place Félix-Éboué
    • 広場中央の「水城の泉 (fr)」は、当初1869年にレピュブリック広場に設けられたが、普仏戦争パリ・コミューン第三共和政成立の混乱のさなか、ラ・ヴィレット屠畜場fr, 現在のライオンの泉広場 (fr))に移され牛の飲料場に用いられ、1880年に同フェリックス=エブエ広場(旧ドメニル広場)に移設された。
      同広場には、区内を右斜め下に走るドメニル大通り等が接続する。同広場から西へルイイ大通り、ベルシー大通りと進むと、ベルシー駅、ベルシー公園北側をなぞりセーヌ川をベルシー橋で跨ぎ13区に入る。同13区内を東西に走るヴァンサン=オリオール大通りに続き同区中心部イタリー広場に至る。同様に同フェリックス=エブエ広場からテール通りを西へ進むと、ベルシー公園、セーヌ川をトルビアック橋で越え13区内中央を東西に走るトルビアック通り、さらに14区のアレジア通り等に続いてゆく。旧名称は"ドメニル広場"。

港湾

著名な出身者

芸能

著名な居住者

政治

文化

ゆかりの人物

芸能

脚注

  1. ^ フランス語の 「12e 」 = 「douzième 」 は、英語の「twelfth 」 に相当する序数。「第12の」 「12番目の」を意味する。したがって、原語の「12e arrondissement 」を直訳すると「第12区」となる。
  2. ^ レジフランスLégifrance). “地方自治一般法典 (Code Général des Collectivités Territoriales (CGCT))” R2512-1条. 2008年6月26日閲覧.
  3. ^ セーヌ川の右岸にあたる。
  4. ^ JTBパブリッシング編 『ワールドガイド ヨーロッパ2・パリ』、JTBパブリッシング、2006年、p.147.
  5. ^ パリで一番安い市場 アリーグル市場トリップアドバイザー 2015年、「 アリーグル広場」 パリナビ 2013年4月18日
  6. ^ Eric Hazan The Invention of Paris: A History in Footsteps pp. 122, 131–132, Verso Books, 2011-05-23
  7. ^ “Paris 1876-1939 : les permis de construire (permis de construire du 19 juin 1934)”. parisenconstruction.blogspot.fr. 2012年7月9日閲覧..
  8. ^ “Biographie de Martine Aubry”. www.gala.fr. 2012年7月9日閲覧..
  9. ^ « À la “maison de sons” de Pierre Henry, dernière visite avant démolition », www.telerama.fr, 20 février 2018.

参考文献

  • MICHELIN, ed (2007) (フランス語). Plan Atlas 56 – Paris du Nord au Sud –. MICHELIN. ISBN 978-2-06-710591-1 (パリ市内の詳細地図。)

関連項目

外部リンク


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