しんとう‐ごぶしょ〔シンタウ‐〕【神道五部書】
しんとうごぶしょ 【神道五部書】
神道五部書
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/30 15:40 UTC 版)
神道五部書(しんとうごうぶしょ)とは、伊勢神道(度会神道)の根本経典で、以下の5つの経典の総称である。
- 『天照坐伊勢二所皇太神宮御鎮座次第記』(御鎮座次第記)
- 『伊勢二所皇太神御鎮座伝記』(御鎮座伝記)
- 『豊受皇太神御鎮座本紀』(御鎮座本記)
- 『造伊勢二所太神宮宝基本記』(宝基本記)
- 『倭姫命世記』
いずれも奥付には奈良時代以前の成立となっているが、実際には鎌倉時代に度会行忠ら外宮祀官が執筆したものとみられている。
概要
歴史学・日本文学の分野からの研究では、伊勢神宮外宮の神職であった度会氏が、外宮を内宮(祭神・天照大神)と同等以上の存在として格上げすることを目的に、外宮の祭神である豊受大神を天之御中主神および国之常立神と同一神とすることで、天照大神をしのぐ普遍的神格であることを主張するために執筆されたと推定されている[1]。
また、伊勢神道自体は本地垂迹説に対する批判としての神本仏迹説に基づいていたが、その根本経典である本書の論理には、仏教特に修験道の立場からなされた神道説の書『大和葛城宝山記』などの影響が指摘されている。
神道五部書は、江戸時代に、尾張の東照宮神官である吉見幸和により、偽書であるとして激しく批判された[2]。
脚注
参考文献
- 「神道五部書」『國史体系』第7巻、経済雑誌社、1901年(明治34年)、429-、NDLJP:991097(fn=429-)、全国書誌番号:50001943。
- 斎藤英喜『読み替えられた日本神話』講談社〈講談社現代新書1871〉、2006年12月。 ISBN 4-06-149871-1 。
- 山本ひろ子『中世神話』岩波書店〈岩波新書 新赤版 593〉、1998年12月。 ISBN 4-00-430593-4 。
- 義江彰夫『神仏習合』岩波書店〈岩波新書 新赤版 453〉、1996年7月。 ISBN 4-00-430453-9 。
- 原田実『偽書が揺るがせた日本史』山川出版社、2020年3月25日。 ISBN 978-4634151635 。
- 日本史用語研究会『必携日本史用語』(四訂版)実教出版、2009年2月2日。 ISBN 978-4407316599。
関連項目
神道五部書
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鎌倉時代に伊勢神宮で編纂された「神道五部書」には、内宮と外宮の主な社殿と祭神が記されている。その一つ、『御鎮座伝記』では内宮について、「御倉神(みくらのかみ)の三座は、スサノオの子、ウカノミタマ神なり。また、専女(とうめ)とも三狐神(みけつかみ)とも名づく。」と記される。 外宮についても、「調御倉神(つきのみくらのかみ)は、ウカノミタマ神におわす。これイザナギ・イザナミ 2柱の尊の生みし所の神なり。また、オオゲツヒメとも号す。また、保食神(うけもちのかみ)とも名づく。神祇官社内におわす御膳神(みけつかみ)とはこれなるなり。また、神服機殿に祝い祭る三狐神とは同座の神なり。故にまた専女神とも名づく。斎王専女とはこの縁なり。また、稲の霊もウカノミタマ神におわして、西北方に敬いて祭り拝するなり。」と記される。 記紀神話に登場する食物神は、天照大神や天皇の食事を司ることから「御饌津神」(みけつかみ)とも呼ばれるが、ウカノミタマには「三狐神」の字が当てられている。これは関西方言では狐を「ケツ(ネ)」と呼んだことから付けられたといわれる。 また、『日本書紀』ではウカノミタマを倉稲魂命と表記し、伊勢神宮でも御倉神として祀られることから、この神は五穀の神である食物神の中でも、特に稲倉に関係の深い神ではなかったかとも考えられている。
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